49話 第二の村 2
-自警団詰所 食堂-
フォートの住人が元ロコナ村の者達だというのは分かった。
話の持って行き方次第で何とかなりそうだ。場合によっては排除も考えているがね。
「で、あそこで何をするつもりなんだい。聞くってことは考えが有るんだろう?」
タニアは話が早くていつも助かるな。話の続きに興味が有る様だ。
「そうですね。まだ幾つか確認したい事も有りますので、直接行ってみましょう」
想定通りに利用出来れば良いな。口に出すのは決まってからでいいだろう。
「まぁいいさ。お嬢がそう言うならアタシも黙ってお供することにしよう」
俺を見る目に期待が篭っている。何やら楽し気だな。
-開拓村へと向かう途上 馬車の中-
数日後、いつもの馬車でタニア達とフォートに向かっている。御者はミランだ。
「毎回思うけど、寝心地最高よねぇ。マリーナ、こういう寝具は作らないの?」
そういやそんな事も考えたな。まぁ、余裕があったらその内な。
しかし、君らは相変わらずの寛ぎっぷりだな。二人して堂々と寝転がってやがる。
「確かに有れば欲しいものだが、そもそもメリッサに買える物かは疑問だな」
城の寝具より快適なのは確実だからな。まず個人で買えるとは思えん。
「えぇ・・・そこはねぇ、身内価格でお願いします。はい」
そこで『くれ』と言わないだけの常識は持っているらしい。だいぶ怪しいが。
「材料さえ揃えてもらえたら作ってもいいですよ。工賃は格安にしておきます」
そもそも素材を集める手間が非常に掛かるので気軽に造れないのだ。
「材料かぁ・・・ちなみにこの椅子1つ作るのに何が必要なの?」
「それは馬革製なので馬の皮、木製板ばねだから木の板、中身は羊毛で大丈夫です」
「珍しい物は無いんだね。羊毛はどのぐらい有ればいいのかしら」
何だ、自分で揃える気なのか。出来なくは無いが相当時間が掛かるぞ。
「そこの椅子1つに羊毛は半匹分ぐらい使っています。包むので布も要りますね」
羊毛は洗浄して乾燥させて解してと使える様にするまでの手間がかなり掛かる。綿花でも可能だが寒冷地では育たないため値段が倍以上になる。
「因みに、先日見せたクッションには家鴨の胸羽根を17羽分使いました」
羽根が大きいとゴワつくし硬いので、使える部位は限定されるのだ。
二人共さすがに驚いた様子だな。絶句している。更に言えば一枚物の大きな革は作るのが難しいのでこの辺りでもかなり値が張る。
「予想はしていたが・・・到底個人で買える代物ではないな。それ程だとはなぁ」
「改めて聞くとねぇ。これだけ気持ち良いのも当然か。ちょっと手が出ないわ」
馬車の内装に使っているソファが予想外の高級品であると知って、二人共寝具としての入手は諦めた様だ。とは言え、乗っている間は堪能することにしたらしい。
今回のフォート行きがそこに絡んで来る事など予想してもいないだろうな。
まぁ、上手く話が進んだら教えてやるか。
川沿いを左折してだいぶ経つ。そろそろフォートが見えて来る頃だな。
「そろそろ見えるはずです。適当な建物の近くで停めて下さい」
小窓からミランに伝える。道の先に小さい家屋が幾つか見える。到着だな。
-サマリード領 フォート開拓村-
馬車から降りて人を探す。辺りに人影が無い。畑か湖なら居るだろう。
「とりあえず人を探して回りましょう。ミランさんは残って下さい」
単独で残す事に不安が有ったのでエクスを近くまで寄せる。見えれば対処も容易い。
今回はどちらも連れて来ているが、アルはこちらの用心に離れて並行させている。
まぁ、荒事になれば俺だけでも対処は可能だが、タニア達の前では避けておきたい。
「随分と粗末な建物だね。雨風は凌げそうだけど造りはだいぶ手抜きだわ」
「辛うじて住めるって感じだね。まぁ、作れただけでもマシかな」
二人共、辛辣な評価だな。俺から見ても感想は同じだがね。相当酷いな。
ここが廃村と言われても疑問には思わないだろう。その程度の物しかない。
畑を目指して歩いていくと前に人影が見える。こちらに気付いて近づいて来た。
だいぶ痩せているな。格好もボロボロだ。
「こんなところに何の用だい、お嬢ちゃん。悪いが見ての通り、分けてやれる物なんてここには無いぞ」
敵意は無い様だが、開き直った感じの喋りだな。まずは代表者を確認するか。
「こんにちは、私はマリーナと申します。ここの長はどちらにおられますか」
「長は漁に行ってる。もうすぐ戻って来るはずだ。長に何の用だい」
「一先ずご挨拶に伺いました。お名前を伺ってもよろしいですか」
「俺はマークスだ。嬢ちゃんの後ろの二人は何てんだい」
マークスと名乗った男は俺の後ろのタニア達が気になる様子だ。
「あぁ・・・そう言われれば確かに。お前はレイモンドさんの息子のマークスか」
タニアは彼に思い当たる節が有るらしい。
「ん?何だお前ら・・・・・・・・・・タニアさん?」
彼もタニアに気付いた様だ。元は同じ村の住人だからな。
「久しぶり過ぎて分からなかったよ。マークス、私は覚えてるかな?」
「メリッサさん、で合ってますよね。いやぁお久しぶりです」
顔見知りだと分かると途端に雰囲気が和らいだ。多少なりとも警戒されていた様だ。
「マークス、ここの長は誰がやっているんだい?」
「ローガンがやってます。長って言うか、まとめ役みたいな感じですね」
「ラドクリフはどうしたんだい。お前達はあいつに付いて行ったんじゃないのかい」
「あのオッサンならとっくに消えましたよ。半年も居なかったんじゃないかなぁ」
何だと?どうも事情がかなり変わっているらしいな。
「消えたってどういうことだい?」
「いつ頃だったか、朝起きたら居なくなってたんですよ。逃げたんでしょう」
「えぇ・・・それで、皆はその後どうしてたのさ」
「しばらくは待ってたんですけどね。結局戻って来なかったんで、皆で協力して何とか暮らしてましたよ。幸い、魚が良く獲れたんで飢えはしなかったかな」
こいつらも大変だったな。しかし、何で村に戻らなかったんだろう。
「何故皆さんは村に戻らなかったのですか?」
俺がそう聞くと彼はバツが悪そうな顔でこう言った。
「俺も含めて皆ほとんど村から出たことが無かった奴らばかりでね。戻る道が分からないのさ。今居る場所がどの辺りなのかも分かってないんだよ」
なるほどな、確かに馬車が無いとかなり時間が掛かる程度には離れている。地図が無い状況では厳しいか。この辺りは川沿いからも離れた位置に在るから、誰かが通り掛かる事も無かったのかも知れない。
「では村への道が分かるならどうしますか。戻りますか?」
働き手が増えるなら歓迎だ。ここの連中は若いのが多いしな。
「う~ん、どうかなぁ。今は何とかやっていけてるし。多分だけどあの村は昔と変わってないんだろ?皆も気は進まないと思うよ。元々それが嫌で出た訳だからね」
マーカス達はここの生活環境の低さよりも厭うものが有るらしい。彼らの抱える不満というのは相当なものだな。
「マーカス、その点は大丈夫だと思うぞ。村に戻ればすぐに分かる」
「そうだね。そこは心配要らないかな。私らが保証するよ」
タニアもメリッサも、彼らの懸念している事が分かる様だ。俺にはさっぱりだが。
「ローガン達が戻ったら相談してみます。決めるのはそれからでいいですかね」
タニア達も頷いている。続きは他の者達が集まってからだな。
「そうですね。お話したい事も有りますし、そちらも一緒に聞いていただきましょう」
彼らの事も有るが、まずは当初の目的からだな。場合に依っては彼らを排除する事になる。上手く纏まってくれると良いのだけど、どうなるかな。
マーカスと話をしていると漁に出ていたと思われる者達が戻って来た。
6人ほどの集団だが誰がリーダーか分かり易い。遠目に見ても仕切っているのは誰かが分かる。中央の彼がローガンだろう。少し小柄だが、周りの皆が頼りにしている雰囲気は伝わってくる。こちらに気付いた様子だな。
「マーカス、お客さんかい。珍しいこともあるもんだね」
彼らが牽いていた台車には網と魚が無造作に置かれている。鱒と鯰か。なかなかの量と大きさだ。確かに、これだけの漁獲量が有れば食べてはいけるのだろう。
「初めまして。私はマリーナと申します。あなたがここの長でしょうか」
「長という訳ではないが、私がここのまとめ役をしている。ローガンと云う者です」
表情は穏やかだが目が警戒を解いていない。俺を見て侮っている様子もない。
「お話を伺いたいのですが、まずは着替えていただいた方が良いでしょうね」
俺は気にしないが彼らは着替えたいだろう。相手に恰好付けさせるのも必要だ。
「では付いて来て下さい。着替え次第、お話を伺います」
ローガンは他の者達に指示をすると別方向に歩き出した。マーカスが同行する様だ。
俺達も彼らの後に付いて歩く。少し離れてアルを並行させる。警戒は必要だ。
少し歩くと一軒だけまともな建物が見えた。家というよりは倉庫の様な見た目だ。1人用には大きいので、数人で共用ということなのだろう。
近くまで来ると建物の脇に簡単な長机と椅子が設置されているのが見えた。ここで食事を摂ったりするのだろうな。
「こちらで待っていて下さい。すぐ戻りますので」
ローガンはそう言うと建物に入って行った。マーカスは俺達のところに残っている。
突っ立っていても仕方が無い。座って待つか。俺は一番近くの椅子に座った。椅子と言っても丸太を切って高さを合わせただけのもの。雨曝しで置いておくならこんな程度でも充分だろう。
ざっと全体を眺めるに、俺にはこの光景に奇妙なズレが有る様に思えた。何と言うか、雑過ぎる。
目の前に有る建物が作れるなら、この机と椅子はおかしい。技術水準が合わな過ぎる。推察するに、この建物はラドクリフが主導して建てたのだろう。そして他は彼が居なくなってから作られた。つまり、ここの住人には技術を持った者が存在しない。
さっきの台車も網もかなり使い込まれていた。彼らが身に着けている物はどれもボロボロで、相当に古いのは見て取れる。俺の見立てでは、ラドクリフは逃げたのではなくて諦めたのだろう。そう思った。正確には見限ったというところか。
マーカスの話では数か月は居たはずだ。その期間に、自分以外は技術を持っておらず、しかも他は覚えようともしていないと思い知る。頼る事しか頭に無い、自分の頭で考える事が出来ない子供の集団だと気付いた。そりゃ放棄するだろうなと思う。
マーカスはラドクリフは逃げたと言った。それは確かにそうだ。しかし、ラドクリフ以外は楽な方に逃げた。誰もラドクリフ側に立たなかったということだ。子供だからそれで良い、とはいかない。誰かが大人にならなければ集団は成り立たない。それを請け負う奴が居なかった。結果、一人に全ての責任が圧し掛かって崩壊した。
ラドクリフが居なくなってからはローガンがその立場になった。押し付けられたというべきか。彼は長ではないと言っていた。しかし彼以外はそう考えていない。彼らの頭には責任とか権限が設定されていない。全てが曖昧に流れている。どちらにも都合の良い環境ではあるが1つでも問題が生起すれば成り立たなくなる。全員が忖度し続けるかなり危うい状態でもある。これはまともな話が出来ないかも知れないな。
ローガンが着替えて戻って来た。それぞれ長机に座りなおす。タニアとメリッサは俺の両隣に、対面にローガンとマーカスが並んで座る。
「ではお話を伺いましょう。どの様な用件で来られたのでしょうか」
「その前に幾つか確認しておきたい事があります。あなたがここの長ですか?」
ローガンは何を聞かれたのか理解出来ない様子だ。不思議そうに俺を見ている。
「まとめ役をしていますが長とは言えませんね。そうご説明したはずですが」
「では代表者を決めて下さい。その方とお話させていただきます」
決定権の無い者といくら話しても無駄だ。下手に出る気など毛頭無い。
マーカスも戸惑っているな。タニアは俺の意図を察して雰囲気が変わった。メリッサは少し混乱気味だがタニアの様子を見て気を引き締めた感じだな。
「私がお話を伺って皆に伝えます。それでは駄目だと仰るのですね」
「私は伝令と話す気は有りません。何度も同じ話をさせるつもりなのですか?」
彼に話したところで他の奴らが素直に聞き入れる保証は無い。難癖を付ける奴らを個別に説得して回る事態に為りかねない。交渉の基盤が出来上がっていない事に理解が及んでいないとはな。場合に依っては排除も考慮しておくべきか。
マーカスはタニア達の顔色を窺っている。知った顔が居るので身内意識を持った様子だが、俺にはどうでもいい事だ。さて、どう出て来るかな。
「では一旦皆と相談して来ます。それからお話をお伺いするということになりますが」
「分かりました。ここで待たせていただきます。なるべく早くお願いします」
ローガンは驚いている。まさか後日改めてとか思っていたわけでもあるまい。もしそうなら考えが甘過ぎる。これは期待出来そうに無いな。
ローガンはマーカスを連れて離れて行った。俺はアルをミランの傍に戻すことにした。ここに来る前からの懸念事項ではあったが、良くない方向で予想が当たってしまうかも知れない。
「展開次第では荒事になります。そうならないと良いのですが、厳しいでしょう」
タニア達に改めて警告する。二人共、緊迫した表情になった。




