20.エレナのバーム
それから数日経った。
ブローチを貰った日を境に2人の距離は縮まった。昼間も笑顔を見る事が増えたし、夜は、来た時にはするようになってしまった。翌日に何もないと、一回では終わらない。
リゼは、今日は珍しく1人離宮で留守番だった。セレネもモンフォール夫人もいなかった。
少し腰がだるい。昨日は遅くまでダリウスがいた。明日は来られないと言いながら、むっすりした顔で王宮に戻って行った。
リゼは庭に出た。様々な薔薇が植えられている所に、それに混ざるようにアルバローザの株がいくつかある。普段はセレネが世話をしているが、今日は代わりに様子を見るように頼まれていた。
アルバローザは儀式のときに飾られる株は小さめに整えられているが、この庭ではのびのびと育てられ、アーチに薔薇にしては太いつるが巻き付いている。しかし祈りがなければ咲かないので、他の種類のつるばらも混在させているようだった。アルバローザの太いつるに絡まるように這わせた細いつるに、小ぶりの白い薔薇がいくつも咲いている。
ふと思い立って、細いつるに手を伸ばす。花の加護の力でするすると長く伸びた。
リゼはそれを、複雑に編み込むように、丸くなるようにイメージする。そのイメージ通りに薔薇のつるは固まっていく。仕上げに強くなるように、そしてカラカラに乾くように祈りを込めて、それを切り取った。
つるばらで作った腕輪は、ダリウスの腕に合わせて作ったが、出来上がったそれを見て、ダリウスには細かい細工は似合わなさそうだなと思う。
喜ぶかはわからないけれど、誰かのために何かをするのは、少し心が躍る。
そんな中、コルネリアがリゼを訪ねてやって来た。
コルネリアは何やら少し、そわそわしている。
「今日は、リゼに贈り物を持って来たの」
小さな手提げから出した可愛らしい小瓶はリボンがかかっていて、中にはバームが詰められているようだった。貴族向けの化粧品の様だった。
「ありがとうございます」
リゼは化粧品の類は好きなのでありがたく受け取った。
「これ、どう思う?」
促されて開けてみる。ふわりとハーブの香りがする。爽やかで暖かみのある、ホッとする香りがした。
「素敵な香りですね。教会で作ったのを思い出します。こんなに素敵なラッピングでは無かったですが」
「これね、今貴族の間で少し話題になっているのよ。私がね、少し前に地方から入って来たのを見つけてヴァリオン様に教会の話をしたのよね。ヴァリオン様、教会の話を喜ぶから。これ、聖女が作るバームに似てるって。すごく質がいいから、売れるんじゃないかって」
コルネリアは一口紅茶を飲む。
「そうしたら、すごく興味を持って。それでしばらくしたら、ヴィスコー公爵がこれを作った加護持ちを雇ったから、商品を広く展開していくって……バームだけではなくて香水とか、化粧水とかも」
コルネリアはいくつかの瓶をまた取り出して並べた。
「これ、どう思う?」
「どうと言われても……」
どれも教会の物に似ている。加護が付与されている。だが、これなら街の加護持ちでもできる人はいる。
「これ、ぜんぶ同じ人が作ってるわよね」
「え? ああ本当ですね」
随分腕が良い。それはわかる。
「あなた、できる? 貴族に流行させる程の質と量。1人で」
「……無理ですね」
「わかる? いるでしょ? これ出来るバケモノが」
バケモノは言い過ぎだとおもうが、そこまで言われればわかる。
エレナはこういうのが得意だった。聖女は植物の力を借りていろいろなことができるが、人により得意分野はある。リゼは木や草を直接動かすようなことが得意だったが、エレナは植物の能力を借りて怪我の治癒が得意だった。それを応用して、傷薬や肌に良い軟膏を作るのも得意だった。
言われてみれば、香りも手触りも、エレナらしさがある。
でも、ダリウスはエレナの居場所を知っていると言っていたのだ。それは本当にエレナなのだろうか。
「……あの子、今度はヴァリオン様に手を出すつもりなのよ」
「え?」
「ヴィスコー公爵が、その女をヴァリオン様にあてがおうとしているみたいなの。ヴァリオン様も乗り気みたいで……流石に悲しくって。外に女がいるのは知ってるけど、家には入れたくないわ……」
コルネリアはすんすんと泣き出した。
「ヴァリオン様に嫌だと言ったら、ヴィスコー公爵次第だって言うのよ。だったら、うちに来る前に、リゼが声をかければいいじゃない!?」
「え、私?」
「あなた王太子妃なのでしょう? お気に入りの侍女を持っててもおかしくないじゃない、セレネ様のところのモンフォール夫人みたいに」
「それは……確かに」
「じゃあ決まり!今から行きましょう!」
コルネリアはリゼの手を取る。
「え!? 今!? ダリウス様と相談してから……」
ちゃんと聞いてから、そして本当にそうなら、然るべき手順で……
混乱しながらも慎重に断ろうとすると、コルネリアは目に涙を浮かべて言う。
「あなたそれでいいの? もしダリウス様に言ったら、あなたの侍女でなくて、自分のものにしてしまうわよ。そうしたら妻と愛人よ?? 嫌じゃない?」
妻と愛人、と言われてもダリウスとエレナが二人でいるところが想像できない。ダリウスがエレナに夢中だったことは知っているが、エレナはダリウスが苦手だった。今更そんなことあるだろうか。
でも……
リゼは困惑した。ダリウスは、以前リゼにエレナは生きていて無事だと言っていた。そのうち会えるとも。でも、その女が本当にエレナなら、危険と言っていたヴィスコーやヴァリオンの所にいるのが、無事と言えるのだろうか。
それに、侍女として迎えることが出来たら確かにリゼにとっては嬉しいことだ。ずっと一緒だったのだ。セレネとモンフォール夫人のようにいられるなら、王宮だって怖くなくなる。
「今日ならおじい様と会えるから。今から行きましょうよ。私がとりなしてあげるわ」
さあさあと、コルネリアに引っ張られるように、馬車に乗せられる。
離宮から出る時は、必ずダリウスかセドリックを伴えと言われたことを思いだしたが、二人とも今日は会えない。
話を聞いて帰ってくるだけなら……コルネリアがいるのだし、侍女達に行き先を告げたから、帰ってこられないということは無いだろう。
少し戸惑いながらも、でもこれで行かずにエレナに何かあったらと思うと、行かないという勇気も出ず、リゼはコルネリアとヴィスコー公爵邸に向かった。
まずは、本当にエレナなのか。
そして、無事なのか。それは確かめよう。




