上長と上長が出会ったら
梨の香りがぷうんと香る。カウンターの奥には甕があるとか。あちこちの飯屋に酒を卸していて、うちの社食もここに頼んでいるらしい。
奥から出てきた親爺が、2本酒瓶をカウンターに置く。
「旦那、ご注文の品はこちらにございます。」
旦那って年かよ、って客みんなに言ってるだけだろうけど。ほら、領収書に上様って書くのと同じさ。
1本琥珀色の瓶。首がきゅっと締まり、中身を悠々と湛えている。ラベルには堂々とした書きぶりでイニスチャ村の酒とある。それに添えられた1枚の羽の絵。普通の形が懐かしさを誘う。人を殴るのにちょうどいい形だ。透き通っていて高級感がある。悪くない。
「これが南の、私の田舎の方のものでして、見てください。この色味、特別な砂を混ぜこむことで、これが出るのです。綺麗でしょう? もちろん見てくれだけではなくて」
ペラペラと良く回る舌だ。だがこれを聞くのはいつだって楽しい。中味の話をしないのは俺が興味ないから。良い感じのを見つけたら、いつも適当な人間呼んで飲ませてたからな。
「そっちは、どうなんだ。」
もう1つあって、そっちは赤茶色の陶器の瓶だ。はにわみたいな形。その上凝った色塗りがしてある。体には、もしゃもしゃ葉っぱに蔓。赤い花が。顔はぱっちりおめめとひょうきんに笑う口。割れものはそれほどでもないが、色物があると王道が映えるからな。10本に1本あると良い感じだ。ちゃんとセットした棚を眺めると、満足に浸れる。烏みたいだと笑われたが。
鞄を漁り、手触りの良い布が。取り出すと、紫の艶のあるそれが現れる。包みを開くと金色の円いもの。表にはぶつぶつとした果実が刻まれている。それが1山。
「これでいいか。」
「どうも、今後もご贔屓に。」
「また頼むよ。」
遠くには水のせせらぐ音。近くで葉はそよそよ、合い間にすうっと青い空が覗く。この街には公園がいくつかあって、ここはその内の1つ。人はあんまりいない。もしかしておっかないのがいるからみんな逃げただけのかも。
草っぱらの上に赤い絨毯を敷いて、ちびっちゃい女の子がぺたり座っている。仮面とか藍色の外套とか付けていない。青いシャツにロングスカート、今日は村娘然とした格好だ。
奴のお気に入りの椀に注いでやる。ラベルを上にとか、さすがにこっちでは言わないよな。いや、他の連中なら必要か。
「ありがとう。」
「手酌なんてさせないさ。」
奴は風に揺れる水面に鼻を少し寄せて
「良い香りね。」
「そうだな。」
それから薄くて紅い唇が含み
こくりと傾け
ほおっと息を吐く。
お返しにと、奴が瓶を傾ける。袖から細い腕が覗く。真っ白な肌には青い血管が見える。
向こうまで透ける流れがいつも使っている碗に。ちょっと前までは新品だったのが、今やくすんで、少し渋みが出ている。
飲めば、熟れた梨の香りとアルコールを包む柔らかい触感。それが、熱さを残して喉をゆったりと落ちる。
奴の膝の上に籠が。それを開くと
サンドイッチがところ狭しと詰められている。ちゃんと耳付きで、具材はハムに、菜っ葉に、酢漬けと色とりどり。酢漬けはいつも俺の好みの漬かり具合。口の中がきゅっとなるくらいがいい。
「仲睦まじい男の人と女の人は、あ~んって食べさせあうんでしょう?」
いたずらっぽく上目遣いにそう言ってくる。
奴が摘んだサンドウイッチに俺が食いつく。ペットに餌付けするみたいな絵面、さすがに
「冗談きついぜ。」
」
こそばゆいな。
菜っ葉に根菜、果物に、ハーブが通りを埋め尽くしている。生の水っぽい葉っぱの香りに、湿った土の匂い、鼻に刺さってくる芳しい香り、居並ぶテントの下で、元気に色んなのが商売に励んでいる。
囁かれるた通りに
「それくれ。」
菜っ葉を店のおばちゃんに頼む。
「あいよ。」
俺が食うんだよな。
「なにするんだ?」
「お漬物でしょう、サラダでしょう、おひたしでしょう」
ホントに楽しそうに言うな。
後は果物か、肉は現地調達だし、小麦は仕送りされてくるからな。
人影の中から見知った顔が現れる。
「奇遇ね。」
「そうだな。」
ジンが全くそう思ってもいなさそうな声で、言ってくる。見張られてた? いくらでも手段がありそうだから不思議でもないか。隠してもいないし。理由なんて、それこそいくらでもあるだろう。こちとら悪の組織の下っ端だからな。
ジンと、俺の横にいる女が目線を合わせる。
「紹介するよ、こっちはジンだ。」
一方はきっと仇でも見つけたように睨む。
「ジン、こちらはリイシェ。俺のお姫様さ。」
もう一方は悠然と見上げる。
小洒落た皿にはケーキだ。いいね。遠慮なくバターと砂糖が使われてておいしそう。お茶はハーブティーだな。黄緑色で、歯磨き3歩手前の爽やかな香りが漂う。
サテンの個室で、2人が差し向かい。
「お聞きしたいこと、あるのでしょう?」
「素直に答えるわけ?」
「私が知っていることは、ね。」
教えてもいいようなことしか知らないのか
「あなた達が、この歪な社会を治めている、そうよね?」
直球で行くな。場を温めてからって話題でもないか。そもそもそういう会話が成り立つ程、前提っていうか空気を共有できるとは思わないか。
「治めるだなんて。ただ君主達が、各々の権利を行使しているに過ぎないわ。それに私達は御すほどの人口はないもの。」
へー、始めて知った。とはいえ寿命長いから、どうとでもできそうだけどな。
「恒常的紛争、小麦の海外依存、海禁政策、この体制を作り上げたのはあんたらでしょ。」
「そうね。」
「どんな利益があるっていうの?」
「よく生きること。」
「……。」
「仕事を一生懸命熟を、よき人と共においしいご飯を食べる。それ以上のこと、あって?」
そんなアットホームでやりがいのある職場だったのか。知らなかったな。つーかこれははぐらかしているのか? 下っ端だからこれ以上の目的なんてないって? いややっぱ
「ごまかさないで。」
「義務よ。人々を守るというね。」
「豚のように飼うことが?」
「それこそ、最も存続の可能性が高いとしたら?」
「むしろ不安定になってるじゃない。」
「人は、その脚だけに依って立っているのではないのよ。力は、1つに集まり過ぎても、薄くなり過ぎてもいけないわ。」
力とはMPで、俺たちは大なり小なりこいつを持っている。んで、動くとこいつを消費する。そしてレベル上げをすると、MPも上がる。つまり雑魚を狩り尽くしてMPを上げまくって独占したら、みんな素寒貧。頭数増えすぎたら、全員貧乏。ってことか。そうなったらどうなる? あれか漫画版ナウシカみたいな。
にしても向こうもまあ、頑張るもんだ。俺ならそこまでできないね。やったところで楽しくはなさそうだし。少なくとも俺のゲームじゃない。そもそも地球人と比べると、見た目同じだけで俺達全員化け物じゃないのか? 経験値稼いだ分だけ強くなるなんてさ。
「あの子、おいしそうね。」
誰もいなくなった席を前に、横から囁かれる。




