16.お仕置き
「どうぞごゆっくり」
ヴァリオンは檻の鍵を開けてから、楽しげな足取りで階下に降りて行った。
「セドリック、助けに来てくれたの!?」
ヴァリオンが見えなくなって、エレナはホッとしてセドリックに駆け寄ろうとした。
扉は開いたが足枷と鎖はそのままで、カシャンと音がして足が取られる。
「きゃ」
転びそうになったら、セドリックが抱き止めて支えてくれた。
「あ」
ありがとう、と言おうとしたが、セドリックの目は変わらず冷たくて、何も言えなくなる。
エレナを押しこむようにして部屋に入ってきたセドリックは、冷たい声のままエレナに命令した。
「黙れ。ほら、そこに座るんだ」
「え? セドリック……?」
エレナは立ちすくむ。声が震える。
「座れ」
「きゃあ!!」
バァン、と、セドリックがさっきの道具を鳴らす。さっきより大きい破裂音がした。
エレナは思わず悲鳴を上げて蹲った。
なんで? 怖い……
震えていたら、ツンツンと肩を突かれる。
恐る恐る顔を上げると、セドリックが屈んでメモを見せた。
──怖がらせてごめん、ヴァリオンが下の部屋で聞いてる。小さな音も筒抜け。
「優しくしてたから、勘違いさせちゃった? 立場わかってる?」
「え?」
「これはバラ鞭って言うんだ。気に入った?」
「い、いや」
「こういうのもたまには悪くないね。ここなら大きな音を出しても大丈夫そうだし」
「まってっ、セドリック」
セドリックは鞭を自分の足に軽く滑らせてパラパラと音をさせながら、器用にもう片手でメモを書き始めた。
「ほら、こうすれば痛いだけじゃないよ。革の紐にくすぐられるの、悪くないでしょう?」
──今日は連れて帰るの無理かも、少し我慢できそう? 酷いことされてない?
「え、ええ」
「ふふ、そうかぁ。嬉しい? でもこれじゃあお仕置きにはならないね」
セドリックはそう楽しそうに言ってから、真顔に戻ると慌ててメモに走り書きして見せた。
「僕の言う事、ちゃんと聞ける?」
──メモに答えればいいからね!? フリだからね!?
器用な芸当に呆れつつ、エレナはおずおず答えた。
「わ、わかったわ」
「良い子だね、じゃあここに四つん這いになって」
──僕はエレナを、ダリウスを操るために調教したってことにするから
「は?」
「お尻が一番痛くないよ、ほら。そうそう、ふふ、良い格好だ」
エレナは当然姿勢を変えていないが、セドリックは四つん這いのエレナの尻に鞭を当てると言うシチュエーションを演じているようだ。
空に向かって鞭をふり下ろし、バチン、と、音を鳴らす。
「キャア!」
当たったわけではないが、その音が恐ろしくてエレナは悲鳴を上げた。
──凄い、悲鳴のタイミング完璧
「もうそれ、やめて!!」
「それじゃお仕置きにならないだろ」
──ごめん、ヴァリオンを欺すのにもう少し協力して。絶対当てないから
バチン、と、もう一発空を打つ。
「いやぁ!」
エレナは本当にこの音が怖かった。
「も、もうやめて、本当に、怖いわ……」
グスグスと泣き出したエレナにセドリックは慌ててメモを差し出す。
「ちゃんと、できる?」
──ほんとごめん。もうやめるから、これ、読みあげられる?
エレナはセドリックに頷くとそこに書いてあるセリフを涙声で読み上げた。
「わ、私、やるから! もう逃げないから! ちゃんとご主人様のために、ダリウス殿下を誘惑する……わ? え、誘惑?」
パァン、と、最後を誤魔化すようにセドリックが鞭を鳴らした。
「違うでしょう? あの愚かな男を、誘惑して、虜にして、君なしではいられない身体にしてやるんだ」
──惜しい、そこ疑問系じゃ説得力が。
ていうか、どさくさに紛れてご主人様って言わせなかった!?
と、思ったが何か余計な事を言ったらまた音を出される。
痛い思いをさせないようにやっているんだろうけれど、音だけでも十分怖い。またあの音を聞きたくはなかった。
エレナは言いたいことを飲み込み、再度、『読みあげて』と書かれたメモを読み上げた。
棒読みなのは許して欲しい……
「……わかりました……あなたのためなら、な、なんでもします……あいしてます、ご、ごしゅじんさま……」
文章が悪化している。
エレナは涙目で睨みつける。
セドリックは神妙な顔で頭を下げた。
──協力ありがとう。あとは本音ね
メモをポケットにしまうと、エレナを抱きしめた。
「よく頑張ってくれたね、怖かっただろう?」
やっと聞けた、いつもの優しい声にホッとして涙がでる。ヒックヒックとしゃくりあげていると、背中を優しくさすってくれた。
「早く家に帰れるようにするから、ヴァリオン殿下の言う事をよく聞いて。でも、僕に許しなく、誰にも絶対に君に触らせてはいけないよ。誰も君を傷つけない。わかった?」
「ええ……」
普通に喋っているが、大丈夫なのだろうか。セドリックは計算しているようだけど、エレナはそんなに器用ではない。色々聞きたい事はあるが、返事だけに留めた。
「僕のエレナ。僕にはエレナだけ、エレナには僕だけだよ」
「セドリック……」
セドリックは愛おしげに頬擦りして苦しそうな声で囁く。
エレナも切なくなってセドリックをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、私は大丈夫だから。セドリックは何か考えがあるんでしょ? 信じてるわ」
セドリックは声に出さず頷くと、エレナを見つめて微笑んだ。その目はいつもの優しいセドリックだった。
「愛してるよ、僕のエレナ」




