78話 武芸者の矜持 1
-王都マハル 特別区 ローランド-
やっと名誉挽回の機会が訪れた。昨年グレンの奴に少し、ほんの少しだけ後れを取ったために優勝出来なかった。そのせいでこの一年間、道場ではやれ限界だの引退だのと悪し様に言われ続けた。
確かに看板を背負っての出場ではある。結果、入門者の数が減っていたのも充分承知している。だが他の誰が奴に勝てると言うのだ!流派は違えどグレンは紛れも無く一流の強者だ。私にすら及ばぬ者がまともに相手に出来るものか。
年齢的に私はそろそろ三十路に入る。対して奴は二十代半ばを過ぎたところ。下り坂に差し掛かった私とまだまだ登り調子の奴を比べればそう考えるのも否定はしない。確かに若い頃よりは回復力が落ちているのは事実。だが、積み上げたモノの方が遥かに多い。奴も強くなっているだろうが私にも意地が有る。そう易々と勝たせてはやらん。簡単にはいくまいがな。
大会では新人戦の決勝だけは必ず観る事にしている。年若い者達の頑張る姿を見るのは私の楽しみの一つだ。残念ながら道場指導の都合も有って最低限しか空ける事を許されない。門弟の上達を図り、逐次適切に導くのも私の重要な役割、疎かにして良いものではない。本当なら予選から観ておきたいのだが、こればかりは止むを得まい。
今年は珍しい事に槍術同士での決勝らしい。近年、新人戦で槍士の活躍を聞いた記憶が無い。残念な事に我が流派の者も決勝進出を果たした例が未だ無いのだ。嘆かわしい限りだが、それが事実。それだけに今回の出場者が気になる。聞いたところでは両者共に未だまともな槍裁きを披露していないとの事。意味が分からぬ。それではどうやって勝ち上がったというのか。ただ、『圧倒的だ』という評価は皆がしている。少しは期待しても良いだろう。
-武芸大会会場 観覧席 ローランド-
新人戦決勝の当日、私は朝早く出て最も観戦に適したと思われる席を確保した。ここならば出場者の動きが良く見えるはずだ。若き槍士の活躍。大いに期待したい。
そろそろ開始時間となった頃、西側入場口から人影が現れた。今回の出場者の片方だな。随分と変わった鎧を着ている。武器はハルバードを使うらしい。体格からすると女性の様だ、それもかなり細身の。あの体躯で全身鎧?私の常識では有り得ない光景が映る。しかし周囲の者達は受け入れている。つまりあの女性が確かに勝ち上がってきた本人ということだ。ふむ・・・まぁ、見た目での思い込みは良くない。実際の動きを見ないと何とも言えないものだからな。
暫くして東側からもう一人の出場者が現れた。こちらもなかなか珍しい恰好をしている。なるほど、どうも見覚えが有ると思ったがあれはアウレラを模しているのだな。大胆な発想をするものだ。
しかし・・・十五にもなってはいまいな。体格が小さすぎる。槍を使う様だがあれでどうやって勝ち上がったのだ?こちらも観客は受け入れている。やはりあの子供がここまで勝ち上がったということか。
予想を大きく外れたが今見えているのが現実。この二人の腕前がどの程度なのか、それはもう直ぐ分かる事だ。
二人が武器を構えた。ん?妙に息が合っているな。この二人はどうやら何度も手合わせしたことがある様だ。そうした者特有の空気を感じる。同じ道場ということか?
開始の合図と共に黒い鎧が突っ込んだ。ほとんど予備動作の無い踏み込みと無駄の無い動き。なるほど、これはかなりの腕と見える。続いて連続での突き。速いな、あれを捌くとはあの子供も只者では無いか。今度は連続で突き返したか、動作の鋭さも負けておらん。大したものだ。私は見た目で彼女達を侮っていた事を心の中で詫びる。武人に有るまじき事であったな、反省せねば。
二人の動きを良く観察する。若干の違いは在るものの、非常に我が流派に似ている。特に体捌きは南聖流そのものだ。彼女達は誰の弟子なのだろう?このような若く優れた門弟の噂は聞いた事が無い。それとも南聖流から分かれた亜流の門弟かも知れないな。この二人はほぼ完全に形も動きも同じな事を考えると同一人物の弟子と考えて間違いなかろう。
暫く撃ち合うと子供の方の息が上がって来た。やはりあの年齢では身体の方が出来上がっていまい。それでも相当な鍛錬を積んだはずだ。今まで黒鎧の撃ち込みを全て捌き切っている。我が道場に同じ真似が出来る者が何人居るか。対して黒鎧の方は全く疲れた様子も無い。あれだけ攻め立てているのに異常な体力だな。私でも相手出来るか怪しいところだ。
二人が間合いを切って対峙した。子供の方の息がだいぶ荒い。肩が大きく上下している。だが気勢は衰えてはいない。大したものだ。あの子は将来必ず強くなるだろう。
やがて子供の息が整うのを合図に一気に黒鎧が踏み込んだ。あれは多分『待った』のだな。おそらくは黒鎧の彼女が兄弟子なのだろう。既に力の差は歴然だが、試合では手を抜かぬということか。鋭い突きが止めとばかりに放たれる。何とか槍を使って捌く。頑張れ!まだお前は負けてはいないぞ!兄弟子に一矢報いてやれ!私は心の中で応援していた。その時である。
「『朧月』だと?!」
私は思わず立ち上がっていた。黒鎧が一瞬で体を入れ替え、刺突が上段からの凪払いに変化していた。あれは間違いなく我が流派の技だ。それも奥義に当たる高度な技。体得出来た者も数える程しか居ないと聞く。私もまだ出来たことは無い。
辛うじて凌いだものの、防御の瞬間動きが止まった。あの技は相手が急に目の前から消えて予想しない位置から刃に襲われる。防げただけでも大したものだ。
更に腹部を狙っての打ち上げを槍で防ぐ・・・が、柄が持たなかったか。何とか避けたが体勢が崩れた所を蹴り飛ばされた。受け身は取れた様だが相手は追い打ちに来ている。槍を失った時点でどうにも出来まい。終わりだな。
降参の申告を受けて審判が勝者を告げる。優勝者は黒鎧の彼女。いったい何者なのか?『朧月』まで使うとは相当な腕だ。自分が観ていたものが未だに現実とは認め難い。だが事実だ。
私は不思議と胸に熱が湧いて来るのを感じた。若い彼女らが素晴らしい腕を披露したのだ。先輩として、兄弟子として、不甲斐ない姿は見せられぬ!未だ修得出来ていない技も有るのだ。この様なところで足踏みしている場合では無い。更に高みを目指して精進せねばなるまい。




