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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
2章 銀月と腐った肢体

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12話 銀月

 林の坂を一気に駆け下りた僕たちは、肩を絶え絶えにして振りかえった。


 包丁男は追ってきていない。

 

「なんだったんだ……いまの」


 突拍子がなさすぎて理解がおいつかなかった。

 狙われた? 襲われた?

 どっちかはわからないが、待ち伏せされていた。

 そして躊躇いなく切りかかられて……


「そうだ電話……」


 警察に電話しようとして、ようやく僕は雛菊の手が小刻みに震えていることに気付いた。

 カタカタと震え始めた。膝も、唇も震えている。

 さっきは果敢に飛びかかっていたけれど、どうやら恐怖心が遅れてきたらしい。


「雛菊、大丈夫?」

「し、心配はいりません……」


 やはりいくら堂々としていても女の子。あれは怖いだろう。

 僕は雛菊の手を引いて道路を進むことにした。


「せ、先輩……ペンションから離れてますが」

「車に戻る」

「え」

「危ないだろ。あの男、たぶんまだあそこにいるし、警察でも呼んでしばらくしてから向かえばいい」

「ダメです!」


 と雛菊は叫んで、僕の手を振り払った。


「それはダメです……警察より先に、あのペンションに行かないと……」

「……雛菊?」

「私がなんのために先輩を呼んだかわかりますか? 鏡ひかりが残した痕跡から、彼女がどういう状態にあるのか推測するためです。警察なんか呼んでしまったら、彼女の行方の手掛かりを探すために痕跡を消すでしょう。匂いも気配も全部消えてしまう……」

「……状態? 行方を調べにいくんじゃないのか?」


 少なくとも、僕はそう思っていた。

 だが雛菊は首を振る。


「鏡ひかりの行方はいづれわかります。でも、その前にどうしても彼女の状態を知らなければなりません」

「それは……なんで?」

「鏡ひかりだからです」


 ぴしゃり、と雛菊は言い切った。


「彼女が鏡ひかりだから。それだけです」


 また意味がわからない。

 雛菊はひかりのなにを知っているのだろう。

 ひかりと雛菊は、わずか一日しか接点のなかったクラスメイトのはず。


 ……そうだ。

 そもそもおかしい。

 雛菊はなぜ、ひかりのことを気にするのだろう。僕にとってはひかりは大事な妹だけど、雛菊にとっては赤の他人だ。それなのにどうしてひかりの行方やら状態やら、こんなことまでして調べて回っているんだ。目撃情報まで集めて、どうして……。


「ともかく、戻りますよ先輩」


 雛菊に再び手を掴まれ、僕はハッとする。


「待って、さすがに危ないよ」

「大丈夫です。こんどは裏道を使いますから」


 そう言って雛菊は林の入り口のところから、林のなかに入っていく。

 剥きだしの足が草を踏み分け、後ろを歩く僕の道になる。坂を登らずにぐるっと丘を迂回。海に近付いているからか随分と波の音が大きくなっていく。

 ちらっと木々の隙間から、海水浴場が見えた。

 遠方でたくさんの家族が楽しそうに遊んでいた。


 僕はときおり振りかえり、後ろに誰もいないことを確認する。

 あの包丁男は、いまのところ近くにはいなさそうだ。

 

 林の木々がまばらになってきて、やがて岩礁だらけの海岸に出る。丘の逆側だということはなんとなくわかったけど、こっち側は丘じゃなくて崖だ。土と岩がほとんど垂直に上に伸びている。このうえに林があり、ペンションがいくつか建っているとなれば、たしかにこの崖は裏道だが……。


「安心してください。ここを登るわけじゃありません」


 僕たちがさらに進むと、崖の一角に細い階段があった。

 細い。ひとひとり分の幅の階段が、ほんのすこし角度のある崖を折れ曲がりながら、少しずつ上に伸びている。申し訳程度の手すりはついているが、階段そのものは風で削られているからかつるつるしているようだった。


「……まさか、ここを登るの?」

「ええ。ここを登ります」


 崖の上まで何メートルだろうか。

 僕は颯爽と階段に足をかけて上がって行く雛菊の背中をしばらく見つめて、ため息をついた。






 意外とすんなり登れたことは驚いた。

 ほぼ垂直に見えた崖も、実際に登ってみるとかなりの角度があった。見る場所と状況の問題だったのだろう。滑って落ちることも足がすくむこともなく、僕は登りきった。

 崖の上は太い柵があり、柵を乗り越えた僕たちはすぐに近くの木の陰に身を隠した。

 後ろは海を一望できる展望台のような場所だが、そんな景色を見ている余裕はない。


「それで雛菊、どのペンション?」

「どうやら三号棟らしいので……あれですね」


 雛菊が指さしたのは、ここから左右に見えるふたつのペンションのうちのひとつ。左側。

 屋根の部分には『3』という文字が見える。太い丸太で作られた木造のログハウス。もちろん完全な木造でないのは、ところどころにさりげなく配備されている鉄の支柱を見てわかる。


 僕と雛菊は周囲に気を配りながら、足を忍ばせて三号棟に近づいていく。

 

 息を殺し、耳に意識を送る。あの包丁男がなんの目的でここにいたかは知らないが、遭遇したくないのは同じ。

 いや、ひょっとして雛菊はあの男のことも知っているのだろうか。

 ふとそんな疑念が湧いたが、いまは不要だと切り捨てる。


 三号棟の前まできた僕たちは、窓から中の様子をうかがう。レースカーテンがかかっていて見えない。

 しばらく扉の近くで身をひそめていたが、なんの音もしない。遠くから聞こえてくる波音と、風に揺れる木々のささめきだけが耳に届き、


「じゃあ、入りますよ」


 雛菊はポケットから鍵を取り出し、扉に差し込んだ。

 ギィ、と扉が開く。


 中は小奇麗なペンション。玄関はそのままリビングになっていて、部屋の奥に小さなキッチンが備え付けれられてある。キッチンの横には二階にあがる階段で、一階部分にあるのはあとはトイレと風呂くらいのようだった。僕たちはすぐに鍵を閉めると、足音を殺したままトイレと風呂の扉を開けて誰もいないことを確認する。

 二階には部屋がみっつ、どれも同じ大きさと造りをしていた。クローゼットや棚はなく、長くても数日宿泊するためだけに作られたた部屋だ。

 誰もひそんでいないことをチェックし終えて、僕と雛菊は息をつく。


「……さあ、始めますよ」

「うん」


 僕はうなずいて、少し考えて、


「……ところで、なにをすればいいの?」

「探偵の真似ごとです。先輩は、鏡ひかりがここに一カ月ほど住んでいたと想定して、その痕跡を残すであろう場所を考えて頂きたいのです」

「わかった」


 とはいえ、僕になにができるとは思わないが……。


 あ。


「キッチン」


 すぐに思いついた。


「キッチンだよ。あいつはどんなに忙しくても、大変でも、料理だけはきちんと作ってくれていた。僕とどれだけ喧嘩してもご飯だけは手を抜くことがなかったんだよ」

「では、まずはキッチンですね」


 こうして雛菊と僕は、このペンションのなかを捜索し始めた。


 結果だけいえば、良好だった。

 キッチンの調味料は、ひかりがいた頃の家のそれと同じ並び方をしていて、まず間違いなくひかりがここにいたことがわかった。まな板の立てかた、必要以上に鋭く研がれてある包丁、食器棚のなかに食器を裏返しに置いてあるところもひかりの癖だった。


 日が沈むまで、僕たちはひたすらに探した。ひかりの髪の毛や服もいくつか見つかった。

 これでなにがわかるかは知らないが、雛菊はこれだけ集めれば大丈夫だと思ったようだった。


 海の向こうに完全に日が沈み、空には月が輝き始めてようやく、捜索は終了した。


「先輩、どうもありがとうございました」


 雛菊が電話で使用人を呼ぶと、スーツを着た数名の男たちがすぐにペンションに姿現して、あっという間に見つけたものをすべて持って行ってしまった。どうやらこれから解析するらしい。なにがしたいのか僕にはさっぱりだった。

 ペンションの二階部分の一番奥の部屋のところだけは木よりも高くなっていて、ベランダに出ると海と空が一望できる。


 僕が休憩がてらそこで夜の海と銀月を眺めていると、雛菊が入ってきて頭を下げた。


「そんな……僕はとくになにも」

「いえ。先輩がいなければ、そもそもあの男に切られていましたから」


 あ、そうだ。


「あの包丁男、雛菊は誰か知ってるの?」

「存じ上げません。なぜあんなところで私たちを襲ってきたのかはわかりません。それについては、私のほうで調査してみようかと思います。ただ……」

「ただ?」

「…………あのとき、私の耳に小さなつぶやきが聞こえた気がしたんです」

「つぶやき?」


 雛菊は自分の腕を抱えて、顔を青ざめさせていた。

 襲われたときの恐怖が戻ってきたように。


「……空耳かもしれませんし、単なる聞き違いかもしれませんが……」

「なんて聞こえたの?」


 銀月が雛菊の髪をまばゆく照らすなか、僕は震える雛菊の肩にそっと手を置いた。

 そうしてやらないとダメな気がした。

 雛菊は僕の手に自分の手を重ねて震えを止める。

 逡巡した後、言った。


「……『夢菜の兄貴だな。おまえも殺してやる(、、、、、、、、、)』、と……」






 僕は、凍りついた。

 

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