28話 村の職人達
-自警団詰所 会議室-
「ごめんなさい。お父さん、言い出したら聞かなくて・・・」
目の前で俺に頭を下げているこいつはミランという。マスートの娘だそうだ。
自警団の会議室で俺を含めて8人が長机を挟んで向かい合っている。俺の両脇にタニアとメリッサ。向かい側にはラムターク、ボンデとミラン。隣にマスートと息子のドラン。
先日の事でボンデはラムタークに相談したようだ。まぁ、自分の手に余ると思ったのかも知れない。あるいは最初からボンデ個人へではなく【ラムターク工房】への依頼と認識していたのかもな。その場合、こっちの話し方に誤解させる要因が有ったのだからこの展開も仕方あるまい。
あの後、タニアを通じてドランに水車小屋作成のための手伝いを頼む段取りだった。こちらが下調整を進めているところに、ボンデの話がミランに伝わった。事態を概ね理解したマスートがラムタークと相談し、直接俺と話がしたいとタニアに申し出て来た。
その流れで今、俺は彼らに説明を求められているわけだ。彼等の内、誰一人として笑っていないので空気が非常に重い。
約一名、横に座ってる奴だけは口元が緩んでいるから、この事態を面白がっているようだが。メリッサ、少しは空気読め。
「初めてお目に掛かります。ここの領主の娘で、マリーナと申します」
「知っている。ご丁寧にどうも。私がマスートだ。あのでかいのがラムターク」
「俺がラムタークだ。で、水車小屋ってのを建てたいそうだな?」
怒っている感じはしないが圧が凄い。ゴツい親爺二人に値踏するような視線でじっと見られているのは良い気分ではないな。俺がホントに子供なら泣いてるかも知れん。
「はい、専門家の知見をお借りしたくて、ご相談させていただきました」
「図面を見せてもらったが、大したものだった。誰から教わった?」
「どなたにも。同じような物が過去に存在していたようなので」
嘘だ。教わっていないのは確かだが、この世界に有ったのかも不明なものだ。
「なるほど、書物の知識か。あの司教なら有り得る話だな」
やはり司教の名声は伊達ではないな。買い被り過ぎだとは思うがね。
「私らにでなく息子達に相談したのは何故だね?」
「あなた方御二人は城仕えですから、領主の許可が必要になります」
俺の返答でマスートが怪訝そうな表情になった。何か変なことを言ったか?
「つまり今回の話は領主様の依頼ではないと?」
「はい。私の個人的な相談に乗っていただきました」
ラムタークが興味深そうな目で俺の顔を見ている。マスートは何か考え込んでいるな。
「水車小屋を建てると何が変わる?」
質問の方向が変わったな。意図が分からんが説明の必要はあるだろう。
「用途は沢山有りますが、一言で表現するなら効率化です。具体的には粉挽き等の作業が早く済み、人より強い力で作業を進めることが出来るようになります」
簡単に水車小屋の利点を説明するならこれで分かるだろう。
「それは利点だけだな。欠点は何だ?」
「水場の一部をずっと占有すること、管理の手間が増えることでしょうか」
実際、欠点らしいものは維持管理の手間ぐらいだな。建物が増えれば当然のことだ。
「確かに場所の選定は重要だな。それなりに大きな物なら尚更な」
マスートは俺の説明で一先ず納得してくれたようだ。顔を上げて俺をじっと見つめる。
「これを作ることで貴女にどんな得が有る?」
「領民の暮らし向きが良く成れば活気が生まれ、人口が増え、結果として領地収入が上がります。得しかないと思いますけど?」
彼は一瞬驚いた表情になったが、顎に手を当てて俺の顔を興味深そうに見ている。
何だ?領主の娘が領地収入に言及するのは印象が悪かったか。タニアがこっちを見て薄笑いを浮かべている。完全に面白がってるな。
「ドラン、私達は帰る。彼女の話をしっかりと聞いて来い。分かったな」
マスートはそう言い放つと席を立ち、ミランを連れて出て行った。
「ボンデ、お前も一緒に聞いておけ」
ラムタークは息子にそう言って去って行った。
理由は分からんが機嫌が良さそうだな?会った時の表情は厳しいものだった。機嫌を損ねなかっただけ良しとしよう。
「では一旦休憩しようか。話は仕切り直して半刻後から始めよう」
タニアがそう言ってその場は解散となった。
こういうのは非常に疲れる。メリッサが後ろから抱き着いて俺の頭を撫で回しているが、手を撥ね退ける気力が今は無い。
「ラムタークよ、あの娘をどう思う?」
「期待出来そうじゃないか。今のボンクラ領主よりは」
「あれでまだ10歳のはずだ。子供とは思えんな」
「司教様の薫陶の賜物かね。息子の方は知らんが娘の出来は良さそうだ」
「明日からでも代替わりしてくれんかな。少しはマシになるだろう」
「全くだな。まぁ、先の事は分からんさ。しばらく様子見だな」
「そうだな。どうなるか、結果を見て判断しないとな」
職人二人は村へと戻る道で久しぶりに口数多く話した。
周りから見れば相当に珍しい光景だったろう。彼らが上機嫌で長々と話しているところなど村の者は見たことが無いのだから。
望外の評価を得て、当のマリーナが知らないところで事態は変わり始めていた。




