第三十一話:文化祭
「人多いね」
「そうだな」
晴輝たちは中庭を通り体育館下を賑わせている模擬店街を歩いていた。
模擬店と言っても飲食店だけではなく、子供をターゲットとした射的やくじ引きなどの出店も多くあった。
久保からの頼みで少し遅めの昼ご飯を横の女子と買いに来たわけだが・・
(こいつ、こんな格好でよくバレないと思ったよな)
自分の隣を歩いているのは男装の衣装の上にオーバーサイズのパーカーを着た学校一有名な女の子だ。この子自身『身バレ防止の為』と言ってフードを被り、顔が見えないように歩いている。
そのはずだが先ほどから明らかに視線を集めていた。まぁ、当たり前かと納得する。
岡村は気づいていないかもしれないが、まず顔を隠したところで体のフォルムは変えられない。しかもその大きめのパーカーから滲み出てしまう美少女感が『岡村玲奈』ということを助長しているようにも思える。
晴輝自身も岡村と同じ格好をしていたが二人ともフードを被っているのは逆に目立つと思い、すぐにそれを取っ払った。
周りからは「あの細い子だれ」や「横のやつ彼氏かな?そうじゃないなら・・」などとプールの時ほどではないが俺たち二人の事についてだろう会話が嫌でも耳に入ってくる。
「ねぇ、あれ食べたい」
そんなことはそっちのけの彼女が指差す方角には黄色い看板でいかにも女子や子供に人気のありそうなチョコバナナの模擬店だった。
「チョコバナナか。いいな」
案の定店の前には何組かの待ちができていた。
その列に並び、金券の準備をする。学生主体の文化祭といえど現金での会計はトラブルになりかねないため、先週に仮想通貨もどきの金券を買わされていた。
チョコバナナは一本200円分のため、2本分の金券を手に握った。
「2本も食べるの?」
「そら2人だから2本だろ、普通」
「未来たちのご飯の金券も残さないとだし、色々食べたいから分けっこでいいじゃん」
「えっ、それは・・」
「なに?」
「・・いや別に」
岡村の言い分は『間接キスなんか普通でしょ』ということだ。世の高校生はそれくらい当たり前なのだろうが自分は違う。
しかも一応、この子は『好きな人』だ。そんな子との間接キスなんてご褒美ものだろうが、ご褒美だからこそ自分の気持ちが露見しないか心配なのだ。いや思考と言った方が正しいかもしれない。
「美味しそう!」
岡村は右手にチョコバナナ、左手にスマホを持ち、シャッターを切ってからそう嬉しそうに笑顔を見せた。
「・・そうだな」
「じゃあいただきまーす」
岡村玲奈がそれを口へと運ぶ。
(これはバナナこれはバナナこれはバナナ。そう、ただのバナナ)
倫理的にアウト想像をしてしまった。その男子なら想像してしまうものを心の中で払拭する。この子はそんな目で見てはいけない、と。
「予想通り美味しいー!一ノ瀬も食べなよ」
「え、そう食べるのか?」
「ほら、はーやーくー」
割り箸に刺されたその棒状のものを差し出される。これは夏のプールで地獄絵図を繰り広げていたあのカップルと同じことを要求されている・・これもご褒美だけど。
「んー確かに美味しいな」
ここまで全く味がしなかったチョコバナナは初めてだった。
自分の心拍と岡村の顔を見ていたせいで味覚の神経が壊滅していた。
今となっては天使に見えるこの女子高生と間接キスからのアーン。こんなもの味わえと言う方がどうかしている。
「でしょー。そういえばクレープもあるらしいからそこも行きたい」
フードから覗かせる顔は楽しそうな表情が絶えない。
この子のことは好きだが、今はそれ以上にその笑顔に幸せを感じられている。この笑顔を見れるならいくらでも買ってあげられるほどに自分は今満たされている。
「わかった。行こうか」
「ごめん、ちょっとトイレ行ってきていい?」
クレープを買いに行き、その後タピオカミルクティーを買った。晴輝はミルクティーが昔から苦手なため、買った後に「ごめん」と謝った。
それから伊織たちのご飯を順番に買って行った。伊織は焼きそば、久保は卵とニラを使った中華丼、レディース2人は岡村に連絡があり、フランクフルトを2本購入した。
いざ体育館に向かおうと言う時に岡村からそう言われた。まぁ、ライブが始まってからは外には出にくいだろうから今行くのが賢明だろう。
「わかった。この辺で待ってるよ」
岡村をそう送り出し、少しの間だけ再びボッチとなった。やはりこうなれば自分のお友達はスマートフォンしかいない。
「ママ・・」
お友達と対面しようとした時に左の方から啜り泣く声が聞こえてきた。
その発声元は自分の目線の遥か下から聞こえてきた。
左を見るとくまの人形を持った幼女が泣きながらフラフラとこちらへ歩いてくる。
「ママ、どこぉ?」
明らかに迷子だ。うちの学校の広さは普通の県立だが、行事ごとになればこの規模では明らかに小さいため人口密度が一気に上がる。そのため小さな子供の迷子も多発している。
幼女はそのまま晴輝の真横まで歩いてきた。幼女と目が合うが警戒されているのかすぐに目線を逸らされた。
と思ったがその子は晴輝のズボンの裾を掴み、下を向きながら「ママ・・」と弱々しい声で呟いた。
幼女の視線の高さまで腰を下ろし、ゆっくりと語りかける。
「ママとはぐれたの?」
幼女は下を向いたまま大きく首を縦に下ろした。
ここまで知らない人に頼るほどかなり不安だったんだと察する。見た感じ年齢は4歳くらいで会話はある程度出来そうだった。
「じゃあ、お兄ちゃんがママのところに連れて行くよ」
「・・ほんと?」
「うん、本当だよ。約束」
幼女は顔を上げ、先ほどより不安の色は消えていた。自分の小指を差し出すと「やくそく!」と言って小さな指を絡めてきた。
「お名前言える?」
「えま!」
岡村玲奈目線。
玲奈はトイレの鏡で身なりを整えていた。
今日は特別な日だ。初めて人前でのデート(仮)ができている。最初は断れかけたけど、なんとか上手くいった。
しかも地味にというかペアルックもできてしまった。
色んなところを回れて本当にカップルみたいだった。
(まぁ、これもみんなのおかげなんだけど・・)
昨日、一人のクラスメイトから告白された。
普段なら大体相手の気持ちに気づく場合が多いけれど、ある人に気を取られていたせいか気づけなかった。
私はその告白を断った。今までの告白とは180度違う理由で。
だけど、その男子は意外にも落胆する様子も驚いた表情もしなかった。
どちらかといえば穏やかな表情をしていた。
その一件のやりとりが終わった後、告白をしてくれた男の子と共にクラスの模擬店場所まで戻っていた道中でのことだった。
『さっきの好きな人って一ノ瀬だろ?岡村さん』
『えっ?』
急な問いかけに思わず声が裏返る。
『・・いや、そんなんじゃ』
「ははっ。嘘つくの下手くそだなー。まぁ、ネクタイで分かったんだけどな」
『ネクタイ?』
『そう。先生から支給されたものと俺らのは全く一緒のネクタイなんだけど、一ノ瀬のは俺が前にコーヒーをこぼしたんだよ。ネクタイの先にシミが付いてるだろ』
そう言われ、ネクタイに目を向けると先端に微かに黒いシミがついていた。
『・・そうなんだ』
『あ、ごめん。勝手に詮索して。でもそれを分かってて告白したんだけどな』
『どうして?』
『だって、好きだからそれを伝えたいし、伝えたところで岡村さんとは友達でいれるだろ?そんなのするしかないよ』
久保ははにかんだ笑顔を見せた。
今まで告白を断ってきた相手やその周りからは嫌がらせや気まずい空気が必ず漂っていた。
だから、初めてだった。断った後でもそう言ってくれる人は。
『よし、じゃあこれから俺たちは友達!岡村さんの恋、応援するぜ!』
『いや、でも・・』
久保はまたこちらに笑いかける。
私が言える立場ではないが、それは久保君にとって辛いことなんじゃないだろうか。一ノ瀬とも仲がいいのに彼らの仲を裂きたくはない。
『言ったろ?友達だって。しかも好きな人がいるの分かってて告白したとも言った。振られたら応援するって決めてたし』
こんな善人が存在するんだろうかとその時思った。自分は報われない立場だと分かっていて、気持ちを蔑ろにされて、それでも友達と言ってくれて。
『久保君、私好きな人できたのが初めてで、分からないことだらけで不安だった。だから、そう言ってくれて嬉しい』
『よかった。だから応援させてくれ。多分、小谷とかも気づいてそうだけどなー』
『え、それほんと?』
『割とほんと』
身なりを整えた後、トイレを出た。
一ノ瀬が部室棟の下辺りで待っているから少し急がないと。ライブももうすぐ始まってしまう。
「あれ、どこ?」
一ノ瀬が見つからない。目を凝らしても、あたりを見渡しても、どこに移動しても見つからない。
スマホを取り出し、確認するも何も連絡は来ていない。
(もしかして飛ばれた?)
いや、一ノ瀬ならそんなことはしない。多分、そう。
どうせあいつもお手洗いだろうと5分ほど待ったけど連絡は来ないし、あいつも来ない。
自分が気に触ることでもしたのだろうか?だけどそんな自覚はないし、今日のあいつを見ていてもそんな素振りはなかったはず。
「どこ行ったのよ・・」
「待ってる」と言ってたのに待っていなかったショックは大きかった。
その時・・
「君、誰か待ってるの?それとも一人?もしそうなら俺と遊ばない?」




