第二章 ごめんあそばせ!悪役令嬢です
ざわめき、後ずさりをする観衆の視線の先には、スカートの汚れをはたくわたしの姿。
そして、そのわたしの足元には、飛び蹴りを食らったふたりの男子生徒たちが伸びている。
フンッ、どんなもんよ。
飛び蹴りは、空手教室をしていた前世の父から教わったもので、五歳のときには習得していたわたしの得意技。
「また同じことしてみなさい。今度はかかと落としをお見舞いするわよ」
わたしは男子生徒の胸ぐらを掴んでそう告げると、空いた襟元からマリアの頭につけたイモムシをシャツの中に投げ入れてやった。
「マリア、安心しなさい。これに懲りて、もうこいつらもあなたをいじめたりなんかしないはずよ」
そう言って自信満々に振り返ってみたけれど、なぜかマリアは困ったように眉尻を下げている。
「あの、リリアお姉様…。せっかく助けていただき大変うれしいのですが、実は…その方たちではございませんの」
「…え゛」
予想外のマリアの発言に、わたしの口から変な声が漏れた。
そういえば、マリアをいじめているのは同じクラスの女の子たちだったと今になって思い出した。
「あー…。そういうことなら、もしかして…わたしの勘違い?」
マリアは気まずそうにこくんと頷く。
…しくじった!登校初日から、人違いでふたりもの生徒に膝蹴りを食らわせるなんて。
で、でも、わたしの愛しのマリアにイモムシをくっつけて喜んでいたんだから、当然の報いよね。
と、正当化しようと自分に言い聞かせてみる。
「ひとまず…。ごめんあそばせ〜」
一応、気絶しているふたりに謝ってみた。
しかし、もちろんそんなことでは許されず――。
「リリア・フォン・アルベール!」
突然、背後から大声で名前を呼ばれて驚いて振り返ると、お団子ヘアのつり上がった細長い眼鏡をかけた女の人が仁王立ちしていた。
「正門で暴れる野蛮な生徒がいると報告を受けてきてみれば。この状況は、一体全体なんなのですか!」
マリアからの耳打ちによると、この人は学院の生徒指導担当のシュタイン先生。
どうやら、他の生徒が呼びに行ったようだ。
「あなた!久々に…いや、初めて学校にきたかと思えば、登校早々にこんな騒ぎを起こして!」
シュタイン先生が金切り声を上げるも、わたしは冷静にコホンと咳払いをする。
「先生。お言葉ですが、訂正していただきたいことがふたつございます。まずはじめに、妹のマリアにちょっかいをかけてきたのはこのふたりです。わたしはそれを制止したまでです」
わたしは伸びているふたりに視線を落とす。
「そして、もうひとつ。野蛮な生徒というのは聞き捨てなりませんわ。こんなにも美しく可憐なわたしの、どこが野蛮に見えますの?そこは、撤回していただきたく――」
「お黙りなさい!」
シュタイン先生が噛みつくように言葉を被せる。
えー…、そこが一番訂正してほしいところなのに。
「とにかく話は職員室で聞きますから、わたくしについてきなさい!」
シュタイン先生にピシャリと叱られ、わたしは唇を尖らせる。
「ごめん、マリア。いっしょにいるつもりだったのに、なんか今から職員室に行かないといけないみたいで…」
「お気になさらないでください。私は本日日直当番でして、朝の準備がありますので先に教室に向かいますね」
「でも、それだとマリアをひとりにさせることになるじゃない」
それが不安だから、こうしてわたしがついてきたっていうのに。
「私なら大丈夫です。それよりも、シュタイン先生は生徒に大変厳しいで有名なので、私はお姉様のほうが心配です…」
自分の身よりも、わたしの心配をしてくれるなんて!
なんていい子なの…!
わたしはマリアのやさしさをひしひしと噛みしめながら、仕方なくシュタイン先生のあとについていった。
「あなたという生徒は、登校拒否というだけでも我が校の名に傷がつくというのに、他の生徒を飛び蹴りするなんて学院の風紀が――」
職員室で、わたしはこんこんと説教されていた。
このリュミエール学院は、将来王位に就く者や王妃となる可能性を秘めた王族・貴族階級のエリートたちが在籍する学び舎である。
ここでは、その身分にふさわしい教育と教養が徹底して授けられている。
そのため、卒業さえできれば他はテキトーでいいという考えで在籍だけしているわたしは、学院一の問題児のようだ。
さらには、登校早々に騒動も起こすものだからシュタイン先生はカンカンに怒っている。
しかし、マリアのことが心配なわたしは、先生のお説教なんて一切耳に入っていない。
教室でいじめっ子に会ってるかもしれないと思ったら、早くマリアのところへ行きたかった。
「ハイ、ハイ!先生、よ〜くわかりました!」
「…なっ。よ〜くわかっているなら、そんな軽い返事はできないはずですよ、リリア・フォン・アルベール!」
「ひとまず、令嬢であるならば慎ましくあれということですよね?」
先生の話をざっくりとまとめたら。
そのとき、1限の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「わたしは授業がありますので、これで」
「待ちなさい、まだ話は終わって――」
「ごめんあそばせ〜」
わたしはにこやかに微笑むと、シュタイン先生に背中を向けた。
「シュタイン先生に、あんな失礼な態度が取れるなんて…」
「さすが、噂通りの悪役令嬢」
職員室にいる他の先生たちが小声でささやくも、悪役令嬢という自覚があるわたしにはまったく気にならない。
「それでは失礼いたしました〜」
ペコッとお辞儀をして、わたしは職員室から出ていった。
早くマリアのいるクラスへ行かなくちゃ…!
そう思って勢いよく駆け出したはいいものの、少ししてわたしは足を止めた。
「え…っと、わたしのクラスって…どこ?」
そういえば、あの男子生徒ふたりが乱入してきたせいで、マリアに教室の場所を聞くのを忘れていた。
職員室に戻って聞こうとも思ったけど、広すぎる校舎のせいでどこからきたのかもわからない。
体験版ではごく一部の校舎しか解放されていなかったから、全体マップを把握できていない。
ふと窓から外を眺めると、ただっ広い学院の敷地内が一望できた。
円錐の屋根がついた城のような造りの校舎が並び、その向こうには先が見えないほどの芝生が広がっている。
まるでひとつの国のような学院の敷地内に腰を抜かしてしまった。
校舎なんて、行くところ行くところみんな同じ造りで、迷路に迷い込んだような感覚。
そして、ようやく教室にいるマリアを見つけ、自分のクラスが2年S組だということを知る。
たどり着いたときには、すでに1限終了の休み時間だった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
校舎内を駆け回ったせいで息が上がった。
本来なら少し息を切らすくらいかもしれないけど、病弱だったときの体そのままなのだろうか、スタミナがないことを自覚した。
教室の前で息を整えていると、マリアが自分の席でなにかをしているのが見えた。
よく見ると、新調したスクールバッグから裁縫セットを出して、ハンカチに糸を縫いつけていた。
また新たに、わたしのために刺繍をしてくれているんだ。
その健気な姿にわたしの胸がキュンとする。
そこへ――。
「あら〜?まだ、ハンカチの刺繍なんてしてるの?」
「他のみんななんて、先週すでに提出してるっていうのに」
「ほんと、あなたってやることなすことすべて遅いんだから〜」
巻き髪の赤髪ロングヘアの子を先頭にして、マリアの席を囲むように三人の女の子が立っていた。
「もしかして、また“オネーサマ”にあてた刺繍を?」
「この前、ボロ雑巾のようにしてやったっていうのに、懲りない子ね〜」
三人はマリアを蔑むようにクスクスと笑っている。
マリアの怯える様子からしても、この三人がいじめっ子たちだ。
…許せない。
すぐにでも怒鳴り込みに行きたいところだったけど、まだ呼吸が整わない。
「そういえば、不登校だった双子のオネーサマが今朝こられたと聞いたけれど、結局お帰りになられたのかしら〜?」
赤髪の子がうつむくマリアの顔を楽しそうに覗き込む。
「ヴィオラちゃん。噂によるとそのオネーサマは、きて早々に騒動を起こして、シュタイン先生に連れて行かれたと聞きましたわ〜」
どうやら、赤髪の女の子はヴィオラという名前のようだ。
「あら〜。それだったら、今日はもう教室へはこられないんじゃないの?」
「そうね。あのシュタイン先生のお説教ですもの。放課後までこっ酷く――」
「わたしがなんだって?」
カチンときたわたしが教室のドアを蹴飛ばすようにして開ると、その場にいたクラスメイトたちは一斉に振り返った。
「…だ、だれ?」
三人組がぎょっとしてわたしを見つめる。
「先ほど、わたしのお話…してくださっていましたよね?」
わたしはニヤリと微笑みながら視線を送った。
「まさかっ…」
「「…リリア・フォン・アルベール!?」」
三人は瞬時に顔を引きつらせた。その表情がまた、わたしにとってはおいしくて思わず不敵な笑みを浮かべてしまう。
「わたくしのことをご存じだなんて。とっても光栄ですわ」
これでもかというくらいにっこりと微笑み、立ち居振る舞い美しく、ゆっくりと歩み寄る。
「お姉様…!」
「遅くなっちゃってごめんね、マリア」
強張っていたマリアの表情が緩む。
「あなた…、どうしてここへ。シュタイン先生に連れていかれたはずじゃ――」
「あら?わたしがここにいると、なにかまずいことでもありますの?わたしもこのクラスの生徒なのですから、どうぞ仲よくしてくださいまし」
そう言って、わたしは彼女たちと固い握手を交わした。
固く、固く、骨が折れるくらいに…。
「…い、痛い!なにするの!」
「え?ただの握手ですけれど?」
きょとんとして、とぼけてみせる。
握力には自信がありますので。
それに、マリアが受けた心の傷はそんな生易しい痛みじゃないけどね。
「…それにしてもリリアさん、どうして今さら学院へ?」
「フフフ、マリアから聞きましたの。このクラスには、楽しいお友達の方々いると。ですから、わたしもきてみたくなって」
わたしは、彼女たちから視線を外すことなく一歩詰め寄る。
「どうやら、妹のマリアがいつもお世話になっているようで。例えば…」
小さく呟いたわたしは、教室の窓際に飾られていた一輪挿しの花瓶を手に取ると、ヴィオラの右隣にいた女子生徒のもとへ行き――。
「マリアを水たまりに突き飛ばしたり」
そう言って、頭の上から花瓶の水をかけてやった。
「…きゃっ!なにするのよ…!」
驚いて、その生徒は尻もちをついた。
「それに、マリアのスクールバッグが壊れるくらいにボロボロにしたり」
そうして次は、反対側にいた女子生徒の肩からかけていたポシェットに手を伸ばすと、思い切り肩紐の留め具の金属部分から引きちぎった。
「いやぁぁああああ!!わたしのポシェットがぁ…!!」
悪役令嬢のわたしにとっては、その悲鳴ですらもいい響き。
残るはヴィオラ、あなたよ。
わたしはヴィオラの手にそっと自分の手を重ねる。
本当ならマリアがしたケガのように、この白くて美しい手の甲に同じ擦り傷をつけてあげたいところだけど――。
「それだけじゃなく、マリアが一生懸命につくったハンカチをズタズタにしてくれましたわよね」
それを聞いたヴィオラは、鋭い目つきでマリアを睨みつける。
「マリア、あんた!チクったわね――」
と言いかけた彼女の両頬を、わたしは片手で鷲掴みにした。
「わたしがいないのをいいことに、大事な妹をいじめてんじゃないわよ。ダサいことして、あんた、それでもご令嬢?」
「…な、なによ。悪役令嬢なんかに言われる筋合いなんて――」
「マリア、ちょっとこれ借りるわね」
わたしはマリアの手から糸がついた針を抜き取ると、ヴィオラの目の前でチラつかせた。
「いい加減、そのはしたない口を塞がないと、わたしが縫い合わせちゃうわよ?」
口角がつり上がるくらいニンマリとしてみせると、ヴィオラたちの顔から血の気が引くのがわかった。
「あんた、頭おかしいんじゃないの…!?」
「パパに言いつけてやるんだから〜!」
ヴィオラのそばにいたふたりは泣きべそをかきながら出ていった。
ヴィオラは他のふたりとは違って、わたしに向かって悔しそうに舌打ちをする。よほどプライドが高いようだ。
「…覚えてなさい。あんたなんて、明日からまた学校にこられなくしてやるんだからっ」
ヴィオラは意味深な捨て台詞吐くと、そばにあった机を蹴飛ばしていった。
「おー、こわ。わたし以外に野蛮なご令嬢、他にもいるじゃない」
ヴィオラの後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「それにしてもマリア、大丈夫だった?」
「はい、お姉様のおかげです。ありがとうございます」
そう言って、マリアはまた反則級のかわいらしい微笑みを見せてくれる。
それだけでわたしは励みになる。
「でもお姉様、ヴィオラさんのさっきの言葉…」
「ああ、気にしなくてもいいんじゃない?どうせ、負け犬の遠吠えよ」
しかし、そのヴィオラの言葉の意味がランチタイムでわかることとなる。
結局、あの三人はそのあとの授業を欠席した。体調不良がどうとかで。
「…大丈夫でしょう。私がなにか、お風邪でも移してしまったのでしょうか…」
「そんなの、マリアが気にしなくてもいいの。ただの仮病だろうから」
ひどいことをしてきた三人だというのに、本気で体調を心配するマリアの心が美しすぎて泣けてくる。
ランチタイムは、マリアが食堂へと案内してくれた。
その途中で、廊下の端から甲高い声が聞こえてきた。
「三銃士よー!」
それを聞くなり、一目散に女子生徒たちが走っていく。
「な、なに…?」
人の並みに飲まれそうになって、慌ててマリアと廊下の隅に避難する。
「何事?」
「三銃士ですわ、お姉様。一目見ようと、皆様こうして走っていかれるのです。リュミエール学院では恒例の光景ですよ」
「三銃士…?」
…あっ、そういえば。
リュミエール学院には、超絶イケメンでハイスペックを持ち合わせた三人の王子がいる。
彼らは学院では“三銃士”と呼ばれ、他の生徒たちの憧れの存在だ。
そして、その三人はヒロインのマリアが学院で恋する婚約者候補たち。
わたしが知る限りのプリアカ体験版の知識によると。
そうとなれば、マリアが出会わなくてはならない人物たちだ。
「マリア!わたしたちも行きましょう!」
「えっ…?」
わたしはマリアの手を握ると、生徒たちが向かう方向へと流れていった。
バルコニーにたまる人混みからなんとか顔を出すと、広場でくつろぐ三銃士の姿が見えた。
ベンチで読書をする、銀髪の長髪をひとつに束ねたイケメンはアラン。3年生。
そして、その横で木によじ登り懸垂をしている、青色の短髪をしたイケメンはカイヤ。同じく3年生。
さらに、その木の根元にまるで猫のようにひなたぼっこを楽しむ、ピンク髪の緩めパーマのイケメンはリオ、1年生。
体験版では、彼らと少し話しただけのところで終わってしまった。
これからマリアには、三銃士とのあんな恋やこんな恋がたくさん待っているんだ。
「マリア、三銃士をしっかりと目に焼きつけておきなさい。あなたの婚約者候補たちなんだから」
「お姉様、急になにを…!?三銃士は、私にとっては雲の上の方々だというのに…」
なにも知らずに謙遜するマリアを見て、わたしはにやけが止まらなかった。
今はそう思うでしょうね。でもね、わたしがきっと彼らの中のだれかと結ばせてあげるから。
なぜかわたしの鼻息が荒くなった。
だけど、この学院には三銃士のスペックと同じくらい…いや、それ以上の生徒も存在するのだとか。
“キング”と呼ばれ、その正体は謎に包まれているけど、どうやら学院の陰の支配者らしい。
そういえば、プリアカにシークレットキャラがいたようないなかったような。
ただ記憶が曖昧だし、三銃士のスペックだけでマリアには十分にふさわしいから、気にしすぎるのはやめよう。
寄り道してしまったけど、そのあと食堂へとやってきた。
でもそこは、わたしが想像していたようなところとは違った。
扉を開けると、ダンスホールかと思うような広さの空間に、真っ白なクロスを敷かれた丸いテーブルが等間隔で並べられ、見上げるほど高い天井には食堂を柔らかい明かりで照らす大きなシャンデリアが吊り下げられていた。
料理はすべてバイキング形式で、高級ホテルかと思うほどにどれもおいしかった。
ステーキやローストビーフなど、入院中に食べられなかったものを中心に、わたしは思う存分ランチタイムを楽しんでいた。
「おいしい…!すごくおいしい…!」
「リリアお姉様ったら、学食で涙を流されるなんて、そんな方初めて見ましたわ」
感激のあまり涙するわたしを見て、マリアはクスッと笑った。
「ごちそうさまでした」
デザートのケーキと紅茶まで楽しんで、マリアは静かに手を合わせた。
「あれ?マリア、もう食べないの?」
「はい。もうお腹いっぱいで」
お腹に手を添えるマリアだけど、わたしの半分ほどしか食べていないような気がする。
いや、わたしが食べすぎなだけ?
「わたしもデザートまで食べたけど…。やっぱり最後に、サーロインステーキだけもう一度!」
そう言って、再びステーキを取りに行こうと席を立ったときだった。
周囲がざわつき、なぜか視線がわたしに向けられた。
なにか変なことでも言っただろうか。
しかし、そばにいるマリアも顔を引きつらせて固まっていた。
「お…お姉様、後ろ…」
「後ろ?」
マリアが怯えながら指さすものだから、わたしはくるりと振り返った。
すると、そこにいたのはそり立つ壁のようにしてわたしを見下ろす大柄な男。
引き締まった筋肉質の体のせいで、シャツがピチピチでボタンが弾け飛びそうだ。
規格外の体の大きさだけど、制服を着てるってことはリュミエール学院の生徒だろうけど…。
「お前がリリア・フォン・アルベールだな?」
「そうだけど、なにか用?わたし、サーロインステーキを食べたいのだけれど、そこ、どいてくださるかしら?」
そう言って、男を押しのけようとしたけれど、その腕を握られた。
「ちょっと表に出てもらおうか」
「構わないけど、ステーキ食べる時間は残しておいてよね」
わたしは、男について行くことにした。
しかし、慌ててマリアが立ち上がる。その拍子にイスが倒れる。
「どうかしたの?マリア」
「お姉様、行ってはいけません…」
「行ってはいけないって――」
「いいから、こい。時間がないと言ったのはそちらだろう」
そうだった。早く用事を済ませてステーキを食べないと。
「じゃあ、マリア。ちょっと行ってくるわね」
わたしはマリアに手を振った。そんなわたしをマリアは心配そうにずっと見つめていた。
連れてこられたのは、人気のない裏庭。
「で、あなたはだれなの?」
「オレの名前はグレイヴ。ヴィオラ様に仕える戦士だ」
聞くと、ヴィオラの家に代々仕えているナイトの家系らしい。
リュミエール学院にはナイト志望のコースもあるから、そこの生徒だ。
グレイヴはナイトといっても、馬を操り剣や槍で攻撃するようなタイプとは違い、パワー自慢の戦士のようだ。
ヴィオラが仕返しにと、グレイヴに頼んだのだろう。
『…覚えてなさい。あんたなんて、明日からまた学校にこられなくしてやるんだからっ』
あの言葉の意味はそういうことだったのかと、ここでようやく理解した。
「で、そのグレイヴさんがなんの用?」
「ヴィオラ様にひどいことをしたお前を許すわけにはいかない。ヴィオラ様に代わり、オレが制裁を下す」
そう言うや否や、グレイヴはわたしに握り拳を振り下ろしてきた。
すばやくかわしたけれど、グレイヴの拳によって地面にヒビが入っていた。
なんて力…。マリアや周囲が怯えるのにも納得がいく。
「どうだ、オレの力は。これでもまだ半分しか出していない。お前がヴィオラ様に謝罪し、ヴィオラ様の下僕になるというのなら許してやってもいいぞ」
グレイヴは大口を開けてのんきに笑っているが、わたしは小さく舌打ちをした。
「は?謝る?わたしがヴィオラに?ふざけるんじゃないわよ」
そう吐き捨てると、わたしは拳を構えた。
「なんだ?オレの真似事か?やめておけ。軟弱そうな見た目のお前がオレに勝てるわけないだろ――」
その瞬間、グレイヴのみぞおちに思い切り拳をめり込ませた。
「…くはっ!」
苦痛の声を漏らしたグレイヴが地面に膝をつく。
「悪いけど、見た目で判断しないほうがいいわよ?」
わたしは余裕の笑みを見せると、グレイヴに向かって立てた人差し指をクイクイと曲げた。
武道一家で、これまで空手、剣道、柔道などを教えこまれてきたけれど――。
実はわたし、個人的にはボクシングが大好きなの!
前世で密かに鍛えていたボクシング技を次々と繰り出す。素早いわたしの攻撃、グレイヴは手も足も出ない。
動体視力にも自信があるわたしは、グレイヴの拳なんてまるでスローモーションのように見える。
そして最後は、前世の兄から教わった柔道の背負い投げでトドメを刺した。
わたしは気絶するグレイヴを横目に、手をパンパンとはたいた。
「さ〜て、早くステーキを食べに――」
そう言って、グレイヴに背中を向けたときだった。
「まだ勝負はついていないぞぉ!!」
突然グレイヴが立ち上がり、そばにあった太い木の枝を持って襲いかかってきた。
「…ちょっと待って!武器を持ち出すなんて反則――」
と言いかけたけれど、意表を突かれてかわせる体勢でも、反撃できる体勢でもなかった。
しまった…。
心の中で呟いた――そのとき。
「ナイトだっていうのに、素手のルールを破って背後を襲うなんて、さすがにそれはねぇだろ」
わたしの目の前にだれかが割って入ってきて、グレイヴを一撃でのしてしまった。
風になびく前髪をかき上げ、切れ長の目がわたしを捉えた。
闇を落とし込んだかのような黒の瞳に、わたしは思わず目を奪われた。
もしかして、わたしを助けてくれた…?
彼は一体――。




