55.モンフォール家のセドリック
「……え?」
セドリックは部屋に一歩入って、足が止まった。
ここ、僕の部屋だよな?
雰囲気が違う。
カーテンや部屋の中心に敷かれたラグの色、ベッドカバーが違う。
ソファーに布がかかり、クッションも優しい色のカバーがかけられている。
ダリウスの好みに合わせた、深い色の重々しい雰囲気から、ベージュに緑の草の模様が中心の柔らかい雰囲気になっている。
「あああ、先に説明しようと思ったのに」
腕の中でエレナが顔を隠して真っ赤になっている。可愛い。
そこにメイドが慌てて、サービングカートを押してきた。お茶の用意が乗っている。
セドリックはメイドに尋ねる。
「模様替え、した?」
「はい、昨日エレノア様が……」
「す、すみません、勝手に! でも皆さん手伝ってくれたじゃないですか!」
セドリックはもう一度部屋の中を見渡す。
ヴァル・フルールでセドリックが使っている部屋に雰囲気が似ている。
大きな家具はそのままだが、マホガニー材の濃い上品なブラウンの家具が優しい色の部屋の中でアクセントになっていた。
「お茶、ありがとう。少し二人にしてくれる?」
セドリックは部屋の様子に目を奪われたまま、かすれる声で言う。
サービングカートを部屋に置いてメイドが慌てて出て行った。
「あ、まって、置いてかないで! 私のせいだけにしないで!」
なにかごちゃごちゃと言い訳をしているエレナをソファーにおろす。
「どうしたの? これ」
「お、怒ってる? なんか、怒ってない?? 元に戻そうか!?」
「いや、怒ってはいないけど、予想してなかったからどうリアクション取っていいかわからなくて」
セドリックがソファーで詰め寄ると、エレナがクッションでガードした。クッションカバーは繊細な植物模様の刺繍が入っている。
「これは?」
「……作ったの。セドリックにあげようと思って。ハンカチはだめになっちゃったでしょう?」
ダリウスの止血に使ったハンカチは、血のシミが取れなくて確かに使えなくなってしまった。
でも捨てられなくて取ってはある。エレナの刺繍がとてもうれしいのだが、飾ることもできない。
「ハンカチの代わりに作ってくれたの?」
「代わりというか……ハンカチをあげたときはばれてはいけないと思っていたから。もっと大きなものでもいいなら作りたくて。で、あと、あれと、あれとあれ」
そういって部屋にあるクッションや枕、ベッドを指さす。
「カバー類は、色を変えたらセドリックっぽくなるかなって思って、せっせと作ったのよね」
「すごいね」
「一日早く来られたから、セドリックがいない間にセットさせてもらえないかと聞いたら、お屋敷の皆さんが、前からこの部屋暗いと思ってたんですよね、って言いだしまして」
「うん」
「前から不思議だったみたいなの。この部屋、セドリックはあんまり気に入っていないみたいなのに、模様替えや部屋替えを提案しても良いとは言わないから」
「……」
「それで、あちこちの使っていない部屋から、セドリックに似合いそうなカーテンとか、ラグとか、小物類とか持ってきまして、このようなことに」
「……」
「あ、皆さんを怒らないでね!? 私がいいって言ったの、元に戻そうと思えば戻せるし。この部屋、ほら、前の感じだと、少し殿下っぽいっていうか。セドリックらしくないじゃない? ……ねえ、なんで近づいてくるの!?」
ソファーの端に追い詰めたエレナが、自分とセドリックとの間にクッションを挟んで最後の抵抗を試みている。
セドリックはクッションを強引に剝ぎ取ると、押しつぶすように抱きしめた。
エレナは少しもがいたが、離す気はないのが伝わったのかおずおずと腕をセドリックの背中に回した。
「それって、エレナが僕のためにやってくれたという事?」
「私は、セドリックに何か少しでも返したかったの。全部終わったら、ヴァル・フルールの生活も、エレノアの人生も、返すものだと思っていたし。でも、そのままでいいなら……返したくないし。でも貰いっぱなしはどうしてもモヤモヤして、何かしたかったの。だからセドリックのためというより、私のため、だと思う」
「でも、僕のことを考えて、喜びそうなことをしてくれた」
「喜ぶか分からなかったけど、いつまでもダリウス殿下の部屋にいるのは変だもの。殿下よりセドリックの方が、ずっと伯爵家のご子息っぽいのに」
「殿下を伯爵令息と一緒にしちゃだめだよ」
くすくす笑いながら言って、セドリックはふと気が付いた。
この部屋をそのままにしていたのも、車椅子の子がセドリックだったと言ったのも、本物のセドリックはダリウスのことで、自分はずっとその代わりをしているような気がしていたのではないか。
殿下を伯爵令息扱いしていたのは自分の方だ。
「そうだよね……そうだね、僕が、モンフォール家のセドリックだ」
エレナがみじろぎしたのを感じて、セドリックは少し体を起こした。
きらきらした赤い瞳が見上げている。その瞳は覚悟が決まったような、強い光を宿していた。
「私は、ここに居たいと思ってるし、セドリックが好きよ。そうするしか無いからじゃなくて、私が、そう思ってる。だから、安心して。……私を信じて」
吸い込まれるようだ。と、セドリックがその目に見惚れていると、華奢な白い手が伸びて、そっと頬を包み込む。
「今は貰いっぱなしだけど、私もセドリックの役に立てるようになったら、アルバローザに誓ってもいいわ。ねえ、私、貴方の為に何ができるかしら」
「……この状況で言われると、殺し文句にしか聞こえない」
「え?」
そういってセドリックは、戸惑うエレナを強く抱きしめた。
「ここにいるだけで十分役に立っているんだけど」
「そ、そういうんじゃなくて、役に立ってる実感と言うか」
「わかった……じゃあとりあえずキスさせて。それから考える」
なんだか頭がふわふわする。
ベッドに下ろせばよかったかと不埒な事を思いながら、腕の中に細い身体が大人しくおさまっている幸せを噛み締めた。
返事がないので顔を上げると、可愛い彼女は真っ赤な顔で固まっている。
目が合うと、こくり、と頷いた。
◆◆◆
花の神に守られしイルヴァレア王国の国王秘書官は愛妻家として有名である。
権力を恣にする地位でありながら欲がなく、政務には誠実に何者にも阿らずただ主人と国の為に勤めている。
彼が愛する奥方は領地から出てくる事は滅多に無いが、女主人として良く領地を治めていると言う。
彼の庭には閉ざされた秘密の花園があり、大輪の白い薔薇が咲いている事があるが、それは誓い合った二人の秘密である。
end
最後までありがとうございました。
心と人生が手に入ったところで完結です。
次ページはおまけです。キスしていい?の続きですが、本編ここまでです。
セドリックはこの後、単身赴任のくせに子沢山となり、国の平和と後進の育成をすごく頑張って早めに引退したいのに出来ない。
ダリウスは、お似合いの王妃に出会って幸せに平和に暮らして欲しいです。
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