第5話 (その4)
税関検査を終え、弘明が到着ロビーに出たのはフライトの着陸からもう1時間は経っていた。他の乗客はとっくに空港を後にして、既にロビーは閑散としていた。
(ああもう誰もいない……)と思うと、弘明はどっと疲れを覚えた。
だがその時、「おお君が山岡か?」と、ゲート脇から声が掛かった。
振り向けば厚手のブレザーを着込んだ男が、待ちかねたと言わんばかりに手を上げた。
「はい……すみません、山岡です」
「おう、ロッテの宇佐美や、よろしく」
そう言うと気難しそうな顔が一転、細い目を更に細くして破顔した。
宇佐美という男は弘明より少し小柄だが、いかり肩で骨太に見える。
ロンドンで聞いた話では、古賀の同期だが歳は上らしい。
古賀が言うには、
「俺らは碌に大学へ行かずに就職したからなあ」
と、混沌とした学生時代を自虐的に話していた。
たった2年弘明の上だが、彼らの世代は団塊と呼ばれ異色だった。
「乗っていないのかと思ったが、カウンターに聞いたら一人税関にと言われてなあ……いったいどうした?」
「はあ……荷物に……」とまで言って、弘明は止めた。
「まあタイミングが悪いな、今日は9月28日だし、ダッカ事件からちょうど5年目になるからなあ……」
いくら国際情勢に疎い弘明でもダッカ事件は覚えていた。
パリ発の日本航空機が経由地ムンバイで日本赤軍にハイジャックされ、彼らの要求に時の首相は「一人の生命は地球より重い」と、超法規的処置で収監中の赤軍派メンバー等6名を解き放った。この事件は長く尾を引き、「日本はテロも輸出する」と世界に揶揄された。
「そういえば、確か釜山でも一度疑われました」
「まあ今日はホテルヘ送るから、ゆっくり休め」
宇佐美の言葉に弘明はほっとした。もしまた古賀の時の様に自宅へ招待されたら、と思っただけに助かった。どこか弘明の心の中に正体不明の壁が出来つつあった。
課長という餌に釣られ、売上々とケツを叩かれ、深残と休日出勤の挙句に海外へ飛び出してきた。だが日本を出て3週間、どこか根無し草の様で拠り所さえ見えていなかった。
造船所時代、例え倒産会社でも頭で描いた物が図面となり形となった。それが例え万に一つの部品でも、船の一部となって世界の海を駆け巡る。
それを生きる縁にしてきた己を、弘明の心は探し求めていた。
(第5話おわり)




