36.森デート
エレナはダリウスが去ってから毎日、昼までは森の入り口が見えるところに居てセドリックを待っていた。
セドリックがダリウスを連れに来たときは、隠れているように言われて会えなかった。
部屋の窓からギースの家のほうを窺っていたが、セドリックの愛馬のいななきを一度聞いただけで、ついに見ることもできなかった。
今日もマリーのハーブを見たり、オリバーの畑の様子を見たりしながら集落を散策し、集落の入り口に置かれた丸太に腰掛けて森のほうを見ていた。
春の盛りのヴァル・フルールは楽園のようだ。
ヴァル・フルールへの一本道が伸びる森は、オークやブナの木々が枝を広げ、厚い緑の天井から光の斑点が零れ落ちている。
シダに覆われた緑の地面。アネモネやラグワートが鮮やかな色を添えている。リスや小鳥たちの声や音が、森の静寂を打ち破っていた。
その春の音の中に、規則正しい蹄の音が聞こえた。エレナは咄嗟に森の中に駆けだす。
すぐに道の向こうからセドリックがやって来るのが見えた。
「エレナ!?」
セドリックは驚いて、慌てて愛馬の速度を落とす。エレナの前で馬を降りた。
「セドリック!」
「エレナ……」
エレナの弾んだ声に、セドリックは嬉しそうに答えたが、少し困った顔をしていた。
「ヴァル・フルールから出ないで。この辺りは結構危険なんだ」
エレナは久しぶりに、セドリックの優しい声で『エレナ』と呼ばれて胸が鳴った。
見送ったときはここまでではなかったのに。
夜に会いにきてくれたからだろうか。ダリウスの一件があったからだろうか。
セドリックがどんなに自分を大切に扱ってくれていたかわかったからかもしれない。
ダリウスが言っていたエレナが死んだ話、坊ちゃんの話、聞きたいことは沢山あったのに、セドリックの蕩けそうな笑顔を見ただけでどうでもよくなってしまった。
とりあえずは再会を喜ぼう。難しいことは後で聞けばいい……
「セドリック、おかえりなさい」
その思いからか、ほんの半歩程度の距離だが、いつもよりもセドリックに近づいた。セドリックが驚いたように目を丸くして、顔を赤らめた。
「あ、ただいま、エレナ」
「会いたかったわ」
「……僕も」
セドリックにつられてエレナまで赤くなる。二人顔を見合わせて照れたように笑いあった。
「帰る前に、少しだけ散歩しようか」
セドリックはエレナを愛馬に座らせる。
「乗ったことある?」
「何度か。引いてもらってだけど」
「じゃあ二人乗りは初めてだ」
「この子に悪いわ」
「今日だけ。少し頑張ってもらう」
そう言ってエレナを後ろから支えるように愛馬に跨った。
ゆっくり馬に揺られ、ヴァル・フルールから少し離れる。獣道のような脇道に入り少し行くと細い沢に出た。
石や小さな苔むした岩の間をすり抜けるように透明な水が流れている。
両側には柔らかな緑の芝生が広がり、木々の間から差し込む日差しが葉の間を透かして複雑な模様を描いていた。
セドリックはエレナを芝生にそっと降ろし、少し遠慮がちにエレナに寄り添って座る。
二人暫く美しい景色と、さらさらと心地よい音に身を任せていた。
静かな場所だった。ささやかな水の音に、時折鳥の声や羽音、風が葉を揺らす音が混じる。ブルーベルやプリムローズの優しい香りが、風に乗ってふわりと届く。
「素敵なところね」
「ここはヴァル・フルールからも見えないからね。秘密の場所」
セドリックの優しい声が心地よい。
「なかなか顔を出せなくてごめんね」
セドリックがぽつりと言った。
「今しかないから……少し嫌な話をさせて」
セドリックを見ると、アイスブルーの目が少し苦しそうに揺れていた。少し間を置いて、決心したように口を開く。
「……ダリウス殿下に会ったでしょう?」
「ええ……」
「彼と、どんな話をしたの?」
ダリウスに抱きしめられた事を思い出してしまい、身体が強張った。
ただ抱きしめられただけだが、セドリックには言ってはいけないと思った。ギースもそれは忘れろと言っていたし。
そうだ、エレナもダリウスが言っていたことで、聞きたいことがある。
「……私が死んだって」
私はどうなっているんだろう。これからどうなるんだろう。
セドリックの次の言葉を待ったが、セドリックは何も言わない。暫くエレナを見つめてから、先を促した。
「あとは?」
「……昔屋敷で会った、”車椅子の坊ちゃん”はダリウス殿下だと」
「ほかは?」
「……怒鳴った事を謝ってくれて、行かないでくれって……」
「……そう」
セドリックの雰囲気が、だんだんいつもの優しさだけではなくなっている気がする。
隣にいるのにどこか遠くへ行ってしまったような。
なにか、失望させたのだろうか。期待はずれなことをしてしまったのか。エレナは急に不安になる。
セドリックが静かな声で聞いた。
「エレナは、ずっとヴァル・フルールに居てくれるんだよね?」
「それはもちろん……」
言いかけて、ふとギースの言葉が胸をよぎる。ここから出られない、ぬしも、わしも
セドリックを見ると、奥の見えない目でエレナを見つめていた。
なぜだろう、先ほどから少し怖い。私の疑問には答えてくれていない。
エレナは意を決して尋ねた。
「ねえ、セドリック、私は今、どういうことになっているの? ダリウス殿下は私が死んだって言ってた……処刑されたことになっているの?」
「エレナは、ここに居たいんだよね? だったら、それはもう、どうでもよくない?」
それなのに、質問には答えずに再度問うてくる。優し気な口調だが、何かおかしい。
「ど、どうでも良く無いわ、私のことだもの」
エレナは勇気を出す。
ここでセドリックに見捨てられたとしても、何とかヴァル・フルールに戻れるだろう。そうしたらギースやメアリーに手伝ってもらえば……
そう考えて、ヴァル・フルールも、ギースもメアリーも、セドリックの物だということに思い当たる。
あれ? 何かおかしく無い?
読んでいただきありがとうございます!
続きは明日投稿します。




