7.世継ぎの心配
婚約の儀式が滞りなく済み、いよいよ婚儀に向けて忙しくなる。
王太子妃の絵姿が公開され、王都はお祭りのように華やかになった。
リゼは背が高く目鼻立ちがはっきりした美人で、波打つ黄金色の髪は豊かな土壌を想起させ、深い緑の瞳は思慮深さを感じさせる。
ダリウスと並んでも見劣りしない。お似合いだと言う声が多かった。
「評判良いではないですか」
街で配られた号外を手に、セドリックが言った。
「美しい娘だ。華も学もあるし、賢くて堂々としている。王妃は問題なく務まると思う」
「良かったですね」
ダリウスは他人事のように婚約者を評価する。
今更エレナの方が良かったなどと思われても困るので、うまく行って欲しいと心から思う。
ダリウスは、婚約の儀式の日から毎晩のように離宮に足を運んでいる。上手くいっているのだろうか。次の恋に移ってくれただろうか。
事実を考えれば一時も早く世継ぎを作る必要がある。しかしその話をセドリックからするのはさすがにデリカシーがなさすぎるように思うが、そんな話ができる関係が自分以外にいるとは思えない。
「周りはどうだ。動きはあるか」
「リゼ様の生家であるエリュシア子爵家は、名誉な事と受け止めている様ですね。ヴィスコー公爵家が接触しようとしてましたが、上手く取り込めてはいないようです。モンフォール伯爵が王妃の実家同士仲良くやろうと粉をかけてましたよ。そちらに任せましょう」
「自分の父を駒のように言うな」
「仕事ですから」
最近少しだけ。ほんの少しだけ父を見直している。
王都に来て仕事をするようになって、思っていた以上にダリウスの身が危ないことを知った。
今ダリウスが死ぬと、ヴァリオン王子が王太子となる。即位すれば、それはヴィスコー公爵家の天下になる事を意味している。
表立ってダリウスが邪険にされていないのは、幼いころから死にそうだったからだ。ヴィスコー公爵はダリウスが死んだら穏便にすべてが入ってくるように準備をしている。
だから表向きは保守派筆頭のような顔をして、ダリウスを立てている。
そのバランスをモンフォール伯爵が保っている。
あの男は道化のような顔をしてヴィスコー公爵家にも出入りしている。そうして最大派閥である保守派が本当の意味で敵陣に取り込まれないようにしつつ、下手に動くよりダリウスが死ぬのを待つのが得策と思わせ続けているようなのだ。
セドリックが真意を聞いても、フラフラとした答えしか返ってこない。だからいまいち正面から尊敬できないのだが。
「しかし、僕がヴィスコー公爵なら今、動きますね」
「だろうな、兄上より先に子が産まれれば、もうあちらの筋はなくなる」
「ならば、身体が弱いダリウス殿下は、世継ぎが生まれたら子供をヴァリオン殿下に託すつもりらしいとでも耳に入れておきましょうか」
「何故」
「殿下の命を取らなくてもいいと言う選択肢を作るんですよ」
ダリウスが不快そうな顔をした。
「……まだ出来てもいないのに、すでに道具なのだな」
セドリックは一瞬言葉に詰まった。
国の平和を保つための道具。ダリウス自身もそうだ。産まれる前から思惑があって、目的の為に作られた子供。
友人としては少し躊躇ったが、ダリウスが王位につき平和を保ち、天寿を全うする可能性を少しでも上げるのが自分にできることだ。
「早く子供を何人も作ってしまえば、あきらめるか別の動きを取るかすると思うので、殿下の命の心配は大分減りますね」
「……」
王子でも王女でもいい、味方を増やすための駒として使えるモノを……
ダリウスは王族として可哀想なくらいまともな人間だ。こう言うのは少しでも、僕のせいにしてくれればよい。
あえて露悪的に言葉を選び、ダリウスの不愉快そうな視線を受ける。
ダメ押しに少し下品に目尻を下げてにやりと笑う。自分でやりながら、ああ、父に似ているなぁと思った。
「こういういい方もあれですけど、……あちらのほうは順調です?」
「お前、さすがに失礼にも程があるぞ」
「すみません」
「……そのあたりはお互い腹を括っている。心配するな」
ダリウスは目をそらして言いにくそうに舌打ちした。
腹を括っている、か。
その反応からして、心配は無さそうだ。
「わかりました。リゼ様はこのまま王妃殿下の離宮にいて戴きましょう。あそこも完全に安全では無いですけれど、王宮よりはましでしょう」
「で、俺を王宮に置いて囮にすると」
「毎晩通ってくださいよ。堅物の王太子が妻にメロメロと言うのは大変良いですしね」
苦虫を噛み潰したようなダリウスに爽やかに微笑んで、セドリックは窓の外を見た。青空に薄く雲がかかっている。
エレナと繋がっている空を見ると、少しだけ自分が元に戻る気がする。
「……お前には休みなどいらないな」
突然、ダリウスがぽつりと呟いた。
「!?」
「今度、母上が、三日ほど離宮で色々教えると言っていたから……」
「五日もですか!ありがとうございます!」
「三日だ!!」
「そんな、往復でどうしたって二日かかるのに……」
「前日夜には帰ってこいよ」
「それって、家に半日しかいられないじゃないですか!?」
「知るか!神官と親戚はなんとかしてやったんだから、休みは諦めろ!」
休みをちらつかされて、一気にセドリックは自分に戻った。
結婚だ。結婚をしなければ。
半日。一晩居られないのは悔しいが、逆に考えるんだ。
「半日あれば、式くらいは挙げられるだろう」
「そう、ですね……僕が屋敷に着いた時に、全てが整っていれば……」
エレナを思い浮かべながら、休みの日までの段取りを考える。
やっと、やっとだ。やっと全て手に入る。




