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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
3章 衝動と転換する姿態

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19話 謎めく姿態

 

「……うそだろ……」


 天蓋に流れる流星たちは弱々しく、雛菊の視線の先にいるそいつの顔は、判然としない。

 だけど、さっきすぐそばにいたそいつが誰かくらいはわかっている。

 小柄な少女。

 おとなしい彼女。

 水が嫌いな、クラスメイト。

 

 ……言葉が出ない。


「先輩は、街頭防犯カメラというものをご存知ですか?」

「……聞いたことくらいは」

「公共の道路に設置されている防犯カメラです。街灯、建物、信号機……この街にはいたるところに防犯カメラが設置されております。それらを設置する理由は単純です。犯罪抑止の効果と、監視システムの毛細化によって街頭犯罪の映像証拠を入手ことにあります」


 雛菊は僕が持っていたデジカメを奪い取って、ファインダーをのぞく。

 パシャリ、とフラッシュを炊く。


「客観的証拠には有無を言わさぬ説得力があります。警察の捜査方式が従来の主観捜査から客観捜査に移行している現在、映像証拠というのはもっとも大きな力を持ちます。そこで警察はこの街のいたるところにカメラを設置しました。そしてそのバックアップを行っているのが雛菊グループです。今回の捜査でも、警察はこの映像をもとに捜査を進めていますし、私もそのデータを入手することができる立場にいます」

「そうなのか。……いや、でも、警察は手詰まりだって」

「ええそうでしょう。なぜなら、私たちが警察に提供している映像は、完全じゃないからです(、、、、、、、、、、)

「……なんだって?」


 そんな、まさか。


「事実です。公にはされていませんが、実は警察が把握しているカメラシステムとはまた別経路で、雛菊グループ専用の監視カメラがいくつも街中に配置されているのです。もちろんオフレコですが、雛菊グループが大金を(はた)いてまで警察にシステム提供している理由のひとつがこれなのです」

「なんでそんなことを?」

「雛菊グループは巨大な財閥系会社です。一族が最も強い権力を持ちます。そのぶん敵も多く、雛菊の実家があるこの街にも怪しい者や敵対する者が数多くいます。私には決して護衛は付けないように言いつけてありますが、長男である兄や長女である姉には問答無用で常にSPがついているんです。なのでカメラシステムそのものの存在意義は、身を守るためというのが最大の理由になります。ただし、最大の役割は情報入手手段としてでしょうけれど」


 雛菊はカメラを下す。その表情はとても冷たく、同時に悲しげだった。

 僕をじっと見つめて、


「ゆえに警察が知り得ない情報も、私は手に入れることができるのです。たとえば海辺のペンションに帰っていく鏡ひかりの姿を撮影することも、タイミングさえ合えば可能になります」


 なるほど。

 だから警察よりも先に場所がわかったのか。

 雛菊が持つ情報網の謎がようやく解けた。


「そこで今回の事件になります。先輩の家の周囲には比較的カメラが少ないのですが、ようやく周囲のカメラの映像記録、動作状況、そして時間などを統合的に判断し、この街で最も容疑者の可能性が高い人物をあげることに成功しました」

「――この街?」

「はい。街に住む全人口の位置情報をカメラシステムによりおおまかに座標化し、カメラから次のカメラに映った時間とタイミングにより、すべての人間が事件当時にどんな動きをしていたのか再現させてもらいました」


 ……なんだって?

 

 僕は驚愕に目を剥く。

 それは途方もない作業に違いない。

 秀逸なコンピュータを使っても、時間がかかるだろう。


「実際、ここまでたどり着くのに四か月以上かかりました。だからこそ、私たちのシュミレートの精密さには自信があります」

「その結果が……」


 僕は言葉を絞り出した。

 彼女を見つめながら。


「……東雲だっていうのか?」

「ええ、そうです。東雲先輩は事件当日、授業を終えると学校から本屋に向かっています。そこから駅の近くのカフェに向かい購入した小説を読み、その後帰宅。彼女はこういうルートをたどるのですが、本屋から自宅の間には鏡先輩、あなたが住むマンションがありました」

「……それだけで?」

「もちろん違います。東雲先輩は、ちょうどあなたが鏡夢菜の首を発見する三十分前にあなたのマンションの監視カメラに映っています。そしてそれと時間を同じくし、鏡夢菜がマンションの裏口からこっそりと入っていく姿も、裏口の監視カメラに映されていたのです。マンションのなかにはエレベーター以外に監視カメラはなく鏡夢菜の姿がつぎに確認されたのはその三十分後……首だけの状態でした。この空白のあいだに、鏡夢菜は殺されました。殺害場所も殺害方法もいっさい不明ですが」


 そうだったのか。

 てっきり夢菜は殺されてから、僕の家に運ばれたのかと思っていた。

 でも、それなら東雲は――


「そして、ここが重要です。東雲先輩がそのまま帰宅していれば、マンションの数百メートル先にある隠しカメラに映るはずでした。しかし東雲先輩がその前を通ることはありませんでした。街中すべてのカメラに検索をかけても、マンションの防犯カメラに映ってから丸一日、彼女はどのカメラにも映りませんでした。証拠が映っていたわけではなく、どこにも映っていないのです。翌日、彼女が学校に向かうために家を出たところを別の街頭カメラが捉えるまで、彼女はすべてのカメラに映っていませんでした」

「…………。」

「街中に隠されたカメラを偶然かいくぐり、自宅に戻る……それだけで異常なのにもかかわらず、彼女は事件の瞬間、ちょうどあなたのすぐ近くにいた。そしてカメラに映りようがないマンションの住人を除けば、あなたのマンションの周囲で不審な行動をとった者はいない。……状況は、彼女が犯人だと告げています」


 そう言い切った。


 僕の視線のむこうがわで、東雲が後輩の女の子と談笑している。

 その笑顔はくすみなく、瞳は澄んでいる。

 とても、他人を傷つけるようなことができるとは思えない。


 そう思う。


 でも(、、)


 僕は雛菊の言葉を止めようとは思わない。

 否定しようとは思わない。


「……それで、どうするの?」

「流星群のピークが過ぎたころに、東雲先輩を誘い出そうと思います」

「どこに?」

「噴水の裏手に、植え込みに隠されてはいますけれど、地下通路への扉があるのです。そこに大事な話があるという(てい)で呼びだします。そこで出入り口をふさぎ、尋問にかけます」

「そんなうまくいくかな」

「いかない可能性が高いでしょう。私が呼び出しても、疑問に思うだけです」

「なんだよ、雛菊らしくな――」

「だから先輩がやってください」


 と雛菊は、僕の手をぎゅっと握った。

 不意打ちにドキリとしてしまう。


「先輩が東雲先輩を呼び出してください。私について相談がある、といえば必ずついてくるでしょう。東雲先輩は、おそらくあなたのことを好いています。恋愛感情ではないかと思いますが、友達として好いていることは間違いないでしょう」

「……そうかな。まあ、いいよ。わかったやるよ」


 好かれているなんて自覚はない。

 けど、雛菊が言うなら信用できる。協力するのもやぶさかではない。

 ただし。


「……手荒なことはするなよ。僕はまだ、東雲を疑ってるわけじゃない。おまえを疑っていないだけだ」

「わかっております。さらっと嬉しいことを言わないでください」

「それともうひとつ質問。雛菊は、なんでそこまでこの事件を解決しようとしてるんだ? しょせんただの猟奇殺人で、おまえとは関係のないことだろ? 僕のためってわけでもなさそうだし、むしろ事件の前からひかりに対しては懐疑的だったし」

「それは…………」


 雛菊は、珍しく言い淀んだ。

 ずっと前から気になっていたことだ。

 彼女は誰よりも、この事件に対して真摯に向き合っている。僕よりもずっと、労力を惜しまない。持てるすべての力を使っている。


 なぜだろう。


 雛菊は、まだ十六歳なのに。

 どこか焦っているようですらある。

 生きることを急いでいるようでもある。

 そしてなにか、僕には知らないことをたくさん知っているようで。


「教えてくれ。……僕は、おまえのことがもっと知りたいんだ、雛菊」


 だからその言葉は自然と漏れた。

 雛菊はわずかに目を見開いて喜び、しかし、眉尻を下げて泣きそうな顔になった。


「……それは、いずれ」


 拒絶された。

 わかっていたけれど。


「でも、これだけはわかっていてください。私は、誰よりも先輩をお慕いしております」

「……うん」


 気づけば満天の星空にはいくつもの筋の光が流れていて、周囲のやつらは各々歓声をあげていた。僕たちの声は誰にも届かず、宵闇の空に吸い込まれていく。



 僕は天を仰いで、星に願いを届けた。

 ひとつ願ってみると、僕のちっぽけな欲望は止まらなくなっていった。

 






 ああ、綺麗な星空だ。







 

  

 そして流星の数が次第に減り始めたとき。



 僕は離れたところでひとり寂しそうに空を見上げる東雲に、声をかけた。


「……なあ、いま、ちょっといいか?」


 振り返った東雲。


 僕に向き合った東雲は。


 その両目からぽろぽろと涙をこぼしていた。

 僕は言葉を失った。

 彼女は小さく、つぶやく。


「……なんで?」

「え?」

「なんでなの?」


 声は震えていた。

 怒っているようで、悲しんでいるようで。


「なんで、あいつがあんたの隣にいるの? なんであたしじゃないの?」


 その声はどこか懐かしく。

 その姿態は、どこか見覚えがある。


 小柄な彼女は、まるで別人で。

 数か月ぶりに聞いたその口調で、言った。





「……兄ちゃんのバカ(、、、、、、、)





 




「……………………ひかり?」


 僕の口から、無意識に彼女の名前が漏れた。 

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