耐性持ちは理不尽だ
状態異常、という観念がある。ロープレでよくあるやつだ。まひ、やけど、睡眠、とにかく相手に嫌がらせをする。今でもピコピコ状態異常技を連発していたことを思いだせる。無駄に強くて硬いあんちきしょうを、攻撃なんてしないでゆっくりと毒で嬲り殺しにする。そういうときに決まって感じていたのは
どこからか入り込んできた––納屋気取りのボロ小屋にはいくらでも隙間がある––蝿が不愉快な羽音を撒き散らしながら飛んでいる。
(でんじは)
と唱えるてみれば
羽虫が落ちる。小指の先くらいの汚らしいのが、ふと力が抜けて、呻くことも震えることもできずに地べたで固まる。
こいつを踏みつぶしてやると、水気をたっぷりと含んだ身体がむちゅりと靴と地べたの間ですり潰される。そしたら
経験値が手にはいる。殺しがいのある奴と比べれば小指の先ほどもない。最低保証もないからスライム以下だ。いくらもないとはいえ、なにかが増えるのはいい。いつかはレベルが上がるしな。
如何にも頼りない木が軋む音が聞こえる。そっちに目を向ければ
「なにしてるの?」
「クワ磨き。」
ちょうど日の当たるところで俺を見下ろしてくる女の子がいる。さらさらと風に揺れる金髪、村娘然とした白いシャツに赤いスカート。ただどこかコスプレ感というか、見合わないところがある。芋臭さが全くないからか。他の奴らはなんというか垢っぽい。
「サボりでしょ。」
「サボりだよ。」
「ならいいわ。遊び、いきましょう。」
淑やかな声音には、蔑むところなくて、むしろどこか楽しさが滲んでいる。
「いいぜ。」
これまたサボりにちょうどいい言い訳だ。
テクテクテクと歩く。この木からあの木まであの木からその木まで、短くなってしまった足で。地面の近さといったら。前はもう少し速く着いたじゃんないかと思ってしまう。それでも鬱蒼と暗い森の中を進む。昼間だというのに、犇めく葉がお日様を通さない。踏みしめる石に根っこに枝になんか。みなそれぞれ感触が違う。石は痛くて、枝はポキリと折れて。この森は近所の親父が酔っぱらっても歩いて横断したって言いはしない程度には広い。
「今日はどちらまで、お姫様。」
「いつも通りよ。」
「へいへい。」
後ろでのんびりと歩いている女がいつもと同じように返す。お姫様お気に入りの遊び場所がこの森の奥にある。
(でんじは でんじは でんじは でんじは)
見えてるやつに見えていないやつに、いるとこいないとこ向けてばら撒く。ppは今のところ18回。前よりは増えてる。畜生どもを殺してからだからレベルが上がったのだろう。熟練度はどうか。羽虫には当てられる程度だ。
「便利ね。」
「だろう。」
「おねえさまに聞いてみたの」
「手紙で?」
「ええ。」
こいつの家族って見たことないんだよな。森の洋館でハイソな暮らしでもしているんだろうか。少なくともこいつは、ガキ1人で暮らしていても困ってる様子はない。
「あなたのような人滅多にはいないんですって。」
「少しは、いるってことか?」
「ええ、光進のティルネッリ、灼けた流れのニェルサがそうなの。」
詠うように誰かの仇名をよぶ。どいつもこいつも旅の恥は掻き捨ててるようだな。それにしてもプレイヤーは一定数いるのか。しかも俺よりレベルが上で、場数を踏んだやつが。勝つためには割のいい敵が必要だが。
(でんじは、でんじは、でんじは)
後ろに向かってぶっ放す。
「んふ、効かないわ。」
効果が無い上にバレてやがる。エフェクトなしにこいつは分かるんだよな。俺なんか出したってことしか感じられないのに。
「くそ、なんでだよ。」
「なんでかしらね、どうしてだと思う?」
そりゃおまえが耐性持ちのクソボスだからだよ。
「さあな。理由とかあんの?」
犬歯を見せながら笑う。
洞の中を行けば、獣の臭いが顔を圧してくる。時折洗ってやってんだが、巣に染み付いているのはなかなか取れない。
「今日も遊びに来たわよ」
茶色くて、デカい毛玉に向かって楽しそうに言う。そう熊である。人殺すなんてわけないって具合のゴツいのが丸まっている。
そいつが大儀そうに起き上がって、なんとか気合を入れようとと大きく叫ぶ。割に広い洞穴を何度も反射して鼓膜を刺してくる。そしたら
ぶっとい前足が地べたを力強く踏みしめて
間合いを一気に詰め
鋭い爪を振り上げ
「元気ね。」
この女、素受けしてなんともない。高ステータス特有の理不尽な現象だ。実際目の辺りにすると居た堪まれない。
熊公だってまたこれだよ、とかわいそうな声を上げる。
(でんじはでんじはでんじはでんじは)
特に意味はないが、そのまま相撲を取ってる奴に向かって。分厚い爪が華奢な背中にめり込んでいるのに痛そうな素振りを見せない、そんなかわいらしい奴が一瞬後退る。そのまま熊が押し込もうとしても
逆に崩され
投げられる。
実に満足そうにする女金太郎。




