12.エレナは怒っている
エレナは怒っていた。
怒る事など滅多にないエレナだが、今までの人生で一番怒っていた。
いくらなんでもこれはない。
たしかに、結婚は承諾した。セドリックとともに生きようと思った。
身体を重ねるのは結婚してから。確かにそう言った。逆に言えば結婚したらOK。と、確かにその意味である。する事自体に異論はない。
セドリックは、ダリウスからエレナを逃してくれた。結局ダリウスに見つかったけど見逃してもらっている。だからセドリックはダリウスに逆らえない。ダリウスの許可が無ければ家に帰ってこられない。
それもわかってる。
それは別にいいのだ。
エレナはセドリックだけではなく、この土地そのものが好きになっていたし、ヴァル・フルールの人たちも本邸の人たちも、皆大好きだ。
正直、セドリックが帰ってこないから寂しいと言う事もない。会いたいなとは思うけど。
それなのに。
セドリックが帰ってくると聞いて、突然花嫁衣装を着せられた。まあそれは、急だけどついに、みたいな嬉し恥ずかしい気持ちで心が躍った。
半日しかいられないと聞いて、それでも帰ってきてくれると言う事に嬉しく思った。
ならば今日は式だけだな、その後はご馳走を食べて、ゆっくり庭を散策しながらこれからの事を話して……
そんな幸せな1日になると思っていた、私がおかしいのだろうか!?
誰が、式もそこそこにベッドに問答無用で連れて行かれ、昼から夜まで、だ、抱き潰されると予想するだろうか!?
あれは、ふ、普通なのだろうか!?
目が覚めた時はもう翌日の昼で、心配して起きるまでそばに居てくれたのは、旦那様ではなくメイドだった!
起きあがろうとしたら足に全く力が入らない。身体はあちこち筋肉痛。ようやくベッドに座ったら、服から出ている箇所に赤黒いあざが大量にあって、痛くは無いけどなんだか怪我人のようだった。喉も痛い。声が出ない。
メイドに心から心配されて、その日は病気の子みたいにベッドで過ごした。
その人は庭師と夫婦なのを知っていたので、掠れた声で「あの、これ、普通なんですか?」と、聞いたら「……情熱的な方かと」と、目を逸らされた。多分普通じゃ無い。
残された一通の手紙。
目が覚める前に出る事を謝る言葉と戻らなければならない事を悲しむ言葉と……いかにエレナが可愛く素晴らしかったかを語った、詳細な情事のレポート。
なんなのだ。そう言うことしか考えていないのか。あの男は。
会ったら話そうと思ってたことが沢山あったのに。ヴァル・フルールの話、お屋敷の話、最近よくお屋敷に帰ってくる伯爵が、パパと呼べとしつこいので結果お義父様とすでに呼んでいる話。
それから会ったら言おうと思っていた、エレナが作ったハーブと蜜蝋のバームを、ヒューゴが買い上げてくれた話。
サンプルを渡したら薬師に見せてくれた。その後、品質が良いからある分だけ買い取ると言ってもらえて、住民総出で沢山作ったのだ。
しばらくヴァル・フルールは、セドリックから費用を支払ってもらわなくても大丈夫そうだ。
皆もやっぱり嬉しそうだった。
こういう、頑張った事、褒めてもらいたかったのだ。
翌日、回復してヴァル・フルールに戻ったが、まだかなり濃く赤黒い跡がある。いつもは苦しくて嫌なのだが、首をすべて隠せるブラウスをきっちり着て過ごす羽目になっている。
「あ、エレノア様、ご結婚おめでとうございます」
行商人のヒューゴが来たので、気晴らしに商品を覗きに来た。
「こんにちは。……ありがとうございます」
なんとなく、心からありがとうと言えない気分である。
「お会いしたら聞こうと思ってたんですよ。あのバーム、もっと作れないかって聞かれてまして」
「もう材料がないから、同じ配合なら一年後かしら。もっと育てますね。ハーブを変えたら少しはできるかも」
「そうですか。なんでも王都の貴族の方が気に入ったとかで社交界で噂になっているらしいんですよ」
「え、そんなすごいものじゃないのに」
「材料があれば作れるなら、買い集めてきましょうか?」
「あ、じゃあ、私も買い付けに一緒に行きたいです」
「それはダメだなぁ!」
ヒューゴは少し困った顔で笑った。
「セドリック様から、エレノア様がヴァル・フルールから出ないように見ててくれって。心配で仕方がないらしいですよ!」
……いつもなら、少し呆れる程度の事だった。
しかし、エレナは怒っていたのだ。
ここで、私を、飼っているとでも言うつもりだろうか!?
そして都合のいいときだけ、か、身体を貸せと言うのか!?
それで、エレナはこっそり、ヒューゴの荷馬車に隠れた。大きな袋をかぶって、箱の隙間に身体を捩じ込めば小柄なエレナは外から見えない。
別に逃げ出すつもりはなかった。ただ、やりたいと思ったことが出来ないことが嫌だった。
バームを見てくれた薬師と話をしてみたかった。次はどんなのが売れそうか聞いてみたかった。
そうして、エレナはヴァル・フルールを抜け出したのだった。




