第10話 (その2)
その男は「鈴木」と名乗った。人懐っこいのか、彼は単なるバーテンダーとは違い自らオーナーだと名乗った。
まだ酔いの残っていた弘明は、ジントニックを頼んだ。欧州へ入ってからの眠れぬ夜、ホテルの部屋にジンの小瓶を見つけ嵌ってしまった。たいてい冷蔵庫にはトニックの瓶が入っていて、学生時代さながらに味わっていた。
長崎の思案橋でバイト明けに飲んだ甘いジンと違って、欧州の黄色ラベルはどこまでもドライだった。だが鈴木の作るジントニックは、薄く切ったレモンの味も含めて格別だった。
鈴木は話上手で聞き上手だった。弘明がアメリカ西海岸から1ヶ月近くの長旅だと知ると、あれこれ聞いては会話を盛り上げた上で自分の身の上話に入っていった。
鈴木の話に弘明は聞き入った。歳は弘明より2つ3つ上で団塊の世代。東京の大学へ入った彼は学園封鎖に嫌気が差し、小説の影響よろしくシベリア鉄道でユーラシア大陸を横断したらしい。
だが何があったか、身包み剥がされ辿り着いた所がコペンハーゲン。駅前で乞食同然にへたり込んでいた鈴木は、一人の老人に声を掛けられた。拙い英語で話をして、疑うも何も喰うに困っていた鈴木は老人を頼り、それから苦節10年、何がどうしたのか一流ホテルのバーを預かることになった。
鈴木の喋りは人の気を逸らさなかった。彼の生き様自体波乱万丈なのだが、その明るさは底抜けで計り知れない。ただ人はやはり出会いなのだと、弘明は痛切に思うのだった。それからするとロンドンの古賀といい、ロッテの宇佐美といい、弘明にも新しい出会いが訪れていた。
カウンターバーはそれなりに人が立ち寄り、それでも客がニ三回転する間、弘明は飲んでいた。もう飲んだジントニックの数が分からなくなり、ようやく部屋へ戻った。
時計を見れば11時を過ぎていた。日本は日曜日の朝、少し早いかと思ったが国際電話を掛けた。懐かしい呼び出し音を聞くにつれ、もういつから電話していないのかと弘明は記憶を辿った。
だがその内に妻が出た。
「なに、飲んでいるの?」と即座に妻が言う。
「俺だ」とひとこと言った弘明だったが、妻の感は冴えていた。
その妻のひとことで弘明は興醒めした。あとはもう来週10日には帰るとか、変わりはないかとか、ありきたりの会話の末に電話を切った。そしてベッドへ寝た。
(なんとかせねば)と、いつも後悔するのだが、いつも何も出来ないまま、この夜も寝るしかなかった。
(つづく)




