25.塔の中
その頃、リゼはエレナの読み通り、ヴァリオン御自慢の聖女の檻に入れられていた。
ダリウスが王宮に戻った後、公爵家から迎えが来た。エレナの事もあったので深く考えずに応じてしまった。ダリウスに対してモヤモヤしていたのもあったかもしれない。もし遅くなったから泊まっていけとなれば、今夜は顔を見なくて済む。
しかし迎えに来た馬車は広い公爵邸に入ってからメインエントランスに向かわず、建物の脇を通り、裏庭の森を抜け、ポツンと立つ石造りの塔へ向かった。
この塔の上で秘密の話があると言う。その頃には何かおかしいと思ったが、抜け出す事もできず、やけに屈強な御者に伴われて登る。
階段を上がって部屋に通された。応接間のように羊毛の絨毯が引かれ、鉄と石で出来た一風変わったデザインの椅子とテーブルがある。
奥の椅子にかけていた男が立ち上がり、縁のないメガネをかちゃりと上げ、リゼに慇懃無礼に頭を下げた。
「ようこそ、聖女リゼ様」
そこにはダリウスの異母兄であるヴァリオンがいた。
「ごきげんよう、ヴァリオン殿下……あなたが私をお呼びになったの?」
「ええ。弟の元に最愛の女を送ってやったので、邪魔をされないようにと思いましてね」
「邪魔ですか?」
「知っているでしょう、あの堅物がどれだけあれに燃え上がっていたか。あれでなければ結婚はしない、子は作らないと言い張って。残念ながら、神に運命を否定されて手には入らなかったようだが」
「……」
「だから私が探し出してあげたんですよ。弟思いなものでね。それでちゃんとあれが本懐を遂げられるように、リゼ様にはこちらにいて頂こうと思いまして。ご存知のように真面目な男なので、本妻がいる所ではやりにくいでしょうから」
得意げに語るヴァリオンの意図が分からない。ダリウスとリゼを引き離した所でどうなると言うのか。
「……エレナに何をさせるのです」
「なあに、今のところは貴女から弟を引き離すだけです。貴女がすでに神の子を宿しているかはっきりするまではね。すでに子があるなら、貴女も共に。無いのならば弟だけで良い。消す人間は少ない方が良いのでね」
つまり、ダリウスの目をエレナに向けさせて、しばらくリゼをここに監禁するつもりなのだろうか。
「……こんな事をして、私は明日からも公務があります。どうするのです」
「何、その辺りはあなた方の優秀な秘書官殿がなんとでもしますよ」
そう言うとヴァリオンは金色の目を細めて満足そうに笑った。
その後、最上階に連れて行かれ、檻のようになった部屋に入れられた。植物の気配がなく落ち着かない。
その代わり、磨かれた石と鉄、羽毛と絹の布団で、よく見ると豪華だ。
陽が落ちて少しした頃、食事と着替えを持ってセドリックがやってきた。
「リゼ様、不自由はございませんか」
「不自由です。……貴方、裏切ったの?」
エレナから二重スパイの事情は聞いていたが、この計画は知らない。
セドリックは難しい顔をして、首を横に大きく振った。
それでいて冷たい声を出す。
「申し訳ありません」
「エレナから、貴方が酷い事をしたから逃げたんだと聞いたわよ」
「えっ」
セドリックは心底驚いたように目を丸くした。
「な、なんで……?」
「それで、嫌になったら俺のところへ来いとダリウス様が仰って。エレナもそれもいいかもなんて」
「……は?」
一言文句を言いたくて続けると、今度はセドリックの目が禍々しくぎらりと光った。
「あのやろう、まだそんなこと」
聞いた事もない低い声がセドリックの喉から漏れる。
あのやろうとはダリウスのことだろうか? ダリウスはなんでこんなのを重用しているのだ。
「とにかく、これはどう言うことなのです。私を早く帰しなさい」
セドリックは慌てた顔で大きく頷き、深々と頭を下げる。
それから表情に合っていない冷たい声で続けた。
「今夜はこちらでおくつろぎください。何があれば下に控えておりますので」
下の階でセドリックとヴァリオンが話しているようだ。下の部屋はドアを開ければこの部屋の音は筒抜けだろう。だからセドリックは言葉を選んでいたのか。不自然な表情とジェスチャーが本当に伝えたい事だったのだろう。
ドアは閉められているようだ。くぐもっていて会話の内容までは聞き取れない。
だがリゼは特別耳が良い。それを知っているのか、セドリックが大きめの声ではっきり喋っている。集中して聞けばなんとか聞きとれた。
「ヴァリオン殿下、計画と違う動きをされては僕も困ります。せっかく下準備を進めていたのに」
「何を言っている。まだ皆油断しているだろう? 今日がチャンスだったのだよ、女の友情など男を挟んだら脆いものだ。今日なら離宮の女どもも警戒心が薄いだろうと思ってね」
「動く前に僕に相談していただきたいのですよ」
「誰にものを言っている? 私のやる事を元に計画を立てるのが君の役目だろう。私の行動を予想できなかった自分の落ち度を、私のせいにするのか?」
「……いえ、失礼しました」
「わかれば良い」
何を無茶苦茶な事を言っているのか……リゼは呆れた。ヴィスコー公爵がリゼと縁を結びたい理由がわかった気がする。
会話からするとリゼをここに連れてきたのはヴァリオンの一存のようだ。リゼの事はセドリックがなんとかするだろう。そのくらいはしてもらわないと困る。
おかげで今日は帰らなくて済んだと思おう、と、リゼは渡されたシルクのワンピースに着替えて、やけに寝心地の良いフカフカの寝台に身を投じた。




