第三十二話:だからこそ
「君、誰か待ってるの?それとも一人?もしそうなら俺と遊ばない?」
部室棟から校舎に繋がる階段に腰を下ろし、落胆しているとそう声をかけられた。
顔を上げるとそこには見知らぬ男の顔があった。
ピアスを両耳に2つずつ開けているあたり大学生か社会人、とにかくうちの学校の生徒でないのは分かった。
相手の顔を見上げて気づいたことがあった。
やけにさっきより視界が広い。頭に手を置くとフードを被るのを忘れていた。
先ほどまでは少し視線を感じる程度だったが今はこのざまだ。
「大丈夫です。人を待っているので」
「えぇ、いいじゃん。さっきから誰も来ないじゃん。実は一人なんでしょ?」
「違います」
はっきりと言い切るが内心は焦っていた。実際に今はぼっちで自分がトイレに行っている間に飛ばれた可能性がある。
これはまた俗に言うナンパだ。正直、文化祭でナンパをしてくる年上の人間がいるとは思わなかった。
しかも一度断っても引き下がらなかった。ナンパに慣れていない人は一度首を振れば軽い謝罪の言葉を残して引き下がることが多い。
逆に場数を踏んでいる人は合宿の時みたく中々にしつこい。
「君、本当にかわいいね。こんなところじゃなくて校外で遊ぼうよ」
「行きません。私、ここの学校の生徒なので」
「なんでも奢るからさ、さぁ行こう」
「いや!やめてください!」
「いいじゃんか。楽しいって」
ピアス男に腕を掴まれて強引に引っ張られる。
(男の人ってみんなこうなの?)
見知らぬ女子に片っ端から声をかけて強引に連れて行こうとする。
本当にあり得ない。ナンパをする奴の気がしれない。
「ほんとに先生に・・」
「すいません、こいつ俺の連れなんですよ」
「あ?」
お決まりの脅し文句を言おうとしたらピアス男に掴まれている反対の手をまた誰かに掴まれた。
驚いて振り返るとその手には痛々しい絆創膏が何箇所も巻かれていた。
掴まれているところから相手の体を目で辿っていくとそこには自分が『最も求めていた人物』がいた。
「あ?じゃなくて、こいつ俺の友達なんでナンパとか遠慮してるんですよ」
一ノ瀬は私の手を握る力を強めた。
「誰だよお前。てか友達ってことは彼氏じゃないよな。じゃあお前は引っ込んでろよ」
ピアス男は声をかけてきた時とは別人のような低い声と眼光で威嚇している。逆に一ノ瀬は穏やかな眼差しで相手を見つめていた。
「彼氏かどうとか関係ないじゃないですか。友達が知らないお兄さんに連れて行かれようとしてるのに止めない理由はないでしょ。それにこいつは今、俺と文化祭回ってるんで」
そう言われ急速に耳まで熱を帯びていく。事実は事実だがこうもはっきり言われると恥ずかしくなる。
「は?こいつと?まじ?」
「・・はい」
俯きながら答えるとピアス男はゆっくりとその手を離した。
「まじかー。こんなやつと回ってたのか。俺は見る目ある方なんだけど、今回はダメだったみたいだわ」
(は?)
この男、一ノ瀬を今貶した。一瞬見ただけで貶した。見た目だけで判断して、こうゆう人間が最も嫌いだ。中身を見ようともしない、一ノ瀬のことなんて何にも知らないくせに。
「岡村、もう行こう」
「でも・・」
一ノ瀬に手を握られ校舎に入ろうとする。小階段を登り切ったところでまたあの男の声が耳に入ってきた。
「正義のヒーロー君、その子のこと好きなのか?残念だけど君とその子じゃ釣り合わないよ。まさに月とスッポンだな!」
ゲラゲラと笑う男に苛立ちが募ってくる。どうやらあのような人種は自分の都合が悪くなると人を貶してバランスを取ろうとする。
プライドに傷がつくと去勢を張り罵ることで自分の強さを示そうとする。嫌いだ。本当に嫌いだ。
そう言われた時、一ノ瀬の足が止まった。流石の一ノ瀬も頭にきたのかもしれない。
だけど、挑発に乗ったらそれこそ事態が大きくなる。
「一ノ瀬、ダメだよ」
私の言葉が届いていないのか一ノ瀬はあの男の方へ振り返る。
その横顔は先ほどの余裕の色はなかった。だけど、怒っているようにも見えなかった。
真剣な眼差しでピアス男と目を合わせている。
次に発せられた言葉に私は戸惑った。いつにも増して低く、感情が籠った声で彼はこう言った。
「だったら何だよ」
(えっ?)
「は?」
一ノ瀬はそう言い放った。ピアス男も喧嘩を売ったつもりで言葉を吐いていた分、予想外の返答に戸惑っている。
「・・お前それ、まじで言ってんのか?」
「もうあんたと話してる時間ないんで。俺たちはここで失礼します。行こう岡村」
一ノ瀬にまた手を引かれ早足でその場を離れる。後ろから「待てよ」と声が聞こえたがここは学校。
これ以上騒ぎを大きくすると本当に先生やらお偉いさんたちが出てくる事態になってしまう。そのためピアス男は悪態をつきながらどこかへ去っていった。
私と一ノ瀬は体育館の下に創設されている生徒用の休憩所の椅子に腰を下ろしていた。
今この部屋には私と一ノ瀬しかいなかった。
現在の時刻は14時40分。二日目ということもあり、出店はどこも外からのお客さんが多くて休憩所に来れる生徒は少ない。その上、この後始まる文化祭の目玉である軽音部のライブ。
うちの軽音部は大会やフェスなどにも参加し、レベルはかなり高いと未来から聞いた。
ライブにすぐ行けるように体育館にちかいこの場所で一度休憩を挟んでいくこととなった。
「一ノ瀬、ごめんね」
またいつもみたく謝る。一ノ瀬にナンパで助けられたのは2度目だ。
「本当だよ全く。なんでフードを被らずに出てくるんだよ」
「それも・・ごめん。けど、一ノ瀬が急にいなくなったのも悪いんじゃないの?」
そうだ。私も悪かったけど、ボッチになったのは一ノ瀬がふらふらどこかに行ってしまったからだ。
「あ、それはそうだな。ごめん。迷子の女の子が居て親を探してたんだよ。職員室にとりあえず行ったらその子の親がいたからすぐに見つかったよ」
「・・そうなんだ」
そんな理由だったのかと少し罪悪感が生まれた。まさか約束をすっぽかされたのか思って、疑った自分を少し心の中で叱った。
「でも、ラインくらいしといてよ。結構探したのに」
「それもうっかりしてたよ。悪かった。まぁ、誰か男子がいなかったら岡村の場合、あんな風になっちゃうよな」
まただこのバカは。だけどこのパターンにもいい加減耐性がつき始めている。
一ノ瀬晴輝という男は私が今までに見てきた男子の中で最も優しさに満ち溢れている人間だ。上部だけの優しさではなく、下心も全く感じない心からの優しさ。その優しさはもはや格好良いとまで思えてくるほどに。
玲奈は一つずつ一ノ瀬の優しさの記憶を遡っていく。
昨日のクラスの非常事態に最も早く動いたのは一ノ瀬だった。小谷君が先導してクラスのみんなをまとめていたが、それさえも支持したのは一ノ瀬だった。
しかも文化祭準備では受験勉強もあるのにメニューの考案、調理手順も調べてくれていた。
1学期の終わり頃、彼との初めての衝突。あの時一ノ瀬は怒っていて、私は恨まれて当たり前のことをした。だけど、目を覚ました時には私のことを心配してくれた。お人好しすぎて困っていたほどだ。
そして私と一ノ瀬の出会った場所。あの時もナンパされていて、困っていたところをバイクで追い返してくれた。
彼は『直接助ける勇気はない』とその時言っていたけれど今日は助けてくれた。
あの時も今日もほんとに格好良かった。
手を握ってくれた時、すごくドキドキした。一ノ瀬の手は意外にも大きくてゴツゴツしていて、体は細いけどこれが男の子の手なんだと思った。
一ノ瀬はとても優しい。だからこそ・・怖い。他の子に取られちゃうんじゃないかって。
でも、想いを伝えようと考えただけで、結果は知りたいけど知りたくなくて。怖い気持ちが勝ってしまう。
それに一ノ瀬は中々に強敵だ。
ある人もそう言っていた。同じ人を好きになった人が言っていた。一ノ瀬は手強いと。
————そうですよね、千夏さん。




