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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
4章 Monster

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20話 who is she?

 


 ……ありえない。




 脳裏にその言葉が浮かんだのはほんの一瞬だけだった。


 東雲天満は、目立たない少女である。

 よくいえば大人しい、わるくいえば無愛想。人見知りだということは知っている。実際に、いまでも僕と話すときはほとんど目を見て話さないし、教室内では特別に仲の良いクラスメイトとしか喋っているのをみたことがない。ひっそりと、こっそりと、喧騒とは無縁のところで過ごしている少女。

 東雲は一年のころからずっと同じクラスだった。そこまで仲良くはないが、異性のわりには話す機会が多かった。天文部に入部してくれたのだって彼女が僕と丹波の共通の友人でもあったからだ。雛菊が入部して廃部を免れたが、あの有名なお嬢様と仲良くやれるか頭を悩ませていた丹波に、一応とはいえ知り合いだからと入部してくれた優しい子でもある。

 僕と東雲の最初の接点は、入学してすぐのことだった。


 あれはよく憶えている。

 放課後、震える声で図書室の場所を聞かれて、僕はついでの用事があったから一緒に行った。図書室は閉まっていて、しかし火急の用事だったようなので職員室で鍵を貸してもらった。ふたりして静寂な図書室に入ると、東雲は慌てて書架を漁り、一冊の本を見つけるとそこに挟まっていたプリントを一枚抜き取っていた。

 どうやら、読んでいた本に私物をはさみこんだままにしてしまったらしい。

 ほっとする彼女を眺めたまま、僕もまた忘れ物をカウンターの中から引っ張り出していると、振り向いた東雲と目が合った。東雲は顔を真っ赤にして、そそくさと図書室から逃げていってしまったのだ。

 それ以来、東雲とはたまに言葉を交わすようになった。


 あれから二年と少し。

 東雲は身長も伸びず、見た目も変わらず、そして性格もそれほど変わっていないように思えた。小柄で童顔な東雲天満は、ともすれば新入生と間違えてしまいそうなくらいに。

 だから、僕はわからない。


 東雲の口から漏れたその言葉が、わからない。


「ねえ、なんであのひとなの、兄ちゃん(、、、、)


 僕のことをそう呼ぶのは、ただひとりだけだった。


「……ひかり?」


 ありえない。

 でも、確信があった。

 僕の目の前にいるのは間違いなく東雲天満で。


 でも、鏡ひかりだった。

 

 僕はつい、後ろを振り返る。

 噴水の陰からこちらを覗いている雛菊と目が合う。雛菊は「みんなに気付かれないうちに」と、鋭い視線を送ってきている。流星群が消えれば、みんな意識がこちらに向くだろう。それはわかる。わかるんだけど……。


「大丈夫、聞かれてないよ。臆病なところはちっとも変わってないね、兄ちゃん」


 その呆れたような物言いは、間違いなく彼女だった。


「……ひ、ひかり、なのか……?」

「そうよ。信じられないなら信じさせてあげようか? 中学生のときにしたファーストキスの相手はあたしだった、とか」

「……っ!」


 それは蓋をしていた苦い記憶。

 事故だった。家族で温泉旅行に行ったとき、ジュースと間違えて酒を飲んで泥酔した僕とひかりは、なぜか駆け落ちした恋人ごっこを始めてしまい、勢いでキスまでしてしまった。それを夢菜に見られて散々に怒られ、翌日目を覚ましてから数週間、ひかりとはお互い口を聞かなかった時期があった。

 僕とひかりと夢菜しか知らないはずの、過去。

 証明は、それで十分だった。  


「……ひかり……」


 わけがわからないけど、彼女はいま、ひかりだった。


 胸の奥が熱くなってくる。

 こんな形で再会するなんて、思ってもみなくて……


「なんで泣きそうなのよ、バカ」


 ひかりは僕に近づいた。

 すぐそばまで寄る。

 わずかな距離だけ空けて、ほとんど密着するように立った。

 いままでこんな近くにいたことはない。あのホテルで、抱き合って泣いたときくらいだ。

 東雲天満の体はひかりとほとんど変わらない体格だったのだと、気付く。

 

「ひかり、東雲は――」

「質問はあと。兄ちゃん、それよりもあたしの質問に答えて」


 僕の言葉を遮った。


「兄ちゃんは、あの夜のこと憶えてる?」

「あの夜って?」

「ホテルで泣いた夜」


 それはもちろん憶えている。


「うん」

「ほんとうに?

「そりゃあね。一言一句、すべて憶えてる」

「そう。それなら、いいわね――」


 と。

 不意に服を引っ張られた。


 前傾姿勢になった。そう思ったときにはすでに、東雲の――ひかりの顔がすくそこにあった。


「え」


 離れたのもすぐだった。

 唇に残る感触は、だけど気のせいなんかじゃなくて……


「ほんとは忘れてたでしょ?」


 嘲笑するような、高揚するような笑顔で、ひかりは嗤っていた。


「あのとき言ったよね? あたしはあんたのことが嫌い。なにもかも、あんたの思い通りになんかさせはしない。あんたが望むならその反対のことをやってやるって、言ったよね?」

「ひかり……」

「それとこうも言ったよね? 愛されたいのなら、あたしが愛してあげるって。他の誰かを愛するくらいならあたしを愛しなさいって。それなのになんで、あんたはあのひとなんかと愛し合ってるの? なんでそんな簡単に籠絡されてるの? あたしはそれが許せない。あたしはね、それだけは許せないの」


 ひかりは静かに怒っていた。

 僕は、なにも言えない。

 なにも言えずに、立ち尽くす。


「わかってんのよ。あんた、いまからこのあたし――東雲天満の体をどこかに誘い出そうとしてたんでしょ? なにが目的か知らないけど、どうせあのひとに命令されてやろうとしてたんでしょ? 付き合ってる女に言われたからって、ろくに疑いもせずにほいほいと。……あたしはね、あんたのそういうところが嫌いなの。なにかに必要とされることでしか、自分を見いだせないあんたが嫌い。

 知ってるわよ。離婚のとき、あたしを選んだ理由がそれだったんでしょ? なんでもできて可愛くて友達も多い夢じゃなくて、成績も要領も悪くて、友達もいないあたしを選んだのは、あたしなら兄ちゃんが必要だと思ったからでしょ? ほんと余計なおせっかい、自己満足よね。だからね、あたしは兄ちゃんが嫌いなの。依存することでしか生きられない弱いあんたが嫌い。誰かに依存されることに喜びを感じるあんたが大嫌い。…………だけどね、」

「なにをしてるのですかッ!」


 叫び声。

 振り返ると、雛菊が目を吊り上げてこちらを睨んでいた。

 こちら――じゃない。東雲を。


「先輩を――私の先輩になにしてるのですかっ!」


 キスをしたのは一瞬だったけど、雛菊は見ていたのか。

 いまにも飛びかかってきそうな雛菊を、ひかりは鼻で笑った。


「スキンシップだけど」

「なにがスキンシップですか!」

「ほかになんて言うの? キス? チュー? 接吻? 結局はどれもスキンシップでしょ?」

「そんな屁理屈を聞いてるわけではありません!」

「じゃあなにを聞きたかったの? あなたに気を使わなければならない理由? あなたに対する必死な弁明? ……それともあたしが鏡ひ(、、、、、、、、、、)かりかどうかってこと(、、、、、、、、、、)?」

「っ!?」


 雛菊は絶句した。

 

 ただ、僕はその一瞬を見逃さなかった。

 雛菊はたしかに驚愕に目を見開いた。

 ただ、その直前。


 ――疑念が確信に変わるときの勝ち誇った表情を浮かべたのだ。


 ひかりもまた、その表情を見逃さなかった。


「やっぱりそうだったのね。あなた、あたしのことをつかまえるためにこの敷地内に呼びだしたんだよね? 捕縛チームはどこにいるの? それとも麻酔銃を構えたスナイパーかしら? 雛菊財団の力なら、それくらいいても不思議じゃないよね」

「……そんなものはおりません。逃がさないために、というのは正解ですが」

「ふうん? まあ信じてあげる」

「なればこそ面と向かって尋ねます。……鏡ひかり、ならびに東雲天満。あなたたちのどちらが、鏡夢菜の体を隠したのですか? そして隠した体はどこですか?」

「…………なんだ、記憶は移らなかったのか」


 がっかりしたような、安堵したような声をあげたひかりだった。

 ひかりはじろじろと雛菊を観察する。


「なんだ、そうなの。てっきりぜんぶ混濁してる(、、、、、、、、)と思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね」

「わけのわからないことを言ってないで、質問に答えてください、鏡ひかり」

「理解できない?」


 と。

 ひかりは、またもや僕のそばに寄ると、僕の手を取った。

 事態が飲み込めない僕の右手を持ちあげて、人差し指を自分に向ける。


「あたしは鏡ひかり。ならびに東雲天満」


 そしてその指を、こんどは雛菊のほうへ向けて。

 ひかりは、嗤った。


「そしてあなたは雛菊姫子。ならびに鏡夢菜(、、、、、、、)


 一瞬、静寂。


「なん……ですって?」

「わからないの? それとも思い出せないだけ? ならちゃんと言ってあげる」



 ひかりは僕の腕を愛しそうに撫でた。

 まるで恋人のように。


 ……まるで、妹のように。


「夢が殺された? 誰がいつ、そんなバカなことを言ったの? 夢の体はどこにあるって? あなたがそんなバカなこと聞かないでよ。……そうでしょ夢(、、、、、、)? あなたの体は(、、、、、、)そこにあるじゃない(、、、、、、、、、)



 いうまでもなく。

 僕の指はまっすぐに、雛菊に向けられていた。


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