52.ヴァル・フルールの日常
セドリックが王都に立ってもう一月ほどだ。
出禁にはならなかったらしい。帰りたい、帰れないとつづられた手紙が良く届く。
「エレノア様、この顔のシミ、何とかならないかしらねえ」
「ベス、そんなに気にならないですよ」
「マリーのそばかすを消したように、消せないかしら」
「あれは、本当に、偶然で。そばかす消すためにやるものではないですから」
「でもねえ……」
ギースの診療所の前で薬草の世話をしていると、牧場のベスがお肌の相談をしてきた。
最近多いのだ。特に女性陣から。
昔負った傷跡やほくろ、シミ、出来物……
ギースに相談しても、全く相手にしてもらえないような相談だ。
女性特有の不調などであれば、できるだけ対応しているのだが、お肌のトラブルはどこまでやってあげるかで悩んでいる。
目立つ傷跡は良くて、シミそばかすはダメ? 気になっているならなんでもやってあげた方がいい? でも、持って生まれたほくろまで取るのはなんか違う気がする。
「そうだ、シミが気になるなら、軟膏を作ってみましょうか」
「軟膏?」
「ええ、加護の力は効果が強すぎちゃうこともあるから。ハーブをもとにした軟膏を作ったことがあるわ」
「エレノア様、作れるの?」
「ギースが薬草を分けてくれれば」
「ギース!! エレノア様に協力するんだよ!!」
「なっなんだ藪から棒に」
突然家の中に向かって怒鳴ったベスに、ギースが飛び上がって眼鏡を落とした。
その様子を見てエレナは笑う。
春も終わりに近づき、だんだん日差しが強くなってきた。
日々の小さなことが積み重なって、最近はエレナの悩みも薄まってきている。
セドリックがいない日々がエレナをここに縛る鎖を強固なものにしていた。
「エレノア様、お手紙を預かってますよ」
最近は、行商の小間物屋にも顔を出すようになった。行商に来る男はヒューゴと呼ばれる初老の男で、穏やかで無口な男だ。
彼がセドリックからの手紙を届けてくれる。
以前はたまに、メアリー宛の手紙にエレノアの様子をうかがう文章が入っていただけだったが、この頃は毎週、堂々とエレノア宛に、甘い言葉が書き綴られた手紙が届く。
「ありがとうございます。私のほうも、お願いできますか」
エレナはうきうきと受け取って、代わりに先週のお返事を渡した。
お返事と言っても、いつ届くかもわからないので、毎週近況報告をしあっているような感じである。
受け取った手紙は、紙の重み以上に重く暖かく感じる。
最初受け取ったときは、逃げていないか確認されているのかと少し怖く感じたが、エレナに気を遣う内容と帰りたくて仕方がない感情があふれ出ていて微笑ましい。
なので、最近では純粋に楽しみになっていた。
手紙の他に、頼んでおいた生地と糸を受けとる。
「そう言えば、お代はどうなっているのでしょう?」
「セドリック様から頂いてますよ」
そうだと思った……
ヒューゴの馬車は週に一回、日用品を届けてくれる。しかし集落の誰も代金を払っていない。
そういえばたまに、オリバーやマイケルが収穫物を渡したり、レオが獲物の皮などの不要なものを渡したりしている。
「……何か商品になるものをお渡ししたら、買い取っていただけたりします?」
「物によりますが、農作物やハーブなんかはたまにいただいてますよ。この辺りは気候が良いから」
エレナが思いついたのは、軟膏の事だった。
まだ成果は目に見えて出てはいないが、ベスやメアリーをはじめ、女性陣は皆喜んでくれている。
刺繍も得意だが、教会で習ったためクセが抜けない。ばれることは無いと思うが図案は影響を受けてしまっているし、教会関係者が作ったとわかってしまうかもしれない。
「ちょっと待っててください」
慌てて軟膏を小瓶に詰めたものを一つ持って戻る。
「これ、ここで採れたハーブとみつろうで作ったんですけど。肌が綺麗になるの」
「うーん、こう言うのは難しいんだよなぁ」
「何言ってんだい!」
受け取って顔を顰めるヒューゴに、近くにいたベスとメアリーが言いつのる。
「エレノア様はそりゃあ凄いんだから!」
「もし教会に行ってたら、今頃は聖女様だよ!」
「そんな方が作ったのが効かないわけない!」
「や、やめて、そんなに特別な物ではないから!」
エレナは止めるが、ヒューゴは押し負けて受け取った。
「……とりあえず、詳しいやつに見てもらうから。これだけ預かりますよ」
「ヒューゴさんごめんなさい、ダメならダメで大丈夫ですから」
ヒューゴはやれやれと言った感じで小瓶を鞄に仕舞うと、店じまいして森の小道を去っていった。
その日のセドリックからの手紙には、夏には何が何でも帰る、と熱い決意が込められていた。
それを読んでエレナは微笑んだが、少し考えると返事を書いた。
――お会いした時にお話ししたい事があります。本邸でお会いできないでしょうか




