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愛は言葉で伝えるべき

「はい、これ」


 ニコラの旅行鞄から小袋を受け取った。

 ……使わないという執念のせいか、ギッチリ閉じられていて。爪で引っ張ってもびくともしない。


「あ、開かない……!」

「貸してみて」


 一旦返したもののニルスも開けられないようで、一体どれくらい力を込めたらこうなるのか。

 最終的にはハサミで布を裁断した。

 使えなくなった小袋を脇に置いて、私の物よりサイズの大きい指輪を受け取る。


「サラは? 指輪、持ってきてるの?」

「一応、持ってます」


 ニコラに指輪の話を聞いてから外したのに、なんで持ってるのと聞かれると困る。……帰ってからにすれば良かったかも。


 男女でサイズに違いがあるから大丈夫かと心配はしたものの、かろうじてお互いの親指と小指に引っ掛けられた。



 ……感覚的には、感情をそのまま投げつけられてるような……理由もなく湧き上がってくる想いみたいな……自分が感じてるのか向こうが感じてるのか境界線がわからなくなりそう。

 今は緊張や躊躇い、それに不安? 考えてることがそのままわかるわけじゃなくて、感じているものがわかる……のかな。


 彼と暮らしていた時は、死ぬのが怖いとか、焦りとか、常にどこかで感じてた。一時期はこのままでも大丈夫かもって思って過信したり、やっぱりもうだめだって絶望したり、情緒不安定だった。


 ん? こんな他人の感情をずっと感じてたら、病むのでは……?


「それ、伝わってるの?」


 想い合う恋人同士しか使えない、という前提がある。

 嫌いになれなかった上に、どうやらまだ好きらしい。当然ながら、向こうも。


「……そうみたいです」

「まだ好きでいてくれてるんだ?」


 ぐわり、と大きく揺らぐ。

 まるで炎が襲いかかってきたみたいな、強い衝動が流れ込んできて、驚きに目を見張った。

 それが向けられているのは、私なのか。


「あ、あの……確かめたいことがあるので、もう少し時間をもらって良いですか」

「……いいよ」


 正直断られるかもと思っていたのに、ニルスは頷いた。

 




「そこの美人の姉ちゃんら、オレらと一緒に遊ばない?」

「お断りします」


 私をかばうように前に出て、ニコラが断ってくれた。いや、ニコラじゃないのはわかってるけど、この姿ではそう呼ぶように言われてるから仕方がない。


「そう言わずにさあ」


 男は「すぐそこにうまい飯出す店があるからよ」と言ってニコラの腕を掴んで引っ張ろうとしたけど、ニコラは簡単に振り払って男を伸してしまった。


「サラ、行こう」

「あ、はい」


 地面に伏したままの男を全く気にかけていない爽やかな笑みを浮かべて、ニコラは私を引っ張っていった。


 こうやって助けてくれるのは、男でも女でもずっと変わらない。


「鮮やかな手際でしたね」

「ああいう素人くらいはね。女性の身体だと戦い方が変わってくるから、プロを相手取るのは難しい」

「戦い方はわかりませんけど、所作は女性らしいですよね。初めて会ったときも、美人のお姉さんにしか見えませんでした」

「まあ……ただの演技だけど、違和感を感じる人もいるみたいだから、俺はまだまだ下手な方だよ。サラは全く気が付きそうにないから、徐々に雑になっていったくらいだし」


 確かに出会った当初と一年後では雰囲気は変わったかも。でも、単に気を許しているのだとばかり……。

 言われてみればって思うけど、やっぱり先入観ってやつなのかも。




 目的地である劇場に辿り着いて、チケットを買って席に着いた。


「結局見損ねてたから、やってて良かった」

「人気作になったみたいですね。新聞でちょっと読みました。……ところであの……なんで手を繋ぐ必要が?」

「歩いてる時は普通に繋いでたのに、今更気になるの?」

「繋ぎ方がちょっと……それに、人目が」

「俺は気にしないけど」


 俗に言う恋人繋ぎ。

 女性同士のカップルはこの世界にもいるけど、単純にニコラが美人で目立つから人目を引くし、それはちょっと困る。


「まだよりも戻ってないですし……!」

「そもそもサラは出かけて行っただけで、まだ正式に別れてすらないけどね」


 確かにそうだけど!


「最近すごく大人しかったのはなんだったんですか!?」


 もう少し時間が欲しいとお願いした後は、抱きしめられることもなくなった。ニルスも基本的には女性の身体のままだからか、まるで友達のような距離感だったはず。


「サラって、やっぱり危機感足りないんじゃない? あまり中途半端に期待させてると、いい加減に無理やり捕まえても良いんだけど?」

「言動と心が一致してませんよ」

「……俺ももう、自分が何をしたいのかわからない」


 とろりと溢れてくる諦観。ぐつぐつ煮えている私を好きだという気持ち。

 

 ニコラの手が私の手に重なって、指輪を撫でる。


 ……逃がしてあげられないのではなく、いっそ振り切って逃げてくれれば良いという破滅願望と、そうならなければ良いのにという淡い期待なんじゃないだろうか。

 わからない、私がそう思いたいだけかも。



 強い感情に、当てられそうになる。







 大した物でもないのに、私が作った料理を口にして嬉しそうにしたのを思い出すと、もっと出来ることはないだろうかと探し出す。

 こんな些細なことでも、こういうのがもっと欲しいと思ってしまうと、危ないんだろうなあ。


 自分の一挙手一投足に反応して送られてくる感情というのは、心地よくもあり、重荷でもある。わからないなら鈍感でいられるのに。


「癖になるの、すごいわかるなあ……」


 好きな人が元気がないってわかったら元気になって欲しいと思う。もし指輪を持っててそうしようと思ったら、相手のことを知るために使うはずだ。反応が良かったことを繰り返して見たり、嫌がる話題は避けるとか。


 愛されてる実感が欲しくてっていうのもわかってしまう。想いがわかるというのは、言葉よりも行動よりも、一番確かな証明かもしれない。


 ニルスに私を害したい想いなんてない。実際、隠し事はあっても害されたこともない。


 ああもうホント、絆されてる。







 答えを出してからニルスの元へ赴くと、話があると言っておいたせいか、女性ではなく本来の姿に戻っていた。


「これは心身ともに健全なカップルが二人で使う分には楽しめるかもしれませんが、相手が不安定なときに使うと引きずられそうになります。二人でなら話し合うこともできますけど、一人だと溜め込むしかないですし……。どちらにしても、処分した方が良いと思います」


 他にも気づいたことはあるものの、とりあえず指輪の話はこれで終わりにして、すでに外してある物を机に置いた。

 ニルスも気づいてはいたのか、素直に頷いた。


「ええと……それから……冷静になってみても、嫌いになれませんでした」


 過ごした日々を思い返してみても助けてもらってばかりで、言動に困ったことがあっても嫌な思いはしたことがない。

 まだ実感がわかないだけで、もしかしたら嫌いになるかも、と思ってもいたけどその時は訪れなかった。


「好きです。もう一度最初からやり直しませんか?」

「本気?」

「はい。手段はともかくとして……ニコラとして色々と助けてくれてありがとうございました」

「そんな風に言うなら、もう遠慮しなくなるけど。いいの?」


 遠慮しないって、一体どういう意味で言ってるんだろう。ちょっと不安になってきたな……。


「……私が普通にしてたら突然変な指輪贈ったり、引越し先に変装して着いてきたりしないです……よね?」

「……」

「あの……?」

「気をつける」


 ……指輪持ってたら本当かどうかわかったのに、と頭によぎってしまって、こういうのが依存に繋がるんだと誘惑を振り払った。


「……本当に俺のこと好き?」

「言葉じゃ証明になりませんか?」

「いや。一番欲しかったから、もっと聞きたいだけ」

もうすぐ終わるはずなんですけど苦戦中です

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