71話 王国武芸大会 7
-武芸大会会場 選手待機所-
今日からは一日に一戦ずつ試合をすることになる。今は出場選手の待機所。展開次第では時間が繰り上げになるので朝からずっと詰めて居なければならない。その代わり明日は午後から、準決勝以降は開会宣言も済んでいるので本戦と並行して実施される。
さて、今日の第一試合はブラックロータスから。観客の度肝を抜いて来るか。
待機所では選手以外の立ち入りが制限されている。だからここらには出場選手しかいない。フル装備の厳つい連中がこの後の対戦に向けて気持ちを昂らせている。そんな中、俺は朝から例の戦神アウレラっぽい恰好で居るわけだが、相当浮いている。目立つという意味ではアーガスの方がデカいし、他の連中もそれなりに特徴の有る姿ではある。だが戦うための姿であることは共通している。俺だけがそうではない。例えるなら他がそれぞれの学生服で集まっている中、一人だけドレス姿で居たらどうなるか?そんな感じだ。まぁ、反応としては仕方の無いことだと割り切ろう。
ブラックロータスは一試合目なので待機所には入らずに直接会場へ向かっている。
会場に到着すると既に相手は開始位置に立っていた。なかなかの大男、得物は両手斧。力自慢のようだな。チェインメイルに金属製の小手。それなりに防御力も有りそうだ。
さて、しばらく集中しよう。俺は意識を切り替えた。
-闘技場 ブラックロータス-
開始の合図と共に雄たけびを上げて相手が突っ込んで来た。先手必勝とペースを掴みに来るのは悪くない。力自慢に有りがちな戦法だが、迫力は有る。気合と共に斧が振るわれる。なるほど、勢いで相手の怯みを誘うやり方か。闘い慣れているな。斧での一撃の他にタックルと蹴りを繰り出しての近距離連撃。体格を生かして圧を掛け続け、どこかで一発入れば連撃で仕留めると。防御しても重量差で動きが鈍る。そこを狙う気だな。
相手の連撃を躱しつつ動きの傾向を観察する。下手に防御せず回避に徹しておけば何も問題は無い。『当たらなければどうという事は無い』だったか。鎧は赤くしても良かったかもな。三倍速く動けるかは分からんがね。
相手の息切れした瞬間を狙って前に出る。俺の動きを見て咄嗟に武器を身体の前面に出して身構えた。残念、刺突じゃないんだな。俺の狙いは相手の武器を握っている指だ。突く姿勢を取っているが武器の柄は軽く握っているだけ。穂先と目線は相手の喉元に向けているので、避けきれない体勢である以上は武器で防ぐしかない。防御しようとすれば衝撃を予想して強く握る事に為る。そこを踏み抜く様に蹴る。
これは予測していなかったらしいな。武器を落とさなかったのは大した根性だが直ぐには指に力が戻るまい。ハルバードの斧刃に相手の武器を絡めて引き戻す。ほう、武器を手放して蹴りに切り替えて来たか、良い判断だ。蹴り足を下がりながら避け、前に出て来た相手が地面に着地した瞬間にその膝を踏み台にして飛ぶ。いい感じに顎に膝蹴りが入った。これはちょっと強すぎたかな?相手の胸板を蹴って少し距離を取る。
相手の男は仰向けに倒れたまま、結局起きてこなかった。審判員から勝利を宣言されて緊張を解く。これで二勝目と。大丈夫か?あいつ死んでないよな・・・あ、動いた。とりあえず生きてるらしい。デカいだけに頑丈で良かった。さて、こいつの出番は今日はここまで。切り換えて次はマリーナの番だ。
-武芸大会会場 観覧席 メリッサ-
「うわぁ・・・あの人今回も凄いねぇ。全然危なげなく勝っちゃった」
「あれだけの体格差が有るのになぁ。触られてもいなかったんじゃないか?」
「しかも今回も瞬殺ですよ。実は相当有名な方なのでは?」
「恰好からはイシュマルの人じゃないかって予想は出来るけど聞いたこと無いよね」
「アタシも知らないなぁ、私らが知らないだけかも知れないけど」
「マリーナ、あの人と当たるのかな。怪我しなきゃいいんだけど・・・」
「まぁ、勝ち上がったら絶対当たるからね。ありゃお嬢でも難しいかねぇ」
「う~ん・・・他にも強そうな人が居るから、どうなるか分からないね」
「あぁ、一昨日のベルモンドだっけ?あいつもかなり強そうだったな」
「今日の対戦相手の人も評価は高めなんですよね。マリーナ大丈夫かなぁ」
「お嬢はアレで相当な腕だからね。優勝はお嬢か、お嬢に勝った奴だろうさ」
「まぁねぇ・・・実際、マリーナが負けるって想像出来ないのよねぇ」
灰色熊に怖気づかない子が負けるなんて有り得るのだろうか。でもこういう試合と狩りは別物だ。あの子だって万能じゃない。勝っても負けても、無事で有る事を祈ろう。
-武芸大会会場 選手待機所-
やがてアーガスと俺を残すのみとなった待機所に係員がやってきた。どうやら出番の様だな。結構待った様でも有るし、意外と早かったとも思う。
「アーガス様、マリーナ様、会場へ向かって下さい。ご武運をお祈り致します」
軽く頭を下げて出番が来たことを告げると係員は待機所から出て行った。
先に動いたのはアーガス。ゆっくりと立ち上がり、静かな足取りで会場へと向かって行った。では俺も行かねばな。手元の槍の感触を確認しつつゆったりと進む。
正直なところ、俺は今回の大会は気が向かない。相手は敵意を持って向かってくるわけじゃない。相手側にも勝ちたい理由が有り、事情が有る。敵対してくる奴らを殲滅したり、森で野生動物を狩ることには一切抵抗は無い。俺の中では正当な、必要な行為として認識されている。強くなるための修行や練習も、その過程に有る試合も必要なものだから何も問題は無い。
俺にとって問題なのは始める前から結果が分かり切っていることだ。少しでも負ける要素が有ればここまで気に病むことも無かっただろう。今の俺は草野球選手の中に混ざった大リーガーみたいなもの。同じ勝負の土俵に上がること自体が卑怯な行為なのだ。
しかし、領地の発展のためには鍛冶師が必要。他に方法は思いつかない。選べる手段はもう残っていない。今回はこのまま役割を全うすることだけ考えよう。そして目的を達成出来たら速やかにサマリード領に帰って領地開発に専念する。まだまだ手を入れるべきところが沢山残っている。マリーナ・サマリードが考える領地の発展はまだ軌道にすら乗れていないのだ。余計な事を考えるのは止めだ。
さっさと済ませよう。会場入りした時、俺の頭に在ったのはそれだけだった。
会場には既にアーガスが静かに立って待機していた。何やら選手紹介のような声が響いていたが良くは聞こえなかった。観客席に目を向けるとほぼ人が居ない。残っているのは勝負ではなく手に持った酒の方が大事そうな奴らばかり。こちらを見ている者など数える程度しかいないだろう。組み合わせ的に完全に消化試合だしな。
試合開始の合図がされ、アーガスがこちらに突っこんで来る。近くで見ると体格差も有ってより大きく見える。振り被った奴のウォーハンマーには迷いが無い。戦士としての潔さを感じる。確かにそこらの奴らより強いのだろう。ここまで鍛え上げた努力は尊敬に値する。ただ、今回は運が無かったな。次回が有るならば頑張って欲しい。
-闘技場 アーガス-
開始してまだ数分、会場は異様な空気に満ちていた。すぐに決着が着くと思われていた試合が終わらず、予想外の展開を迎えている。アーガスは開始と同時に襲い掛かった。しかし彼の武器は何度振ってもその相手を捕らえることが出来なかった。それどころか、武器を振るう度に、踏み込む度にその手足の指先に的確に攻撃を受けた。
既に右手の握力は維持出来ず、左足の踏ん張りが効かなくなってきている。肩で息をしているアーガスに対し、全く乱れの無いマリーナ。非常に対照的だ。ゆっくりと歩を進めるマリーナにアーガスは何度も攻撃を仕掛けるが、当たらず、その度にダメージを負う。かと言って何もしなければ膝、腋、肘、首といった接合部を狙って攻撃を繰り出してくる。その攻撃自体も鋭く、左の膝の内側は感覚が無い。
不意に背中に何かが当たった。その時初めて自分が下がっていたことに気が付いた。ここは壁際でもう下がれない。回り込むか?何か手は無いか?ここまで視界が狭まってしまっていたか。これ程追い詰められていたとはな。
「アーガスさん、私にはあなたの武器は届きません。ここまでにしませんか」
話しかけられて、全てを理解した。そうか、手加減されていたのだな。何とも情けない話だが、実際全く歯が立たなかったのだから腹も立たない。世の中は広い。まだまだ強い者は沢山居るということか。見掛けで判断してはならんということだな。
「分かった。若いのに大した腕だな。潔く負けを認めよう」
俺は武器を手放して両手を挙げた。勝負を放棄したという合図だ。これ以上食い下がっても結果は変わらないだろう。大怪我する前に潔く退くべきだな。
時間にして六分弱、マリーナは傷一つ受けずにアーガスを終始圧倒して勝利した。消化試合と思われていたのもあって実際に観ていた者はほぼ居なかったが、優勝候補の一角であったアーガスを下したことで急に注目を集める様になった。




