3.その結婚には愛など関係ない
婚約の儀式は滞りなく済んだ。
リゼの誓いの言葉によって、子供の顔ほどもある大輪の白薔薇が開いた。
「神よ、感謝します。私は聖女リゼ・エリュシアを生涯の伴侶とし、一生を捧げましょう」
大聖堂にダリウスの低い声が響いた。
儀礼通りにダリウスが手を差し伸べた。リゼはその手を取って立ち上がる。
初めて触れ合った。力強い、熱い手だった。
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無事に儀式が終わり、大聖堂から出た時だった。
リゼは平然とした顔はしていたが、やはり重圧は感じていた。緊張が解け、こっそり息をついたリゼにダリウスが呟いた。
「王太子妃として、できる限り望む処遇は与える。しかし私は愛と言うのがわからない。それは期待するな」
「え?」
「それから早めに何人か産んでくれ。其方に求めるのはそれだけだ」
「は、ぁ」
目も合わせない。
リゼはつい、呆気に取られて間抜けな声で返事をしてしまった。
それは、わざわざ言わなくても、良いことでは?
ダリウスが自分に興味がないのも、聖女との子が重要なのも、リゼは当然理解していた。その上で、受け入れた話である。そんな事改めて言われなくてもわかっている。
エレナはこんな男に振り回されて死んだのかと思うと、心が黒く塗りつぶされる気持ちだった。
リゼは心の中で呟く。目的はエレナの死の真相を知る事。こっちこそ愛など関係ない。
「紹介する。秘書官のセドリックだ。これは信用できる。何かあればこれに言うように」
手を引かれて連れて行かれた先で、ダリウスの側近を紹介された。
儀式が終われば、聖女でありながらも王家の一員として扱われる。顔も公開される。生活も変わる。これまでは全て神官を通して外部と関わっていたが、これからはある程度は直接交流する事になる。
「セドリック・モンフォールと申します。リゼ様、お会いできる日を心待ちにしておりました」
そう言って優雅に頭を下げた男は優しげな顔立ちをしていて、重い空気が少し和らいだ気がした。
「リゼ・エリュシアです。これからどうぞよろしくお願いします」
目を合わせて微笑む青年に、ダリウスの周りが全部恐ろしい訳ではないとわかって少しホッとした。
「誠心誠意お仕えいたします。なんと聡明でお美しい方でしょうか、貴女様のような方が殿下に応えてくださって良かった」
「おい」
歯の浮くようなセリフに戸惑うと、なぜかダリウスがギロリとセドリックを睨んだ。
自分や神官に向ける視線も厳しいと思っていたが、全くそんな事はなかったのだ……と、横で見てて分かるほどの強烈な視線を受けたにも関わらず、セドリックは少しも気にした様子を見せない。
「長い付き合いになるんです。僕を睨んでないで、殿下はもう少しお優しくなさってください。リゼ様も怯えていますよ」
「……」
王太子に対してとんでもないことを言う。しかしダリウスは眉間のしわを深くしただけだった。
「いえ、わたくしはそんなことは」
「いいんです、リゼ様。怖かったら怖いと言いましょう。早めに殿下の扱い方を覚えた方がいいですよ」
セドリックは重ねてダリウスをからかうように言う。リゼの緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか、しかしこれではダリウスの反応が怖い。
恐る恐る、ダリウスの反応を伺う。
「……か?」
ダリウスがボソッと小さな声で呟いた。
「其方は……私が、怖いか?」
「怖いです怖いです」
「お前には聞いていない」
怖いかと言われて、怖いと言えるわけがないと思うが、セドリックが代わりに答えてくれた。
「リゼ様は今日から王妃殿下の離宮でお過ごしいただくよう準備をしております。最初から同居で過ごしにくいかもしれませんが、王妃殿下も聖女でいらっしゃる。色々お聞きになるとよろしいでしょう。後ほどご案内いたしましょう」
ついに主人であるダリウスを無視して話を進める。飄々としているセドリックのおかげでダリウスの恐ろしさも半減したように思えた。
++
セドリックに連れられて離宮へとやってきた。
ここは王妃が住んでいる。聖女である王妃の為に整えられた離宮だけあって、花々が咲き誇る美しい庭園の中に、教会に似た建物がある。今まで生活していた教会をより洗練し、親しみやすくしたような場所だった。
「リゼ様は、大聖女となられたエレナ様と仲がよろしかったそうですね」
ふと、世間話のようにセドリックが切り出した。
「ええ……」
と、つい答えてから、何故知っているのかと不審に思う。
「モンフォールの一員としては、聖花教会の話は色々と耳に入ってくるのです」
モンフォール伯爵家は聖花を育てる庭園を持つ、古くからの教会の支持者だ。そういわれれば、そうなのかもしれない。
「エレナ様はどの様な方だったのですか?」
「まさに……聖女を体現したような、純粋で神に愛されていた方でしたわ」
「そうなのですか。聖女の中の聖女と言う訳ですね」
「ええ。でも一般的な聖女のイメージとは少し違うかもしれません」
「違うと言いますと?」
柔らかいセドリックの問いかけは穏やかで答えやすく、リゼは自然にエレナを思い浮かべた。
「そうですね、思いつきで色々始めたり、飽きると放り出したり。」
「飽きると放り出す」
「夢中になっている時はその事ばかり考えているようなのに、突然ぱたりと興味を失ったり……」
「突然興味を失う」
「子供の様で目が離せない所もあって。そういうところすら我儘と言うより純粋で可愛らしいと思わせるような……?どうかされました?」
セドリックの笑顔がなんだか固まったように感じた。
「いえ、……無邪気な……方だったのですね」
セドリックは空を見上げて悲しそうにつぶやいた。
そうだ、エレナはもう居ない。思い出して語ってしまったが、彼女はもう居ないのだ。
「ええ」
リゼもしんみりと頷く。
先ほどのダリウスが思い出される。
『私は愛と言うのがわからない』『早めに何人か産んでくれ』
人間、言わなくて良いことと言うのはある。
エレナにもあんな態度だったのだろうか。きっと恐ろしい思いをしたのだろう。




