001 記憶のリセット ~村人Aから勇者へ~
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<シルヴァーナ>
勇者養成アカデミー「ソウルヴァース学園」。その最底辺、嘲りを込めて「村人Aコース」と呼ばれる場所で、ロウィンは己の無力さを噛み締め、耐えがたいほどのいじめに打ちひしがれる日々を送っていた。
周囲の生徒たちが、眩いばかりの才能で難関試練を次々と突破していく中、ロウィンは一度たりとも成功をつかめない。そのたびに浴びせられる嘲笑と罵声は、彼の心を深く抉り、やがて誰も彼に目を向けることさえなくなった。「希望」という言葉は、彼の辞書から消えかけていた。
うつむき、ロウィンはか細い声で呟いた。
「みんなは輝いているのに、俺はただ足かせになっているだけだ……」
幾度も繰り返された挫折の記憶が濁流となって押し寄せ、『俺は勇者になれない』と呪いのように言い聞かせていた。
その時、背後から柔らかな声が響いた。
「また一人で悩んでいるの?」
振り返れば、そこにいたのは幼なじみでダークエルフのシルヴァーナ。彼女は「スペシャル勇者コース」のトップエリートとして学園で一目置かれる存在でありながら、いつもロウィンのことを気にかけてくれた。
シルヴァーナは優しく続けた。
「そんなに自分を責めてどうするの? 本当に自分に勇者の才能がないと思っている?」
ロウィンは目を伏せたまま、諦めをにじませて答えた。
「俺はみんなみたいにはなれない。村人が、俺の居場所なんだ……」
束の間の沈黙が、重く二人の間に横たわった。やがてシルヴァーナは、そっとロウィンの肩に手を置き、静かに語りかけた。その声には、確かな温もりが宿っていた。
「それはただの思い込みよ。あなたはまだ、自分に眠る力に気づいていないだけ」
そう言って、彼女は照れくさそうにポケットから、仄かな光を放つ球体を取り出した。それは勇者養成RPGゲーム『吾輩は異世界から来たニャン娘なり!』だという。
「これを使えば、あなたの中に眠る力が目覚めるかもしれない」
戸惑いながらも、ロウィンは恐る恐るその球体に手を伸ばした。触れた瞬間、強い光が周囲を包み込み、空間がぐにゃりと歪んでいく。視界が白く染まり、やがて目の前に広がる景色は、見覚えのないものへと変貌していた。
「あっ!」
気づけば、目の前には巨大な城壁がそびえ立ち、その向こうには勇者たちが闊歩し、魔物が跋扈する荒野が果てしなく広がっていた。
『ようこそ、ロウィン。あなたの冒険が今、始まる』
視界に浮かび上がったメニュー画面には、彼の名、能力、そして手持ちの道具が表示される。そして、その画面に、新たな選択肢がゆっくりと現れた。
『記憶を消去し、勇者としての潜在能力を引き出します。過去の記憶や経験は失われ、新たな冒険が始まります。リセットしますか?』
心の中で激しい葛藤が渦巻く。過去を消し去るのか?しかし、その重い問いかけの中、ロウィンの脳裏にシルヴァーナの言葉が蘇った。
「あなたにはまだ気づいていない力がある。だから、信じてみて」
その言葉が、彼の背中を優しく押した。
深く息を吸い込み、ロウィンは決断を下した。
画面のボタンを押した途端、世界は再び強烈な光に包まれた。目を開けた時、そこには、まさに新たな冒険の舞台が広がっていた。
(この先、何が待ち受けているのか……だが、今はただ、この一歩を踏み出すのみ)
ロウィンは、過去の重荷を脱ぎ捨て、新しい自分として、未知なる冒険の道へと、確かな足取りで歩み出した。
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