35.いい加減にしろ
それから一週間ほどたち、密偵から報告が来た。
ダリウスの体はとっくに回復している。
そろそろいい加減に帰らなければとも思うが、まだ決着がついていない。
セドリックは暗にそろそろ帰った方がいいんじゃないですかとチクチク言ってくる。
そして、モンフォール伯爵が毎日うるさい。
「この度は愚息の愚かな行いについて寛大なお心遣い、誠に誠にありがとうございます。いや、このモンフォール、感服いたしました。これはこの国も安泰、いや安泰どころか発展の一途ですな!」
見舞いにきてからダリウスに付き纏っている。セドリックと違って自分では何もせずに喋っているだけだ。
社交の場では、勝手に盛り上がってくれるので意外と重宝するのだが、静かな領地の屋敷では場違いである。
「モンフォール伯爵、私はセドリックをとても信頼している。いずれ私の右腕として活躍してくれるだろう」
そう言ってやると、伯爵は飛び上がって喜びセドリックには睨まれた。
◆◆◆
部屋に戻ると、父親の前では大人しくしていたセドリックは、態度を変えてダリウスに詰め寄った。
「何で軽率にああ言う事を言うんですか!?」
「俺がそう決めたのだから良いだろう」
そのセドリックを見て、ダリウスは心の中で改めて見直していた。
何かを隠していることは間違いない。だが、物凄い度胸だ。
ダリウスは注意深くセドリックを観察するが、やはり変わった所は見られない。自分の考えすぎなのでは無いかとも思える。
「……父は勢いが有るが評判はあまり良く無い。権力に固執しすぎだし、やり方が下品だ。これで僕が貴方の側近にでもなってみろ、貴方の立場が悪くなりますよ」
「お前ならどうとでも出来るだろう」
「そうだとしても、無駄な労力を使うところでは無いでしょう」
俺を騙すのも無駄な労力だろう。
そう思って皮肉った。
「お前の労力は、まさに国の為にこそ使うべきだからな」
「僕はそんなに優秀な人間ではありませんよ」
わからないのか、気づかないふりか。
「それは俺が決める。お前は優秀だ。王都に来い」
「お断りです」
正式に命じれば断れないのをわかっているだろうに。
だが、ここまで言っても嫌がるのも怪しい。
ダリウスは鋭い眼光でセドリックを睨みつけた。が、セドリックは風が吹いた程度にしか感じないのか飄々としている。
ダリウスは一つ息をつくと訳を尋ねた。
「何か理由でもあるのか? 俺の話を断る理由を教えろ」
「嫌なんですよ、人間関係は煩わしくて。そんな者では王の右腕は務まらないでしょう」
「嫌なだけで、得意分野だろう。だから問題ない」
「買いかぶりすぎですよ」
「モンフォール伯爵は確かに目立ちすぎだ。だがお前は、その評判をこのひと月余りでひっくり返した。能力不足は理由にならん。……本当のことを言え。来たくない理由ではなく、『ここに居たい理由』があるのだろう」
セドリックは困った顔をして少し言葉を探す。
ダリウスは、いい加減、自分から打ち明けてくれないものかと思ったが、そこまで水を向けてもセドリックは平然と答えた。
「……僕は、モンフォールの領地が好きですから。森も山も湖もあって、花が咲く。平和に領地運営をしているのが性に合ってるんですよ」
「心に決めた娘がいると言っていたな、そのためか?」
「……ええ。それもありますが」
「連れてくればいいだろう。身分がどうのと言うなら、俺がどうにでもしてやる」
「彼女も、王都の華やかな暮らしは好きではなくて」
よくもまあ、いけしゃあしゃあと。
不自然なほど、その女の話をしない。領地の村に住んでいる事、結婚したいと思っている事だけは聞き出したが、それ以上は頑として口を割らない。
その状況から、ダリウスはどうしても、疑ってしまう。
それは、エレナなのではないか?
「隠しているものがあるのだろう?」
ダリウスはセドリックの言葉を遮るように言った。セドリックは言葉を止めてダリウスを見る。
「死んだ人間の村があるな」
「なんですかそれ、お伽噺でも読んだんですか」
「俺の毒への耐性を甘く見るな。野生のモンクスフード如きで記憶が消えるものか」
「まだそんなこと言っているんですか?」
やれやれとばかりにセドリックは肩をすくめて見せる。
「モンフォールの医師はどうしている? 確かに会ったぞ」
「言ったでしょう、彼は事故で亡くなりました」
「そういうことにしてやろう」
ダリウスは目を細めて鷹揚に頷く。
そしていきなり身を乗り出してセドリックに真正面から視線を合わせた。さすがのセドリックも思わず身を引いた。
「いい加減にしろ」
気安い友人同士の雰囲気が消えた。そこにいるのは王とその部下だ。
「確かに、俺の記憶には曖昧な部分がある。そしてその時ラベンダーが強く香っていた。ただのラベンダーでこの俺の記憶を消すとは、とんでもない加護持ちを飼っているのだなぁ? モンフォールは」
「……何が言いたいんです」
そして強い口調で宣言した。
「俺を助けた加護持ちの女に会わせろ」
「……この間の農村の女性ですよ。目覚めた時いたでしょう」
この期に及んでなおも隠すか。苛立ちとともに睨みつければ、さすがのセドリックも口をつぐむ。
ダリウスは睨んだまま、静かに告げた。
「ではわかった。この屋敷にいるはずの、エレノア・アッシュフォードに会わせろ」
セドリックの飄々とした表情が崩れ、一瞬目を見開いた。
「は?」
「当主が事故死したアッシュフォード男爵家の娘がここにいるはずだろう」
驚いた顔をした後、ダリウスを睨み返す。ダリウスはその視線を受けて嗤った。
「言っておくが、俺はその令嬢には面識がある。偽物を出すなよ。俺が本物だと思わなければ、モンフォール家に叛意の疑いありとして、調べつくしてやる」
面識があるというのは嘘だが、そう言っておけば、誤魔化しは出来ないだろう。
ダリウスは王都にいる密偵にモンフォール家を探らせた。
大きな事は何もでてこなかった。
しかし小さな事が一つ。1年ほど前、事故で死んだ貴族の、生き残りの娘を保護していたようだ。落ち込んでいて外に出なかったので、タウンハウスの者もほとんど知らないようだが、子息が気に入って、領地に連れて行ったと言う。
だがこの屋敷にそれらしき令嬢はいない。
それとなく聞いてみても、誰も知らないのだ。
本当にそれが領地にいる彼女なのだとしたら、隠す必要がない。
確証は得られていなかったが、こちらを睨むセドリックの顔を見て、ダリウスは確信した。
エレナだ。




