21.再会
ヴィスコー公爵邸は王宮から少し離れている。都市部とは思えぬ広大な土地に、塔が幾つもある大きな城のような建物だ。
イルヴァレア王国の王城は中央に大木を抱く大聖堂があり、周りを低い建物がぐるりと囲んでいる作りなので、絵本に出てくるようなお城はヴィスコー公爵邸の方がイメージに近い。
離宮からも離れているが、舗装された道に馬車は快適で、そんなに時間は掛からなかった。
「おじい様、コルネリアでございますわ。リゼ様を連れてまいりました」
「おお、これはリゼ様。わざわざお運び下さいましてありがとう存じます。今日は休みを頂いていましてな、このような格好で失礼いたしますぞ」
公爵は丸々とした身体を高級そうなスーツに包んで、ニコニコと出迎えてくれた。ツヤツヤの頭部、耳の後ろあたりには白い毛がふさふさと生えている。70を過ぎているはずなのに、全く弱々しさはない。
コルネリアは公爵をおじい様と呼んでいるようだ。仲が良いのだろうか。
「おじい様、リゼ様は教会で私が面倒を見ていた事もあるのですわ。先日の化粧品ですけど、聖女としてはやはり気になるようで。どうしても薬師に会いたいと頼まれまして連れて参りましたわ」
半分引っ張ってこられたのにとおもいつつ、公爵の前だ、得意の美しいお辞儀をする。
「リゼ・エリュシアでございます。お時間をいただきありがとうございます」
ここまで来たからには、エレナと思わしき人物に会わせてもらおう。
「コルネリア様にお聞きしました。こちらに素晴らしい薬師がいらっしゃるとか。化粧品を見せていただきましたが、ぜひお会いしてみたくって」
「ああ、あのバームはコルネリアが見つけて来たんですよ、これは教会でも高位の聖女が作るようなレベルだと」
「ええ、私も感心致しました。その方は何故教会に行かなかったのでしょう」
「そうですなぁ。ま、何か事情があるようでしたな」
「その方はこちらのお屋敷にいらっしゃるのですか? お会いしたいわ」
「ええ、ご挨拶させましょう。田舎者のようですから、作法は大目に見てくだされ。……おい、メアリーをここへ」
メアリー、と、公爵は言った。エレナでは無いのか? と思うが偽名だろうと思い直す。
フードを目深に被った小柄な女が使用人に連れられて入って来た。
女はリゼを見て、その赤い目を大きく開いた。
エレナ!
リゼは心の中で叫んだ。きっとリゼも緑の目を大きく開いて、彼女と同じような顔をしているだろう。
エレナだ。一年前より少し穏やかな大人びた顔をしている。見たところ、無事で健康そうだ。
エレナはふにゃっと笑いそうになったのをやめて、ぱちぱちと瞬きをすると、気を取り直したようにきりっとした顔を作ってぺこりとお辞儀をする。
「メアリーと申します」
「やっぱり、エレナじゃない!」
コルネリアが我慢できなかったように叫んだ。
「いえ、私はメアリーです。エレナさんという方に似てると言われますが、人違いです」
エレナは言い張る。無理があるだろうと思うが、エレナの顔を知っているのは聖女と王族だけだ。公爵はエレナを知らないはずだ。ここではコルネリアとリゼしかエレナを知らない。
「そうですね、たしかにメアリーさんは私の親友のエレナによく似ていらっしゃる。懐かしいわ」
リゼは重ねてそう言った。こうすればこの場では、彼女はエレナではない。
ただの使用人のメアリーなら、確かに譲ってもらうこともできるかもしれない。
「ヴィスコー公爵、私、彼女がとても気に入りました。姉妹のように仲良しだったエレナによく似ているの。どうでしょう、彼女を私の侍女にお譲りいただけないかしら」
リゼはエレナの顔を見て、ダリウスに相談しなければなどという事はすっかり忘れてしまっていた。
金銭なら、王太子妃に選ばれたことで子爵家から渡された支度金が手付かずで残っている。それに王太子妃の予算はかなり多く、使用人を買い取るくらいは問題ない。
エレナだ。あの、もう二度と会えないと思っていた、私のエレナだ。
どうしても、一緒にいてほしい。
++
人払いして、部屋にはヴィスコー公爵とリゼのみとなった。公爵は先ほどに比べて少し偉そうな態度になる。
「そうはいってもですな、メアリーは大変な掘り出し物でして。無理して田舎から出てきてもらったものですから、ここですぐにリゼ様にお渡しするのは少々、まあ、困ってしまうのですよ」
王族の仲間入りをしたばかりのリゼを試しているかのような口ぶりだ。
「そこでどうでしょう、お貸しする、と言うのは」
「貸す、と言いますと?」
「当家の使用人として、リゼ様にお仕えする。当家の仕事もしてもらいたいですしな」
「それは……それでしたら私の一存では決められませんわね」
要は、単に使用人のやり取りではなく、ヴィスコー公爵家がリゼの侍女を出したと言う事にしたいのだろう。
エレナだし、人物は問題ないだろうが、公爵家の人間を身内に入れるとなれば、ダリウスの許可が必要だ。
でも、一年ぶりに見た親友の顔。リゼはあきらめられない。
「ダリウス様に相談します。お待ちいただけますか」
「それがですなあ、実は彼女は明日からヴァリオン殿下の元へ行く予定なのですよ」
「明日!?」
「随分お気に召しましてね。なかなか子を授からんものですから、それに近い力を持つ娘であれば神の子も生まれるかもとおっしゃいましてね。一日も早く閨にと」
「そんなこと! ヴァリオン殿下には神が許したコルネリア様がいるではないですか!」
「しかし、……もう、何年になるのやら」
ヴィスコーはため息をつく。
「わしは生きている間に、ひ孫が見たいのですよ。神の子の、ね。必要ならば今から教会で、聖女になってくればいい」
「エ……メアリーさんは、それを了承しているのですか?」
「さあ、使用人ですし、許可など必要ございませんでしょう」
「……」
どうしよう、リゼは頭が真っ白になる。
「……私の一存でできるようなことで何かございますか、聖女として化粧品を作るくらいでしたらいくらでもいたしますが」
「ほっほっほ、そんなに恐ろしい顔をしないでいただきたいですな。私としても、王太子妃様と縁は結びたいのですよ」
ヴィスコー公爵は身体をゆすって笑うと、真剣な目を向けて続けた。
「では、どうでしょう、お子様がお生まれになったらメアリーを乳母に。そして、落ち着くまで当家でお過ごしになるとお約束していただくのは」
「約束…?」
「なぁに、口約束で構いませんよ。リゼ様の御実家は政治には関わらんでしょう。当家は、後ろ盾として使えると思いますよ。お一人では心細いでしょうから、いざという時にわしがいると思えば、少しは気が楽になるのではないですかな」
「しかし、そのような事は出来るとは約束しかねますが」
「実際に出来なくても構いません。候補に挙げてくださればそれで十分」
メアリーはその繋がりですよ、と、ヴィスコーは言った。
「お約束いただけるなら、明日朝、離宮へ送りましょう。ヴァリオン殿下の屋敷ではなく」
リゼは迷いながらも頷いた。




