83話 サマリード領への帰還 1
-王都マハル 特別区-
「じゃあな。道中気を付けて戻るんだぞ。マハルに来たら店に寄ってくれよ」
大会が終わってこの特別区画からは波が引く様に人気が消えて行った。数日しか経っていないのに、今では俺達が来た時と同様に通り沿いには人の姿が無い。
賭け金の払い戻しも済み、資金も潤沢になった。嵩張るのでほとんどが証文だ。金額的に不安は有ったが、流石は中央都市が差配する国営賭博。あの程度の金はあっさり出る。少し裕福な商人なら扱える程度の金額と考えれば当然か。個人と国家じゃそもそもの財布の規模が違う。取り越し苦労だった様だ。
モレットもだいぶ儲けたらしい。金額は聞いていないが改装資金には充分だそうな。
「いろいろとお世話になりました。有難うございました」
一礼して馬車へと乗り込む。次にここに来ることが果たして有るかどうか。
他の客達は早々に引き払ったらしく、俺達が最後の客だった。さっさと出て行かないと彼らも片づけられないからな。小窓からミランに合図して出発を促す。
「驚いたな・・・見た目もそうだがこんなに静かとは。揺れもほとんど感じない」
ノーマはこの馬車に乗るのは初めてだ。慣れてもらうしかないがね。乗り心地の半分は馬車の性能、半分はミランの腕のお蔭だな。低速時は特に違いが浮彫になる。
「この座席は家の寝具より寝心地が良いのよ。マリーナの拘りよね」
「肌触りも良いし適度な弾力が有る。長時間座っても疲れにくい造りの様だな」
丁寧に手で触って調べている。職人としては気になるところだろうよ。
「マハルでもここまでの馬車は有るかどうか。これほどの技術が有るのか」
「ノーマ、これはマリーナしか持ってない特別製だよ。私らもこれしか知らない」
こんなの量産出来る国はどこにも無いはずだ。海の向こうには有るかも知れんがね。
「え?これは貴女が作った馬車ということか?」
確かにそうだが簡単に作れるものではないな。俺専用の規格外品だしね。
「多くの職人の協力を得て何とか作り上げた試作品です。構想と設計は私ですけど」
土台以外の部分には手を入れたのでほぼ自作みたいな物ではあるがそこは言うまい。
「サマリード領には優秀な職人が居るのだな。私も教えを請いたいものだ」
聞いても知らないと思うぞ。まぁ、彼らが優秀なのは間違いないが。
「ノーマってマスートさんと話が合いそう。見てるとそんな気がする」
「ああ、確かにそんな感じはするね。研究熱心だし真面目だし、良く似てるわ」
職人気質ってのは良い面も悪い面も在るから気を付けないとな。でもこの分ならボンデ達とはすぐに仲良くなれそうだ。
今回の旅での最大の成果は彼女を連れて来られた事だな。元々の目的がそうだった訳だが、図らずも最良の札を引けたらしい。資金も増えたし来た甲斐が有ったってもんだ。
-シンタック 衛門付近-
王都を出発したのが昼過ぎだったのでシンタックに着く頃には夜になっていた。他の街では衛門が閉じていたかも知れないが、ここは例外だ。まだ王領なので賊徒に遭うことも無いし、夜でも明りが灯っていて人の動きが有る。
「今夜はここで泊まって、明朝の早くに出発とします」
来た時と同じ宿を使う。少しでも勝手が分かっている方がいい。受付を済ませて車庫に馬車を停める。二階の五人部屋が空いていたので今夜の宿泊先として確保した。
部屋に入ると湯桶と綿布が用意されていた。身体を拭くための物か。なかなか気が利くじゃないか。しかし前回はこんなサービス無かったけどな?人が変ったか。
「だいぶ遅くなってしまいました。明日は早めに出るので、皆さんは先に身体を休めて下さい。私は宿の者に話があるので階下に降りますね」
タニアがこっちを見て頷くのを確認し、受付へと向かう。何が変わったのか確認が必要だな。些細な変化でも出先では見逃せない。勿論アル達での警戒はしているが、聞けば何らかの情報は得られるものだ。
「お話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
受付用のカウンターで頬杖をついている男に声を掛けた。少し寝てたか。スマンな。
「うん?何だい嬢ちゃん。何か不具合でも有ったかな?」
眼の辺りを袖で擦りつつ、反応は早かったのは大したものだ。
「以前に泊まった際は湯桶等は出していただけなかったので、気になりまして」
「ああ、それは済まなかったね。嬢ちゃん達は南聖流の人なんだろう?ウチの宿にも連絡が来ててね。門弟の方には上客の対応をしてるのさ。気にしなくていいよ」
「ありがとうございます。良く分かりましたね。どうしてか理由を聞いても?」
「嬢ちゃん達の馬車は特徴的だからね。背恰好も一致してたし、名前も聞いたから間違いようが無いさ。ウチらみたいな宿屋業は色々な人を相手にするからね。客は良い人ばかりじゃない。かと言って酒場みたいに用心棒を雇う程のことでもない。だから看板に『南聖流御用達』って付け足すぐらいが丁度いいんだよ。素人相手には充分効果が有る」
現代で言う『警察官立寄所』の表示みたいなものか。なるほどな。
「納得しました。ところで厨房を少しお借りしたいのですが、宜しいですか?」
「ああ、構わないよ。多少なら材料は使っていいし、片付けだけは頼むよ」
「ありがとうございます。助かります」
予想外にすんなりと話が進む。これはローランドの勘違いに感謝だな。完全に嘘というわけでもないから敢えて否定することでも無い。とりあえず黙っておこう。
「良かったら召し上がって下さい。簡単なもので申し訳ないのだけれど」
部屋に戻って机の上に人数分並べる。干し肉だけでは皆物足りないはずだ。
「え、マリーナが作ってくれたの?うわ、嬉しい!しかも美味しそう!」
「これはまた初めて見るな。お嬢の心遣い、有難くいただこう」
「全部させてしまって申し訳ないです・・・あ、後片付けは私がやりますね」
「貴女は料理も得意なのだな。ここまで多才とは。感謝する」
やっぱり物足りないよな。昨日までモレットの飯に慣れてたんだし、簡単には戻れないだろう。徐々に我慢してもらうのは仕方無いとして、雇用主としては少しくらいの福利厚生は面倒見てやらんとな。
作ったのは所謂ハンバーガーだ。ちょっとだけビッ〇マックを意識してる。バンズとピクルスはモレットからお土産に貰った物、野菜は移動中にアルとエクスで途中の畑から採った。肉は同じく途中で狩った兎を処理して挽いた物だ。ケチャップが上手く作れなかったので味が若干薄いかも知れない。モレットに教わった通りにやったんだが、結局俺自身が味見出来ないので確認しようがない。多少の不出来は勘弁してもらおう。
しかし、言葉と裏腹に誰も手を付けないのは何でだろう。皆じっと見つめるだけで手にも取ろうとしない。実はお腹減ってないのかな?無理に食べるのも良くないか。
「お気に召さないなら食べなくて構いませんからね。無理しなくていいので」
ナプキンで押えつつ両手で持って逆さにし、一気にかぶりつく。ちょっと食べにくいかもだけど、こんなもんだろう。やや潰し気味に掴むと食べやすくなる。悪くないな。
ふと眼を向けると四人共、手に取ってかぶりついていた。あれ?俺が食べるまで待ってたとかじゃないよな。なるほど、食べ方が分からなかったのね。これは俺が悪いな。
「横から口を大きく開けて齧る様に食べるのです。指先で少し潰し気味にすると中身がズレなくて食べやすいですよ」
バラバラに食べては美味しくない。ナプキンで押えていればある程度纏まるが、上下から上手く指先で挟まないと結構食べにくい。口を開けないと余計に口の周りを汚す事になる。変に遠慮せず、勢いで食べるのが正解だ。
淡々と食べる俺を尻目に一気に食べ切ったのはメリッサ、次いでタニアだ。二人共、要領を理解すると思い切りがいい食べっぷりだった。もくもくと噛み締めつつ味わって食べてるのはミラン。とっても幸せそうな顔で食べるので料理人冥利に尽きる。ノーマは俺と同じぐらいのペースだが、時々考えながら食べている。分析でもしてるのかね。
全員食べ終わって満足そうな顔をしている。一息付いたら後は片付けて来なきゃな。
明日から王領を出る。途中に何が起こるか分からん、充分警戒しながら行こう。




