47.今なら咲くのかしら
エレナはダリウスが消えたクローゼットを見る。
なんだか感動的に去っていったと思ったら、突然クローゼットに入っていったのでなんだか少し可笑しくなってしまった。
先程ダリウスの唇が触れた頬を指先でそっと触れる。
優しい手と声だった。幸せに、と言ってくれた。
そのクローゼットから、今度はセドリックが飛び出してきた。
「え、セドリック?」
「エレナ! 良かった」
エレナに駆け寄って、ベッドの脇に膝をついた。
「本当にごめん、怖い思いをさせた」
「ううん、ダリウス殿下とお話できたから、良かった」
「そう……」
「本当に、なんで、婚約の儀のアルバローザは咲かなかったのかしら」
エレナはダリウスとちゃんと話しができて少し浮かれていたのかもしれない。セドリックの顔が強張った事には気がつかなかった。
「私が怖がっていたからなのかな、ちゃんとお話ししたら怖く無くなったから、今なら咲くのかしら」
「……エレナは、咲いた方がよかった?」
「咲かないとは思わなかったから、今でも不思議なの」
「咲かないよ」
「え?」
気が付くとセドリックがベッドに上がっていた。エレナの肩を軽く押して、ベッドに寝かせる。
「咲かないよ。 ……理由は、明日教えてあげる」
「知っているの?」
「うん」
セドリックを見上げると、暗い中で、色の見えない目が優し気に細められた。
「いい子でよく寝たら、明日教えてあげる。おやすみ、エレナ」
エレナの横にごろりと横になると、幼子にやるようにポンポンと布団をたたく。
いつものセドリックの暖かさに安心する。色々と緊張していたのがほぐれるようで、いつしかエレナは眠りについた。
◆◆◆
規則正しい寝息が聞こえてきて、セドリックは身を乗り出してエレナの頬に手を添えた。
「アルバローザは咲かないよ。もし君が本当にダリウスのことを愛していたとしても。君はあの時から僕のだから。だから、僕を愛するべきなんだよ」
掠れた声でそう囁いて、エレナを覗き込んだ。
「名前も、過去も、エレナとして生きていた全ての時間も、これからのエレノアの未来も、表向きの身分も裏での生活も。君の作る物も、生み出すものも、捨てる物も、もちろん心も身体も僕のものだ」
優しい声で語りかけながら、エレナの頬を優しく撫でた。
「エレナのことをエレナと呼べるのは僕だけだし、過去を知っているのは僕だけ。君が覚えていない秘密も僕は知っている。婚約者になってくれたから、将来も全て僕が予約済と言う事だよ」
どろりと溶け出すような甘い目と声で、眠るエレナに語り掛ける。
「エレナの今の生活は僕が与えた物でできている。ヴァル・フルールはエレナの為に僕が作った箱庭だよ。エレナが好きそうな場所に、エレナが好きそうな村を作った。住民も優しくて気のいい人々を選んだんだ。……気に入ってくれたでしょう?」
エレナはセドリックに返せるものがないといつも申し訳なさそうにしているが、そんなことはない。セドリックは、エレナの人生が欲しいし、実際もう、ほとんど手に入れたのだ。
「いっそ閉じ込めて繋いでおいてしまおうかと思ったけど、そうしたら君が好きな事をして笑う笑顔が手に入らない。僕は、幸せな君が欲しいんだよね。その幸せが僕と、僕が与えたもので出来ていたらいいよね」
そう言って髪を撫で、そっと頬に口づけをした。
「おやすみ、可愛い僕のエレナ」




