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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
4章 Monster

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21話 conversion


「あ、あはは……」


 笑みが零れる。

 乾いた笑い声が、雛菊の口から漏れる。


「そんなこと、ない……だって、だって私は雛菊姫子ですから……」


 それはそうだ。

 髪が綺麗でスタイルがよく少し釣り目の美しい少女。だれしもが認めるお嬢様。自信満々な笑みをいつもたたえ、油断も隙もない立ち振る舞いを見せる少女。雛菊グループの娘にして、いずれ財団を運営していくであろう将来有望なお嬢様。

 彼女だけの個性。

 彼女だけの唯我。

 だけど。

 

「ええ、あなたは雛菊姫子よ。あたしが東雲天満であることと同じように。……あなたの、首から上だけは(、、、、、、、)」


 あっさりと、ひかりはそう言った。

 子供に諭すような優しい口調だった。

 小さな妹を、あやすような口調だった。


「雛菊姫子。あなた知ってるんでしょう? あたしと夢は、他人の胴体と(、、、、、、)すり替わることで(、、、、、、、、)、その人間と意識を(、、、、、、、、)共有する化け物だ(、、、、、、、、)って」

 

 雛菊は答えられない。

 僕もまた、同じように茫然とする。


「あなたはそのことを知っている。だから、あたしを追ってたんじゃないの? 夢の体が行方不明ということは、誰かの体と入れ替えられていて、その秘密をあたしが握っている……そう思ってたんでしょう? 入れ替わったのはあなた自身の体なのに、それに気付かずに」

「……そんな、だって、この体は……」

「夢のものよ。……右の脇腹に、すこしだけ窪んだ痕があるでしょう? そこは喧嘩したとき、あたしが夢に彫刻刀を投げつけたときの傷跡」


 雛菊はすぐに脇腹を指先でなぞる。

 そして顔を蒼白にした。

 とっさに首に手をあてて、継ぎ目を探す。


「そんなことしても無駄。胴体と首は癒着し、同じ人間として生まれ変わる。確信を得たいのなら調べてみたら? 指紋や遺伝子、すべての数値は鏡夢菜のものがでてくるはずだから」

「な、なあ……ちょっとまてよ」


 僕は口をはさんだ。

 はさまずにはいられない。

 もし、ひかりが言うとおり、ひかりと夢菜がそういうものだとしよう。信じられないけど、そういうことだとしておこう。夢菜が雛菊の体と入れ替わり、ひかりが東雲の体と入れ替わったとして。


「……じゃあ、東雲と雛菊のもとの体は、どこなんだよ……」

「知りたい?」

「そりゃあ……そうだろ」

「そんなに気になるなら最初から見てみる? 東雲天満やあたしと同じような体格の子、何人かいるみたいだし」


 ひかりは、ちらっと視線を流す。

 天文部のやつらは、まだ空を見上げている。

 僕たちの会話は聞こえない距離にいる。だけど、なにやらただことではない空気を感じ取っているのか、ちらちらと様子をうかがってくる。


「や、やめろ!」

「冗談よ。そもそも、そう易々と乗り換えられるわけじゃないしね。こっちにもいろいろと準備がいるのよ。それこそ一カ月くらいね」


 一か月。

 それはひかりが、海沿いのペンションにいた時期と一致する。

 ということは、それまでの東雲は……


「睨まないでよ兄ちゃん」


 ひかりは肩をすくめる。


「こういうのは合意の上でやってるんだよ。東雲天満も、あたしの体を受け入れる意思があったからこそできたことなのよ。あたしは首を、東雲天満は胴体を乗り換えた。……東雲天満はむかしから病弱で不健康な体質でね、寿命も長くなかった。だからあたしの健康な体と交換することに同意したの。それに、あたしが乗り移ったからって東雲天満が消えるわけじゃない。たとえば――」


 と、彼女の勝気だった表情が、一瞬で暗くなる。


「……こ、こんなふうに……ね? だ、だから鏡くん、ひかりちゃんを怒らないであげて……」


 それはひかりではなく、東雲だった。

 東雲天満。

 つまり、ひとつの体にふたつの人格が憑依しているということで。

 頭と体、それぞれに意識があるということだった。

 合意の上での共有。相互扶助。

 東雲は、自分の体を治すためにひかりを受け入れた。


「だけど(、、、)」


 ひかりに戻った東雲は、雛菊をギッと睨みつけた。


「夢はそうじゃなかった。強制的に、同意を得ずに、雛菊姫子の体を乗っ取ったのよ。あのときマンションにきたときの夢の体は、すでに雛菊姫子の胴体だったの。からっぽの胴体にからっぽの頭。あのときの夢は本能で動いてたのね。本能が求めるがまま、あたしたちの家に来た。……夢が雛菊の胴体と入れ替わったのはそれよりもすこし前だったのでしょうね。あたしはあのときどうして夢がそんなことをしたのか、まったくわからなくて泣いたけれど」

「……あっ」


 僕は思い出す。 

 カラオケルームだ。

 夢菜と雛菊が同じ場所にいたのはそこだった。

 あの密室空間なら、できるだろう……。


「夢は無理やり、雛菊姫子の体と入れ替わった。だからかしらないけれど、うまくいかなかったみたいね。彼女の記憶は残っていない。意識も残っていない。ただ、それでも夢の体であることは間違いないのよ。雛菊姫子の感情や行動が、夢の潜在意識に左右されていることだってあるかもしれない。てっきり混濁していると思ったけど、どうやらそれも違うみたい。そして一番の不調和は、雛菊姫子はそれに気付かなかったってこと。行うすべてを、ぜんぶ自分の意志だと思ってしまったこと。……あるんでしょ? 自分でも不可解な行動をとったときが」

「っ!」


 僕にも思い当たった。

 あのペンションでの夜。

 熟睡しているはずの雛菊が、あきらかな意志で僕を抱きしめてきた。


「……で、でも」


 雛菊の顔からは、いつもの気鋭が失われていた。

 いつもの尊厳がまったくなかった。

 ただの弱気な少女の姿で、目を泳がせていた。


「……なんで、鏡夢菜はそんなことを……」

「わかんないの?」


 ひかりは呆れていた。

 なぜか僕を見ていた。


「…………まあいいわ。とにかく、これで種明かしはおしまい。夢は殺されてなんかいない。抜け殻になった夢の首は雛菊姫子の胴体がついた状態で、あたしたちの家のまえで死にかけていた。あたしが胴体をとって首だけにしたのは、調べられたら困るから。ポリタンクは演出。……これで満足した? 雛菊さん」

「ひかり、じゃあ、雛菊の胴体は?」

「持って帰ってもらったわよ。」

「……誰に?」

「東雲天満。あのときあたしは、東雲さんと今後の予定について密会中だったから。雛菊さんの体は東雲天満の庭の土深くでいまごろ腐ってるわ。あたしの頭部と一緒にね」


 ああ。

 そうか。

 そこでずっと姿がなかった東雲がでてくるのか。あながち無関係だったわけでもないのか。

 これで事件は解決した。

 真実は白日のもとに晒された。


 ………………なんて。


 すぐに納得できるはずもない。

 受け入れられるはずもない。

 東雲の体はひかりで。

 雛菊の体は夢菜で。


 そんなのウソだ。


 そんなこと、嫌だ。


 僕があのとき抱いた後輩の体は、妹で。

 僕にキスした妹は、クラスメイトで。

 

 あまりに酷い。

 吐き気がする。

 

 殺人はなかった。

 警察は無駄足。

 いるのはただ、体を乗り移るような……。

 ……僕の妹は、なぜこんな……


「……なんなんだよ、これ……」


 涙がでてきた。

 悲しくない。怒っていない。嬉しくも怖くもない。


 ただ、気持ち悪い。


 気持ち悪くて涙が出てきた。


 意味がわからない。

 僕の家族は化け物だった。

 僕の妹は化け物だった。


「なに泣いてんのよ」

「触るなっ!」


 僕は、伸ばしてきたひかりの手を振り払った。

 だけどすぐに掴まれる。

 今度は……振り払えない。


 よくわからない。

 気持ち悪いんだ。

 気持ち悪いのに、受け入れている僕がいた。


「返せよ……僕の妹を、返せよ……」

「なに言ってんの。あたしは最初からこうだよ。生まれたときから、ずっとこうだったよ。パパとママも知ってるよ。だからほんとうは夢が死んでないってことも知ってる。知らなかったのは兄ちゃんだけ」

「…………。」

「だけど勘違いしないで。教えなかったのは、兄ちゃんが優しすぎるから。兄ちゃんが甘すぎるから。あたしと夢、どちらかを選ぶなんてできないと思ったから」

「………………選ぶ?」

「そう、選ぶの」


 ひかりはじっと、僕を見つめていた。


「……選ぶんだよ。兄ちゃんは選ぶ。そんなに先の話じゃないわ。あたしか夢――東雲天満か、雛菊姫子。そのどちらかを選ぶことになるの。そのときに真実を知ってしまっていたら、きっと悩むと思ったから。苦しむと思ったから。だから、黙ってたの」 

「……な、なにを言ってるんだ……?」


「選ぶんだよ(、、、、、)」


 ひかりの眼光は、強く光っていた。

 いままでで最も強く、確信を浮かべていた。


「選ぶの。兄ちゃんは選ぶ。復讐か、猟奇か、そのどちらかを選ぶの。あたしのために生きるか、夢のために生きるか……そうでしょ、夢?」


 いきなり話を振られ、雛菊がぱっと顔を上げる。

 その顔には涙が零れていた。

 だけど、ひかりに呼びかけられた彼女は。


 満面の笑み(、、、、、)を浮かべていた。


 それは無垢で純粋な笑顔。

 かつて夢菜が浮かべていた、彼女らしい笑顔。

 

「……ほら、夢もそう言ってる」


 なぜだろう。

 気持ち悪いはずなのに。

 拒絶したいはずなのに。


 僕は、その笑顔にとても安堵をおぼえた。

  

「よく考えておいてね兄ちゃん。最高だけど最低な夢菜か、最善だけど最悪なあたしか。どちらのために生きるか。夏が終わるころまでには、考えておいてね」



 流星群は、いつのまにか消えていた。






 その夜、僕は妹を取り戻した。


 死んだはずの妹と、行方知れずの妹を取り戻した。


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