38.家族へ挨拶
エレナはまたしてもセドリックに見惚れていた。
その日、昼過ぎに馬車でヴァル・フルールにやってきたセドリックは、伯爵のご子息らしい紳士な装いだった。
黒いモーニングコートにトラウザーズ。クリーム色のウエストコートから覗くドレスシャツにボウタイ。シルクハットにステッキまで持っている。
そんな紳士が別荘のリビングで優雅にティーカップを傾けていた。
メアリーもセドリックのいつもと違う様子に戸惑ったのか、紅茶もいつもより高級なものになっている。
「どうしたの、セドリック、なんだか今日は、……一段と貴公子のようだけど。うん、貴公子なのは知っているけど」
戸惑うエレナにセドリックは緊張した面持ちで告げた。
「明日、殿下にエレノアを会わせることになった。その前に、家で父に会ってもらうよ。今日これから行く」
「わかったわ、私も伯爵様には助けていただいた御礼を言わなければ……」
「あ、いや。実は」
セドリックは口籠る。
「……父は何も知らないから。エレノアの事は僕が勝手にやった事で」
「……え?」
セドリックは、エレノア関連のことはすべて自分がやったことで、伯爵は一切知らないと言った。エレナは今まで、伯爵家ぐるみだと思っていたので驚いた。
モンフォール伯爵家は昔から教会と繋がりがつよい。
信仰心から、聖女である自分を大事にしてくれているのかと思っていた。
「ヴァル・フルールも、僕が管理している村の一部って言う事になっていて、父は知らない。だから、余り色んなことを言わないように気をつけてほしいんだ」
「セドリックは、お父様と…その」
「関係は悪く無いけど、ああはなりたくないというか……方向性の違いというか……父は権力が欲しいみたいで、ダリウス殿下に賭けてるんだ。それで殿下の為なら何でもやる」
そしていくつか注意を挙げる。
何か言われても受け流してくれ、できるだけ二人になるななど、危険人物のように言われた。
メアリーがそれを聞いて、うんうんと頷いているのが意外だった。
「メアリーは伯爵様を知っているの?」
「ええ。私は本当にこちらに来られて運がよかったんですよ」
メアリーがしみじみと言う。
「坊ちゃんの縁談が今まで無かったのは、伯爵様のせいですよね」
「……父からの縁談は僕が断っているからね。そこはお互いさまと言うか」
エレナはだんだん恐ろしくなってきた。モンフォール伯爵はそんなに危険人物なのだろうか。
「まずは貴族のお嬢様らしくしておけば大丈夫だと思う。それで窮屈で悪いけど、ドレスを用意した」
「じゃあマーサを呼んできますよ。私より上手でしょうから。お嬢様のドレス姿、楽しみです」
「え、マーサ?」
マーサは赤子と双子の母親で、しっかり者の女性だ。エレナはたまに子供の相手をしている。
「マーサは母のメイドをしていたことがあるから。支度を手伝ってもらって」
やってきたマーサは部屋に運び込まれたドレスや小物や化粧品を見て、目を輝かせた。
「またこういうことができるなんて。腕が鳴ります」
久しぶりの容赦なく締められるコルセットに目を白黒させながら身支度する。気安くなった間柄だからか、マーサはエレナに容赦がない。くるしい。
ドレスを身に着け、髪を結い、化粧を終えて、セドリックの前に降りていく。
「エレノア、すごく綺麗だ。よかった、よく似合っている」
「ありがとう……素敵なドレスを選んでくれて」
薄いグリーンのサテンのドレスに落ち着いた金色のバッスル。ローズマリーやラベンダーの文様が白く影のように刺繍されている。
セドリックは目を細めて満足げにほほ笑んだ。
「行こうか」
セドリックの手を取って、馬車に乗り込む。ヴァル・フルールの人たちが何事かとやってきた。
マリーは「素敵ね、素敵ね!」とぴょんぴょんはねて興奮していたし、リチャードはエレノアのドレス姿にどぎまぎしていたようだが、大人たちはなぜかみな、緊張の面持ちで見送ってくれた。
◆◆◆
馬車はヴァル・フルールから二時間ほど、森の道を走り、日が落ちる寸前にモンフォール邸へ着いた。
夕暮れの紫色の空を背景に悠然とたたずむ古びた大邸宅は、少し不気味な美しさがあった。
こっそり裏の門から入った。こちらから入ると、菜園や果樹園が入り組んで作られている。塀に囲まれた庭もあるようで、ツタの絡まった壁や古びた扉が見えた。
玄関に回ると正面の広大な庭が素晴らしかった。裏も表も植物と花で囲まれている。さすが、聖花信仰と関わりの深いモンフォール家、と、エレナは聖女として感じる。
ダリウスに見つからないように、と、細心の注意を払いながら、セドリックがモンフォール伯爵を呼ぶ。
噂のモンフォール伯爵との面会は、あっという間に終わった。
「ふうん、お前はそういうのが好きなんだ。何処に住むの?」
「領地の別宅に」
「ならば良い。既婚者のほうがいろいろ面倒がない」
挨拶をするエレノアをじろりと見て、セドリックにそれだけ言うと忙しそうに出て行った。
ほっと息を吐いたエレナに、申し訳なさそうにセドリックが言った。
「あんな感じでごめんね。こっちの事には興味ないんだ。ほとんど王都にいて会うこともないから安心して」
「思ったより、怖くないというか、怖いと思う暇もなかったわ」
「怖い……というのとはちょっと違うかな。でも、そんなに悪く思わなかったみたいだ。エレノアが美しくてきちんとしていたからだよ」
一つ息をつくと、仕切り直しのようにセドリックはほほ笑んだ。
「家を紹介したいけど、殿下に見つかったら大変だから。お泊り戴く部屋に案内いたしますよ、お嬢様」




