85話 サマリード領への帰還 3
-ガゼル山脈 山賊砦付近-
奥へと進むと前方に大きく拓けた地域が有る。一部しか確認出来ないが壁の様な物が見える。明らかな人工物だ。あそこが山賊の拠点だろう。
近づいてみると結構な規模の山城がそこに有った。いや、砦かな。相当な長い時間を掛けて築かれたと思われる。階段状に固められ表面には石垣の様な加工が為されている。防衛施設としてはかなりの規模だ。こんなのが有ったら確かに討伐は難しいだろう。今まで成功しなかったはずだ。
周囲を巡って確認したが崖等の地形を上手く活用している。まさに天然の要害だな。こんなところに篭られたら落とすのは至難の業だろう。ちょっと中を偵察してみるか。木から壁を伝って内側へと侵入する。
内側は平らに整地されていて木造の建屋が幾つも並んでいる。砦と言うには違和感が有るな。一先ず調査をしよう。一旦、アルとエクスに分かれて全体を見て回る。
どうやらこの砦は全体として切株状の形をしているらしい。外壁の内側は平らに整地された居住地の様な造りになっている。切株の切断面に集落を作ったと言えばいいのか。山賊の拠点と思っていたが、この地は既に村みたいに機能していて、女も子供も生活している。拠点がここだけとも限らないが、彼らの人口は概ね100人程度と推測される。
さて、概要は掴んだがどうするか。今なら奇襲で殲滅も出来そうだ。如何に女子供だろうと山賊行為で生計を立てている時点で同罪、容赦することもあるまい。この砦は再利用出来ない様に破壊して燃やしておくのがいいか。都合の良いことにほぼ全ての建屋が木造だ。火を点ければ良い感じに混乱するだろう。何人か残しておけば他に拠点が有っても場所を割り出す事は出来るはずだ。
方針は決まった。開始は薄暗くなってからだな。それまでに仕込みを済ませておこう。
夕暮れ時まで待ったが討伐隊が来る気配は無い。まぁ、あの感じではここに来るまでまだまだ掛かるだろうよ。待つだけ無駄なのでさっさと始めよう。
アルとエクスに分かれて数か所同時に火を点けて回る。明るいうちに要所に灯油を撒いておいたので延焼が早い。火事に気付いた所から騒ぎになりだした。さて、ここからが本番だ。忍者になって火事の現場に紛れる。ここで消火の指揮を執っているのは・・・と、あいつだな。背後から心臓部へ一突き、抉りつつ抜く。簡単だな。次の場所に回ろう。
数か所で同様に消火の邪魔をして回る。逃げ惑う連中の騒ぎに紛れて襲撃だと気付いた者はまだ居ない様だ。襲いはしても襲われるのは慣れていないか。皮肉なものだな。消火も避難も指揮を執る者が居ないので完全に混乱している。既に火事は手が付けられない程に燃え盛っており、逃げ出した者達は火を避けて、建屋から離れた広場に集まっていた。
ほぼ全ての建屋に延焼したのを確認しつつ、諦めずに消火を試みたり荷物の持ち出しを図ろうとしている者を背後から刺して回る。皆同様に目の前の事象に注意が向いているので隙だらけ。かなり簡単な作業だ。これだけでも結構な数を減らせたな。もう建屋の周囲で頑張っている奴らは居ないだろうが、確認のために見て回ろう。
辺り一面が焼け落ちて煤だらけ。建屋は全焼かな。一部に火が残っているが、燃え尽きて火の勢いはだいぶ鎮まった。避難した連中は広場に纏まっている。着の身着のまま、今頃は途方に暮れているだろう。奴らの様子を見に行くか。
広場に避難した連中は呆然自失と言った感じで、身に降りかかった事態を受け入れられない様子だ。すすり泣く声が聴こえて来る。残ったのは60数名というところか。見たところ皆普段着で半数以上は裸足だ。ここまでやれば討伐隊に任せても勝てるだろう。ついでに外壁の何か所かを破壊すれば間違いない。気掛かりなのは他の拠点が有るかどうか。こいつらに再起されても厄介だ。害虫は生命力だけは強いと相場が決まっている。
まずは情報を取ろう。忍者のままでは喋る事が出来ないので、胸から上の構造を作り直す。こんなもんかな。
「お前たちに尋ねたい事が有る。代表の者は前に出ろ」
彼らに近づいて声を掛けると皆の目が一斉にこちらを向く。
「何だあんた。一体何が起こっ」
喚き出した男の首を飛ばした。どこにでもこういう馬鹿は居る。
「発言を許可した覚えは無い。代表者は速やかに前に出てこい」
「ふっふぇっえええええ」
途端に近くに居た男の子が泣き出した。横に居るのは母親か?泣き止む気配が無い。
「煩いぞ。黙らせろ」
横の女が必死になって何とかしようとするが治まる様子が無い。
「・・・死にたいのか?」
恐怖の余り、子供の頭を抱え込んで身を縮める。胸元に押さえつけて無理矢理口を塞いだ様だ。
だいぶ静かになったな。ようやく自分達の置かれた状況を理解したらしい。
「代表者が居ないなら話が出来る者が出ろ。誰でも構わん」
この期に及んで皆目を伏せて俯いている。そうすることで逃れられると思っているのか、思いたいのか。目の前に死が存在するのに、愚かなことだ。仕方無い、何人か細切れにすれば話す者も出るだろう。この辺から選ぶか。
「私が話すわ」
俺が切り刻む的を選んでいると、一人の若い女が歩み出て来た。
「まず幾つか確認したい。この地は街道近郊を襲撃している山賊の拠点だ。この認識で合っているか?」
ほぼ間違いなくこいつらが例の『ガゼル山脈の山賊』だ。御大層な砦まで築いているのだから疑う余地は無い。人数・規模からしてもここら一帯では最大勢力だろう。
「貴方からは山賊に見えるのね。私達はここでひっそりと暮らしているだけなのに」
「その暮らし方が山賊行為では認める訳にはいかんな」
「私達を散々迫害して、こんな山奥にまで追いやった上に山賊呼ばわりなのね」
「実際に街道沿いでは何度も被害が出ている。何人も死んでいる。それが事実だ」
どんな事情が有るのかは知らんが、通り掛かりの旅人や商人を襲っていい理由にはならん。
「元々は私達が拓いて住んでいた土地なのに、それを奪ったのは貴方達でしょう!」
「お前達の事情など知らん。王族と確執が有る様だがこの質問には関係無いな」
えらく感情的だな。敵意剥き出しだが、それは『然るべき対象』にのみ向けるべきだ。無関係の人達を巻き込んだ時点でただの『賊徒』でしかない。
「私達は山賊なんかじゃない!時々交易で街に下りるけど、それだけよ」
「交易ね。ここはそんなに価値の高い交易品が採れるのか?例えば?」
「それは・・・良く知らないわ。希少価値の高い獣の皮とか薬草じゃないの」
これは話にならんな。ガキの理屈だ。実情はまともに理解してはいまい。
「仮にそうだったとして、それは交易の度に得られた品と釣り合っていたか?」
「物の相場までは分からないわ。交易には男の人しか関われなかったし」
つまり『交易』は特定の者が携わる汚れ仕事だった訳だ。だいたいの事情は呑み込めたが、概ね想像した通りだったな。
「まぁいい。次の質問だ。ここの防衛施設は相当な物だが何故必要なんだ?」
「貴方達が攻めて来るからでしょう!」
「何故こんな山奥まで攻めて来なきゃならんのだ?」
「私達が目障りなんでしょう!過去の蛮行の証拠を消すためにね!」
「お前達の言葉なぞ耳を傾ける者はおらん。興味も持たないだろう。どこの土地だろうと先住民との諍いは有るものだ。珍しい話じゃない」
既に経緯すら知らない者の方が多いはずだ。まぁ、恨みつらみは長年残るというが、それは『被害側にだけ』だ。今代の王族に話が伝わっているかも怪しいな。
「じゃあ何で放っておいてくれないのよ!」
「お前達を放置すれば被害が出続けるからだ。今までも数多くの犠牲者が出ている」
だいぶ困惑しているな。被害者意識から来る強い正義感が否定されたんだから当然か。事実を受け入れるのは難しいだろう。内容も簡単に認められるものじゃないしな。
「最後の質問だ。お前達の拠点は他に在るか?」
「無いわ。ここが私達モルバン族の最後の地よ」
まぁ信用出来るかは怪しいが、他に大きな拠点は無いのだろう。つまりここさえ潰せば概ね解決するということだ。
さてと、この女はいいとして他の奴らはどうだろうな。後ろで黙っている連中に声を掛ける。ほぼ全員が俯いて俺の方を見ようとしないから、大方の想像はつく。
「全員俯いて目を瞑れ。お前らの『交易』の実態に薄々感づいてた者は手を挙げろ」
弱弱しく、徐々にゆっくりと手が挙がっていく。やはり大人は全員か。
「分かった。降ろせ」
気が付くと目の前の女が泣いていた。その顔は酷く歪んで、嗚咽を必死に堪えていた。
しばらく目の前の女が泣き止むのを待った。自分だけが知らされていなかったという衝撃は相当なものだったろう。信じていた正義が自分達に無かったという事実も。
「後一日もすれば討伐隊が到着する。今回は400人規模だ」
俺の言葉に全員が驚き、項垂れる。砦は全焼、物資も無い。士気は最低だ。蹂躙される未来しかない。ましてや自身に正義が無いことを自覚してしまった。今のこいつらは討伐されて当然だと、殺されても仕方無いと考えている。
後腐れの無い様にと全員殺すつもりで襲撃を始めた訳だが、こうなるとどうもやり辛い。何だか興が削がれてしまった感が有る。街で子供の遺体を見た時の憤りも妙に冷めてしまった。このまま討伐隊に任せる手も有るが、それはそれでタダ働きしただけという事になる。何だか面白くないな。
「ガゼル山脈を北に抜けるとトリスタンという街が在る。そこから更に北へ進むとビックベアー湖に当たるはずだ。そこから先はサマリード領、何も無い辺境だが山脈周辺の住民とは違ってお前達と確執の有る者は少ない。もし、生き直したいと思うなら必死で辿り着いてみせろ」
人間そんなに単純じゃない。生きる道が有れば死にたくないと思うものだ。彼らが旅の辛苦に打ち勝って辿り着いたなら、その時は温かく迎え入れよう。真っ当な領民として生きるのであれば、過去の経緯など正直どうでもいいことだしな。上手く行けば人手が増やせる分、俺にも都合が良い。
「こんな私達でも受け入れてくれる場所が在ると?」
「そこまでは分からん。討伐隊が明日には来る。ここで死にたければ好きにしろ」
さっきまで諦めていた彼らだが、殺されないと分かれば必死に考えるだろう。この後は彼らの運と意志が決める。
「今からここの防衛施設を破壊する。どうするかはお前達自身で決めろ」
「分かった。私はアイラ。アイラ・モルバン。貴方は?」
なるほど、こいつは族長筋の人間だったってわけか。周りの奴らの反応も納得だ。
「知ってどうする。我の気が変らぬ内に去れ。時間を無駄にするな」
いつまでもここで時間を取られる訳にはいかない。この場所に新たな賊が入って根城にしたらまた厄介な事になる。徹底的に壊しておかねばな。
外壁と扉を修復不能な程度まで破壊し、防衛施設として利用出来ない状態にした。見張り台や櫓も全て焼き払ったので拠点として使用するのは困難だろう。気が付けば人気が無くなっていた。残れば確実に殺されると分かっているのだ。とっくに移動していて当然だな。どこで再び咲くも朽ちるも彼ら次第だ。
討伐隊が到着すれば街道封鎖は解かれるだろう。早いとこ頑張って着いて欲しいものだな。
-シンタック 宿屋-
アル達から意識を戻して確認すると、部屋は静まり返っていて誰も居ない。確か四人で揃って出て行ったな。寝台から身を起こして階下へと向かう。
「あ、マリーナ起きたんだ。こっちこっち~」
既に四人共酒が入っていい感じに出来上がっている。普段より飲み散らかしてるな。
「珍しく良く寝ていたのでな。起こすのも悪いと思って早めに降りたのさ」
ありがとう。気を使ってくれるのはタニアぐらいだよ。そういう事にしておこう。




