48.秘密の花園
翌日、ダリウスはモンフォール伯爵と共に王都へ帰って行った。
伯爵はエレナが朝まで部屋にいたので上機嫌だったが、ダリウスに俺がソファーで寝る羽目になったと怒られていた。
謝ってはいたが、そうは言ってもお楽しみだったんでしょう? と言いたそうな雰囲気が漂っている。
セドリックはエレノアを村に送ってから王都に戻ることになっていた。
「さあ、エレノア。家と庭を案内するよ」
二人を見送って、ようやく肩の荷が降りたとばかりに柔らかい笑顔を取り戻したセドリックが、ガイドをしてくれる。
そういえば王都からモンフォール領へくる道すがらもガイドをしてくれた。紹介するのが好きなのかもしれない。
モンフォール家の屋敷は外観から受ける印象通り、静かで荘厳で薄暗い建物だった。
歴史を感じる内装は立派だが派手ではなく落ち着いていて、使用人も最低限なのかひとけもない。人かと思えば鎧が飾られていたり、肖像画だったりする。
窓から陽が差すが窓枠の影のコントラストが強く、何となく薄暗く感じる。
かつーん、かつーん、と歩くたびに足音が響いて、屋敷の広さを感じさせた。
「ここ、夜一人で歩くの怖いわね」
「エレナは小さい頃、一人で探検してダリウス殿下に会ったみたいだよ。幽霊を探してたって」
「うーん、私ならやりそう」
怖いとは思うけど、正体を確かめたいと思う好奇心の方が勝ったのだろう。
「ちょうどここを通って、この部屋に入った」
扉を開けて招き入れられたのは、特別に豪華で重厚な雰囲気の部屋だった。
昨日の貴賓室に似ているが、少し生活感がある。
「ここは?」
「セドリックの部屋だよ」
自分の部屋を他人事の様にいう。
「あまり、セドリックっぽく無い部屋ね」
「最初は殿下の為に整えた部屋だからね。そのまま入れ替わった形で僕が使ってる」
セドリックなら、もっと柔らかい明るい色が似合う。そうだ、今度クッションカバーやベッドカバーを作ろう。もう隠せるものでなくてもよいし、大物も渡せる。
そう思ってきょろきょろと部屋を見渡す。他に何か無いだろうか。
「こっちに来て」
セドリックが窓際へ呼ぶ。窓からは裏庭が見えた。
裏庭と言っても広大で、果樹園や菜園、花壇が並んでいる。ところどころ古びた壁に仕切られているのが見える。
「あそこにエレナが居たんだよ。小鳥を追いかけて遊んでた。よし、次は庭に行こう」
庭に出ると、壁に囲まれた小さな庭がいくつかあったが、セドリックは迷いない足取りですすむ。
その庭の一つの扉に、鍵がかけられていた。セドリックは古びた鍵でそれを開けた。
美しく整えられている庭だった。薔薇を中心に、様々な野草が植えられている。
木のベンチのそばに、石でできたウサギとキツネが仲良く寄り添っている。その向こうに水は出ていない噴水が見える。噴出し口は獅子の形をしていた。
エレナがあたりを見回していると、セドリックが鍵をかける音が聞こえた。
「綺麗な庭ね」
「君に習った通りに、僕と坊ちゃんで綺麗にしたんだ。いつか君に見せようって言いながら」
レンガでできた小道に沿ってぐるっと回る。小さいけれど隅々まで愛情をもって手入れがされていて、心地よい庭だった。
先ほどのセドリックの部屋よりもずっと、セドリックの居場所のように見えた。
「エレナ。昨日言っていた、咲かなかったわけを教えてあげる」
セドリックは耳打ちするように囁くと、エレナの手を取って一つの薔薇の木の元へ連れて行った。
一際大きな木で、薔薇にしては少し幹が太い。幹だけではなく葉も大振りだ。
「これ……」
「わかる?」
「……アルバローザ・ブライド?」
「そう、これ一つだけ。ほかは違うと思う」
「なんでこんなところに」
「多分父だろうけど。モンフォール家の領には聖花を育てる花園があるから、一個勝手に持ってきたんじゃないかな」
「じゅ、重罪」
「なんだよねえ。見つかったらモンフォール家はお取り潰しだ。僕しか気が付いていないから、エレナも秘密にして」
聖花は強力な魔法のようなことができる物もあるし、政治利用されているものもある。
色々な意味で危険なので、教会の厳重な管理下で育てられている。勝手に持ち出すことは許されない。
万が一咲かせてしまったら、その秘密を守るためにどのようなことになるか分からない。
「この庭はね、父から王妃様へのプレゼントだったんだ。薔薇は白で統一していて、満開になるととても綺麗だよ。王妃様も一時期は気に入ってくださったようだけど、今は離宮があるからもう忘れているかもね」
セドリックはそう言って、アルバローザの葉に触れた。ただ葉が繁っていて、蕾もない。
「これがアルバローザだと気づいた時から、僕は毎日誓っていた。セドリック・モンフォールはエレナ・フィオーレにすべてを捧げると」
「え?」
セドリックが、アルバローザに誓っていた?
セドリックは真剣なまなざしでエレナを見つめている。
エレナは聖女だから、その誓いの重大さがよくわかっている。
その人だけと一生をともにするという覚悟がなければ、冗談でもそんなことはできない。
どんなに愛の言葉を重ねられるより、本気が伝わってきた。
「だからだと思うんだよ。花の神は乙女がお好きだからか蕾も出来ないけど。祈りだけは届いたかな」
「ま、まって、それって」
「何?」
「セドリックは、その、本当に私を」
「え、そこから? それ伝わってなかった? 婚約したじゃないか」
「だって、助けてくれるためだと思って」
婚約者になってと言われても、それが自分を逃がすための話になっていたので、処刑の話のように狂言のようなものだと思っていたのだ。
真っ赤になって慌てるエレナに笑う。
「何度でも言う。大好きだよ、エレナ。もし君も同じ気持ちなら、君もこのアルバローザに誓ってくれないか?」
「その、わ、私もセドリックは好き……だし、気持ちはうれしいけど……アルバローザは王妃の花だもの、それはできないわ……」
アルバローザは条件で咲くから、本当は聖女と王家でなくてもよい。
それは知っているが、教会での教育の賜物で、エレナはすでに聖女でもない自分が王家でもないセドリックに対して行うことは、してはいけない事だと思っている。
セドリックは、そんなエレナにそっと囁いた。
「気にならない? 僕の予想が正しかったら……エレナのアルバローザは相手が僕だったら、咲くんじゃないかな?」
そういわれて、好奇心がうずく。確かにそうかもしれない。
つまり、ほかの人の祈りが、聖女の運命を変えることがあるという事?
二人の誓いの一人が前もって何かを誓えば、もう一人に影響が出る?
もしそうなら、昔から厳重に管理されてきたのもわかる。
一方的に相手の運命を縛れるとしたら、愛の証など可愛らしいものではない。
ごくりと喉を鳴らし、エレナはアルバローザに触れる。少しの加護の力で、するすると蕾ができた。試してみることが今ならできる。
でも本当に咲いちゃったら……
「やってみて」
セドリックが囁いて、エレナの指をそっと蕾に触れさせる。
エレナは改めてセドリックを見つめた。どこか底が見えないような、優しい目が見つめ返している。
ふと、底知れぬ怖さを感じて、エレナはギースの言葉を思い出した。「ここから出られない、ぬしも、わしも」
……今ここで、この花を咲かせる意味は。
「ねえ、私はもう、出られないのかしら」
「どうしたの?突然」
「前に言われたの。ヴァル・フルールからもう出られないって。今思ったのだけど、これで本当に花が咲いたら、私は自分のすべてをセドリックに捧げたことになるのよね?」
「……そうだね」
エレナの疑問は優しく肯定された。
「そうして欲しくて、僕はいろいろ頑張ったから」
「……少し、考えさせて」
「いいよ。いくらでも。エレナはもう逃げられないのは確かだし。ここにはいつでも来られるから、」
セドリックは変わらずに優しく手を差し伸べる。
「今日はもう帰ろうか。僕たちのヴァル・フルールへ」




