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世界中がスキルに目覚めた朝、俺は上司に怒鳴られていた ~レベル1社畜の限界労働サバイバル~  作者: 内村一樹
第2章 社畜生活、レベル2へ

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第7話 社畜、レベル2へ

 昨日の夜、俺は水瀬さんと神代先輩と飲みに行った。


 水瀬さんからは魅了スキルの相談を受け、神代先輩からは感覚強化の不調について相談され、ヒーラには腹が減った腹が減ったと頭の中で催促され、気づけば締めのラーメンまで食べていた。


 そして今。

 俺は布団の中で、社会人として最も切実な願いを抱いている。


「……あと五時間寝たい」

『睡眠時間、四時間二十一分。推奨睡眠時間を大幅に下回っています』


 機械音声のような声が、頭の中に響いた。

 アナだ。


「朝イチで現実を突きつけるな」

『体調管理は重要です』

「それを言うなら、出社という制度に文句を言ってくれ」

『出社制度への干渉権限はありません』

「使えないな、鑑定スキル」

『鑑定スキルは通勤拒否機能ではありません』


 分かってるよ。

 分かってるけど、朝くらい夢を見させてほしい。


『眠太さん、お腹は空いてませんかぁ?』


 今度は、おっとりした声が響いた。

 ヒーラだ。


 回復担当。優しい。声だけ聞けば癒やし系。だが、ヒールを使うと俺の腹がとんでもなく減るのだ。優しさって、タダじゃないんだなぁ。


「寝起きで健康診断と飯の催促を同時にするな」

『昨日はたくさん働きましたからぁ。朝ごはん、大事ですよぉ』

「その通りだけど、俺は今、朝ごはんより睡眠が欲しい」

『おにぎりと睡眠、両方あると素敵ですねぇ』

「社会人には両方ない日があるんだよ」


 俺は布団から這い出し、スマホを手に取った。

 通知欄には、ニュースと天気予報と、鬼頭課長からのメッセージが並んでいる。


 俺は現実逃避のためにニュースを開いた。


『移動系スキル通勤者が増加。首都圏の満員電車、わずかに緩和』

「……は?」


 思わず画面を二度見した。


 記事によると、スキル発現以降、跳躍、短距離転移、高速移動、浮遊などの移動系スキルを使って通勤する人が増えているらしい。その影響で、一部路線の混雑率が少しだけ下がったそうだ。


 もちろん、良いことばかりではない。


 屋根の上を跳んでいた会社員がアンテナに引っかかったとか、短距離転移した人がコンビニのバックヤードに出てしまったとか、高速移動中に曲がり角で電柱とぶつかったとか、事故も起きているらしい。


 だが、それでも。


「移動系スキル、ずるいな……」

『羨望を検知』

「そりゃ羨ましいだろ。会社まで一瞬で行けたら、あと二十分は寝られるんだぞ」

『通勤時間短縮による睡眠時間増加を希望していると推定されます』

「大正解だ」


 空を飛ぶ人間も、壁を走る人間も、転移する人間もいる。

 そんなスキルが手に入ったら、俺が最初に思うのは「あと二十分寝たい」である。


 我ながら夢がない。


『なお、移動時間が短縮された場合、出社時刻を早める企業も存在する可能性があります』

「やめろ。うちの会社が聞いたら絶対に真似する」


 俺は慌ててスマホを伏せた。

 鬼頭課長のメッセージは、見なかったことにした。


 見なかったことにしたかった。


 けれど、通知は消えない。


『朝イチで追加資料を確認する。出社したらすぐ対応しろ』

「……出社前から仕事が待ち伏せしてる」

『業務の存在を確認』

「確認しなくていい」


 俺はため息をつき、洗面所へ向かった。

 窓の外で、遠くのビルの屋上を誰かが跳び越えていた。


 移動系スキルだろう。


 スーツ姿の男が、鞄を抱えたままビルからビルへ飛び移っていく。


 すごい。

 完全にファンタジーだ。


 そして俺は、鏡に映ったアホ面を見ながら歯を磨いてる。

 この格差、何なんだ。


『眠太さんも、通勤頑張ってますよぉ』

「頑張りたくて頑張ってるわけじゃないんだよ」


 身支度を整えた俺は、いつも通り歩いて通勤した。


 出社とは、勤務開始前に行われる予備労働である。

 誰か、これを法律で定義してほしい。


 営業二課のフロアに入ると、いつもの空気が待っていた。


 鬼頭課長は朝から眉間にしわを寄せている。身体強化系の影響なのか、立っているだけで圧がある。机じゃなくて地面を踏み抜きそうだ。


 相沢先輩のデスクは、今日も異常に整っていた。書類、ペン、付箋、クリップ。すべてが美しく分類されている。


 その代わり、本人はマグカップを両手で包み、虚無みたいな目でコーヒーを見つめていた。


「おはようございます」

「おはよぉ、後輩君。今日も元気そうだね」

「ホントにそう見えますか?」

「さぁねぇ、適当言ったかも」


 よかった。元気そうに見えるなんて言われたら、ついに俺も社畜として大成しちゃったのかとか考えてしまう。

 そんなはずないと思いたい。


 神代先輩は、すでに席にいた。

 背筋は伸びている。髪も整っている。シャツの襟も乱れていない。


 だが、顔色が悪い。

 昨日よりも悪い気がする。


 水瀬さんは、外回り用の資料を確認していた。今日から神代先輩か相沢先輩に同行することになっているからだろう。少し緊張しているように見える。


「灰谷君、おはよう」

「おはようございます。今日、外回りですよね」

「うん。神代先輩についていく予定」

「……気をつけてくださいね」

「何その不吉な言い方」

「いえ、うちの会社が通常営業に戻るって、普通に考えて不吉なので」


 小声でそう言う俺を見て、水瀬さんは困ったように笑った。

 俺は自席に着き、PCを立ち上げた。


 朝イチの追加資料を確認しよう。

 神代先輩と水瀬さんの外回り用資料。

 相沢先輩の案件確認。

 そして、鬼頭課長からの社長報告用フォーマット変更。


 どれから手をつけても地獄なら、もはや順番に意味はない。


「アナ、頼む」

『了解。資料照合を開始します』


 視界に、いつものように情報が浮かぶ。

 品番。顧客名。過去案件。修正箇所。注意点。

 その瞬間だった。


『条件達成を確認』

「……ん?」

『蓄積経験値が基準値に到達しました』

「経験値?」

『灰谷眠太のレベルが1から2へ上昇しました』


 俺はキーボードに置いていた手を止めた。


「……俺、いつからゲームのキャラになったんだよ」

『スキル成長に伴い、鑑定機能が拡張されました』

「いや、待て。もっと根本的な説明が欲しい」

『追加機能を表示します』

「聞いてない」


 次の瞬間、視界が少しだけ変わった。


 営業二課の面々の頭上に、細い横棒のようなものが浮かび上がる。


 鬼頭課長の上には、妙に太くて濃い緑のゲージ。


 相沢先輩の上には、七割くらい残ったゲージ。ただし、横に小さく「カフェイン依存傾向」とでも言いたげな赤い点滅がある。


 水瀬さんは、だいたい八割。


 そして、神代先輩。

 ゲージが三割もない。

 しかも、じわじわ点滅している。


「……神代先輩、死にかけてません?」


 思わず声が出た。

 神代先輩がこちらを見る。


「灰谷。朝から縁起でもないことを言うな」

「すみません。でも、顔色が……」

「問題ない」


 即答だった。

 だが、その声は少し硬い。


『対象、神代恒一。肉体的残存体力、28パーセント。精神疲労、推定高』

「精神疲労も分かるのか?」

『レベル上昇に伴い、簡易推定が可能になりました』


 アナの声が淡々と続く。

 便利だ。

 そして、嫌な予感がする。


『ヒール機能も拡張されていますぅ』


 ヒーラの声が割り込んできた。


「ヒーラも?」

『はい。肉体の傷だけじゃなくて、心の疲れも少し撫でられるようになりましたぁ』

「言い方は優しいけど、能力としてはかなり危なくないか?」

『でも、嫌な上司の存在を消したりはできませんよぉ』

「それはぜひ実装して欲しいんだが」


 俺は神代先輩を見た。

 

 感覚強化のせいで、相変わらず眠れない日々を過ごしてるみたいだ。

 それでも神代先輩は、完璧な先輩でいようとしている。

 いや、してしまっている。


「神代先輩」

「何だ」

「今日は、例の状態確認しなくて良いですか?」


 神代先輩は眉をひそめた。

 だが、少し間を置いて、小さく頷く。


「……頼んでいいか?」


 その一言が、思ったより重かった。

 俺は深く息を吸う。


「それじゃ、あとで休憩室に行きましょう」

「そうだな」


 俺たちがコソコソと話しているところを鬼頭課長に気づかれたらまずい。

 あくまでも偶然を装って、休憩室に集まらなくては。


 とりあえず、コーヒーを注ぎに行くふりをした俺は、後から入って来た神代先輩と合流する。


「ヒーラ、頼む。ただし、やりすぎないでくれ」

『はぁい。そっと撫でるくらいにしますねぇ』


 その表現で本当に大丈夫なのか不安になりながら、俺は神代先輩に向けて意識を集中した。


 ヒール。


 神代先輩の周りに張り詰めていた見えない糸を、指先でそっと緩めるような感覚。

 次の瞬間、神代先輩が目を見開いた。


 視界のゲージは、三割弱から五割手前ほどに戻っている。


 完全な回復ではない。

 でも、少しだけ楽になったみたいだ。


 こうして回復具合が目で見て分かるのは、便利で良いな。


 なんて考えてると、俺の腹が盛大に鳴った。

 隙を見つけてコンビニに食料調達に行かないとだ。


「……助かった。礼を言う」

「いえ。お礼は食べ物でお願いします」

「分かった。何か買ってこよう」

「冗談だったんですけど、今の俺は冗談を現実にしたいです」


 神代先輩は水瀬さんと一緒に外回りがあるらしく、そのままそそくさと休憩室を出て行った。

 俺はというと、すっからかんになった腹を誤魔化すため、コーヒーをがぶ飲みすることにした。


 その時、アナの声が冷静に響いた。


『注意。カフェインの過剰摂取は推奨できません』

「仕方ないだろ。他に腹に溜まるものがないんだよ」


 明日からは、こういう時のために腹に溜まる間食を準備しておいたほうが良いかもしれない。


 その直後だった。

 背後から、低い声がした。


「灰谷」


 全身が固まる。


 振り向くと、鬼頭課長が立っていた。

 眉間にしわ。

 腕組み。

 背中に感じる圧。


 朝から満タンの体力ゲージが、やけに眩しい。


「今、何をしていた?」

「え? えっと、これは、その……」

「良いか灰谷! コーヒーも会社の経費なんだぞ! 一人でがぶ飲みする奴があるか!!」

「す、すみません!」

「今月の給料から2杯分を天引くからな!」


 ケチな課長め!

 なんて文句を言えるはずもなく。

 俺は仕事に戻るしかない。


 腹の中がタプタプする。

 それでも、空腹を凌ぐよりはマシだ。


 余計なことは考えず、仕事をこなしていると、いつの間にか昼休憩。

 調達したおにぎりを頬張りながら、スマホでニュースを見ていた俺はとある記事を見つけた。


『精神・感情系スキルの誤発動トラブル、各地で増加』


 精神・感情系スキルといえば、水瀬さんの魅了が思いつく。


 鑑定スキルを持ってない人たちは、自分のレベルを知る術が無いワケで。

 知らないうちにスキルのレベルが上がってることがあるかもしれない。


 もしそうだったら、非常に厄介なことになるかもしれないよな。


 水瀬さんが営業から帰ってきたら、ちょっと話してみたほうが良いだろう。

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