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Truth of Seeker  作者: 有須乃
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【第四話】馳せる想いの行き先は


――ある日を境に、結城は隼人の前に姿を見せなくなっていた。


今までは、事件現場や天柳院邸前に行けば、不思議と探さなくとも望まなくとも、神出鬼没な彼女とは出会えていた。だが、最近になって全くといっていいほどに姿を見せなくなったのだ。


「なにか事件に巻き込まれてることはなさそうだし、

 まあ、いいか」


ふと気になったものの、日々様々な事件が舞い込む警視庁の情報の中、結城が巻き込まれているような話は聞かない為、すぐに頭を切り替えて、隼人は今まで通りの日々を忙しく駆け抜けていた。



そんな日々を過ごしていたある日。

珍しく外ではなくデスクでパソコン作業をしていた隼人のもとへ、以前書類を任された挙げ句目覚まし係に任命されていた鑑識の男性が訪れる。また、たくさんの書類を抱えて。


「はい。資料全部まとめてきたのでどうぞ!」


朗《ほが》らかで優しい声ながらもドンッと書類を強めに置く。その音に隼人が顔をパソコンから男性へ移すと、男性はへろへろに弱った顔をしている。おそらく嫌味で音を立てたわけではなくて、意図しないほどに体が多く脱力してしまったせいで思いがけず音が立ってしまったのだろう。

その証拠に、大きめな音を立ててしまったことに対し、男性はあわあわとした様子ですぐに隼人へ謝っていた。


ふわふわとした薄い茶色の髪と、オレンジに近い明るい茶色の瞳を持つ柔らかい雰囲気の男性。

警視庁鑑識班の長谷川《はせがわ》 真《まこと》。


柔らかく控えめで努力家。誰にでも優しいが、若干断れないイエスマンの気《け》がある好青年。鑑識班の中でも若く、署内でも『王子』という異名を持つほど王子様のような雰囲気がある男性だ。


そんな彼が珍しく疲れた顔をしている。いつもは疲れや弱音などは隠すというのに。

書類を思いがけず乱暴に置いてしまったことをペコペコ謝る真をなんとか止め、隼人はじっと見たあと、ポケットに入っていた缶コーヒーを真に差し出した。


「書類ありがとな。だけど、疲れてるだろ。

 これ飲んで休憩してこい」


突然渡された缶コーヒーを反射的に受け取ってしまうが、真は「え?え?」と困惑した様子をハッキリと見せていた。そんな真を置き去りに、ふとなにかに気付いたように隼人がハッとすると、困ったように小さく笑った。


「ちょっとぬるいかもしれないが」


と。

その言葉の意味に、受け取った缶コーヒーの温度を両手に感じればすぐにわかった。そういえば、この缶コーヒーは隼人のポケットから出てきたなと。


「あはは。カイロ代わりにしてたんですね」


寒がりな隼人は署の冷房に弱く、冬はもちろん、夏でも冷房が効いた部屋ではカイロを常備し、無い時はよくこうしてあたたかい缶コーヒーなどをポケットに忍ばせている。だからこそ、この手渡された缶コーヒーはカイロの役割を全うしていた途中だったのだと。

もちろん、飲みたくなったら即座に隼人の胃に収まる為、また新しい缶飲料が買い直されてはカイロにされるのだが。


「そんな大事なカイロ、もらっちゃっていいんですか?」


「珍しくお前が疲れた顔してるからな。

 今だけでもゆっくりしてこい」


パソコンへ視線を戻した隼人は特別感情を込めないくらい淡々と言うも、それが気遣いの言葉だということは明らかだった。隼人の不器用な優しさに触れて真はこっそりと顔を綻ばせると、明るくお礼を告げれば小休止を取ることを決めた。


書類を届け終え任務を終えた真はその場を立ち去り、隼人は再び作業に戻ろうとした――が、すぐに隼人のデスクの隣に再び人影が落ちる。


「隼人さんも休憩しませんか?」


ぐいっと差し出されたのは先ほど譲った缶コーヒー。しかし温度があつあつなところを見ると、わざわざ買い直してきたのだろう。同時に、なにか話があるのかと思い、真の誘いに乗ることにした。



署の屋上で缶コーヒーを傾ける隼人と真。

買い直した熱い方を飲めばいいのにと言ったが、真はこれでいいんですとコロコロとした満面の笑みでそれを断った。


真は、署の中でも隼人の孤独な捜査に理解を示すひとりであり、真からしても隼人は尊敬する人であった。周りからどんな目で見られようと、なんと言われようと信念を曲げず、自分の道を真っ直ぐ突き進む強さに。そして、時々見せるこういう優しい気遣いに、真は尊敬し憧れている。

だからこそ、真は鑑識所属だというのに、わざわざ隼人の所へ赴いては仕事を手伝う姿が時々見受けられるのだ。

そんな真の気持ちを隼人もわかっているが、上に良く思われない道に憧れなんて持つなよ。と、遠回しに『自分のような厄介な存在にはなるな』と釘を刺した過去がある。それでも、それも含めて真は隼人を信頼していた。


しばらくは会話もなく静かで穏やかな時が流れていたが、沈黙が苦になる間柄でもなく、よくこういう時間はあった。二人とも屋上の手すりに体をもたれかけ、缶コーヒーを傾けながら遠くを眺めている。

中身が半分くらいになってきた頃、隼人は真へ振り返れば顔色を見ながら問いかける。


「鑑識の仕事が大変なのはわかっているつもりだが、

 ちゃんと休めてないのか?」


それは隼人が真へ缶コーヒーを渡すきっかけにもなった、真が珍しく人前で疲れた顔をしている原因に繋がる話だった。

だが、休めてないほどの激務に追われてるわけではないのか、心配そうに隼人がかけてくれた言葉を受けては へにゃり と、困ったような力を抜けた笑顔で頭を掻いた。


「自業自得なんですけどね。

 最近はどんどん鑑定の技術も機械も進化してるから、

 どんなことを、どんな風にできるのか興味が止まらなくて……」


過去の技術では答えへ至れなかった鑑定も、今の進化した技術では答えを導き出せる可能性が高くなった。その進化していく技術で色々と試し、いざという時、どんな技術をどんな場面で使うのか模索するのが楽しくなり、結果的に寝不足になっているだけだと真は白状した。

激務に追われて休めていないわけではないと知り、心配そうに見つめていた隼人の瞳は柔らかく細められ、小さく笑う音と同時に口元には緩く弧が描かれていた。


「天職だな。真にとって鑑識は」


普段の気張ったような強さのある声が影を潜め、代わりに穏やかで柔らかい声で笑った隼人。こんな力の抜けた様子を見られるのは珍しく、隼人と真が友人と呼べるに等しい間柄ということがわかる。


警視庁に後から入った真は、初対面の頃から隼人の孤高の強さと冷静沈着な面に憧れていた為、最初は真の一方通行の認識と憧れだけで遠くから眺めている程度だった。

そんなある日、刑事と鑑識ということで現場に居合わせることが増えてきた頃、隼人から真へ声をかけたことが始まりで仲を深めた。

それでも、この藤堂隼人という男は最初は隙が少なく、プライベートでも仕事じゃない話の時でも、常に現場にいる時と同じような空気を纏っていた。が、お互い慣れてきた頃に緩さと適当さが徐々に現れていき、いわゆる隼人の気張らない姿を見れるようになったという。


ある意味、周りに敵が多い隼人にとっては極一部の落ち着ける場所であり、ありがたい存在である。

敵が多い隼人と親しくすることで自分にもその目が向くのは重々理解した上で、真はその目を気にしないことではね除けている。


隼人の柔らかい表情と声が自分を褒めてくれたことを噛みしめ、真は少しの間《ま》のあとに強く頷く。

――その時、屋上のドアがガチャリと開いたと思えば男性三人の警察官が休憩に来たようだった。


「あれ?あいつって……」


「ああ、藤堂隼人な。

 過去の事件を今さら掘り返して、

 先輩の粗を探して、自分の手柄にしようとしてるっていう」


「上も何度も忠告してるのに聞かないんだってな。

 今さら探してもなんにも出てこないっての」


「え?マジで?

 若手でかなりの敏腕だって聞いてたけど、

 やり方サイテーだな」


三人で内緒話をするように見せかけて、わざと聞こえるような声量で話す三人は、もはやただの悪口だ。知らない内に噂話には尾ひれが付くものではあるが、隼人が過去の事件を探る理由が、今や前任刑事を蹴落とし、自分の手柄にする為と噂されているようだ。

もちろん、そういった噂話が歪んだ形で拡がるのは隼人がしっかりと話さないことにも原因はあるが、根拠もないただの悪口を噂話として拡めるのも良いことではない。

なのだが、隼人はもう慣れてしまったのか。遠くから眺めてはゲラゲラと笑う三人組をよそに、特に気にしていない素振りで真へ「ごめんな」と短く謝った。

その謝罪の意味も要因も理解できず、さっきまでは穏やかな気持ちで隼人へ言葉を向けようとしていた真は、グッと力強い眼差しで隼人を真っ直ぐ見据えた。


「なんで隼人さんが僕に謝るんですか?

 謝るべきなのは、あいつらが、隼人さんにですよ」


いつもの柔和で落ち着いた声色は低く落ち、真が持つ本来の強さと飾らない低さの声でハッキリとそう告げた。周りのこのような声と言葉をいちいち気にしていたらキリがないからと、最初から聞き流そうとしていた隼人にとって、真の今の様子は衝撃に近い姿だった。

だが、今ここで変に三人組に絡んだりすれば、今度は真が標的にされるかもしれない。

そう思って隼人は止めるべく声をかけようとした――が、遅かった。


「事件には必ず誰かの命が関わっています。

 必ず誰かの未来が関わっています。

 なのに、たくさんの事件は未解決のまま放置されている……。

 僕は、そんなことを無くしたくて、

 絶対に原因を追及できる鑑識官を目指しています」


突然始まった真の宣誓。それは三人組に直接言うわけではなく、至って隼人へ真っ直ぐ向いて放つ言葉。だが、その声は力強く通り、確実に三人組にさえ聞かせ届けるように話している。

それを理解し隼人は止めることをやめ、ただ黙って真剣に向き合い、静かに真の心の声を受け止めることを選ぶ。


「だから、日々の技術の進化に合わせて、

 自分も進化しなきゃいけない。

 自分の今の力を過信して、

 アップデートを忘れるような人になりたくない。

 だから、僕は……」


トン……と真は自分の胸に拳を当てた。


「毎日頑張って、少しずつでも前へ進める自分が好きだし、

 誰にも惑わされず、信念で突き進む隼人さんが好きです。

 憧れという感情、存在は、人を強くする……。

 そんな隼人さんと出会えたことも、

 親しくしてくれることも、すごく感謝してます!」


最後の言葉は特に強く、ハッキリと、隼人本人の心にも三人組にも届けるように放った。

いつの間にか静まり返った屋上で、真の言葉だけが響き渡る。


しばらくの間続く言葉が誰からも返らない無音の空間となってしまったが、静かに向けられる言葉を受け止めていた隼人がフッと笑うと「……ありがとう」

とだけ短く返す。

たったそれだけの一言。だが、その一言にたくさんの意味と感謝が含まれていることは真が一番わかっていた。


「誰だ?あいつ」


「さあ?どうせ新人だろ」


「クセ者には似たような友達しかいないんだな」


まるで捨て台詞のように「はー、いやだいやだ」と最後こそハッキリとした嫌味を残して、三人組は別の場所へ行く為に屋上から立ち去っていった。

バタンと強めに閉められた扉が他の人の気配を遠ざけたあと、気張っていた真は「はああ~っ」と詰めていた息を拍子抜けな声と共に吐き出した。


「今まで聞かぬふりしてましたけど、

 いざ喧嘩を売るって大変ですね……!」


困ったような笑みで体から力を抜いた真。どうやら三人組の言葉に我慢できなかったのもあるが、穏やかな屋上での休憩時間を邪魔されたことに対して、喧嘩を売るという名の、別名追い出す為の行為だったとこの時ハッキリ理解した。

本来この長谷川真という男は争いを嫌い、のらりくらりとかわしてはその時最適の言動をし、争いという争いをさけるくらいの人柄だ。世渡り上手と言えば聞こえは良いが、いわゆる八方美人気質がある為いつか破滅する恐れもあるのだが、そんな彼が放った先ほどの力強い宣言は初めて見た気がした。


だが、それで真が気負いすぎることも、自分を庇って心を痛めることも隼人は望んでいない。

本来の真は優しい人柄の為、相談する側よりもされた側の彼が、本人より悩み苦しむ姿も見たことがある。

だからこそ、隼人は「俺の問題に真が苦しむ必要はないんだぞ」と返したが、真は「僕が好きでやったことだから」と譲らなかった。なのでこの件は真が勝手にやったことと割り切ることにする。


と同時に、再び二人だけの静かな空間になったからこそ思い出した真の宣誓の言葉。それを脳内でもう一度繰り返した時、隼人は思い出し笑いのように ふはっ と笑い出した。

その意味がわからず真が「え?えっ??」と困惑したまま隼人を見ていると、視線に気付いた隼人は一言だけ「すまん」と謝ってから白状する。


「さっきの真の言葉、告白っぽかったなって」


「ほあ!?!?」


笑いながらもシレッと言い放った隼人の言葉に骨髄反射で奇声が飛び出た真。そして自分が言った言葉を再認識してはそれが的外れではない種類の発言、端から聞けば変な勘違いをされかねない発言をした自覚があり、何度もごめんなさいを連呼しながらブンブン頭を下げていた。それを見てはまた隼人が笑い出すので無限ループだ。


「そっ!そそそそれよりも!

 結城さんとは最近どうなんですか!」


無限ループを食い止める為、自分の恥ずかしさと失態のループを食い止める為に勢いそのままに打ち込んだ言葉。それを受けて隼人が笑いを鎮めて「え?」という顔をする。

形はどうあれ無限ループを止めることはできたと、場違いにホッと胸を撫で下ろす真。

相反するそれぞれの様子が異質なくらい噛み合っていない状況だ。


「なんで今結城なんだ?」


心底わからない様子で隼人がクエスチョンマークを頭に大量に浮かべながら真へ真意を問う。

するとすぐに真は緩く首を傾げながら、特になにかを気にする様子もなくハッキリと告げた。


「え?だって仲いいんでしょう?

 最近は現場一緒だったりしないのかなぁって」


別に仲が良いという間柄で接した覚えがなかった隼人にとって、初めて聞いた第三者からの言葉に驚いたように返事をしない……どころか。


「仲がよく見えるのか?あれで?

 ただ情報をぶん取ってるだけなんだけどな……」


と、本当に仲良くする気がないような言葉選びと声色で、言葉のチョイスはどうあれ、無関心にビジネスパートナーだと言い捨てた。

そんな隼人の返答に今度は真が驚いたように「えっ!?」と声を上げる。色恋とまでは考えていないが、少しは心を許す間柄だと勝手に思っていた。だが、全ては事件の真相を見つけ出す為、という共通認識だけでの行動だったのだと隼人の言葉がハッキリと告げていた。友達という間柄でもないのだと。


「なんだぁ。隼人さんが珍しく、

 心を許せる相手を見つけたと思ったんですけど……」


なんて独り言のように、真はため息をつきながら言葉を弱々しく吐き捨てた。

「心を許すにしてはそんなに月日経ってないだろ」と隼人が低いトーンで鋭く突っ込むと、「そうですよねぇ……」なんて謎の落胆が返されたので、これ以上の話の続行を拒否し、隼人は言葉を閉ざした。


が、ふと結城の話になり考える。

最後に会ったのはいつだったかなと。

そういえば、もうしばらく会ってないなと。


そこまで考えて思い直す。

むしろ、前までの頻繁に同じ現場に居合わせる方が珍しいのだと。

刑事とジャーナリストは持ち場が違う。

きっと別の案件に駆け回っているのだろうと……。



◇


そして現在――。

そんな人に初めてこちらから電話をかけた。


事件繋がりとはいえ、電話にすぐ出ては変わらない声を聞いて何故かホッとしてしまった。

いや、事件繋がりで電話をしたからこそ、無事だったことに安心したのか、それとも……。


「ポスト、酷い有り様ですよね」


苦笑いのような少しだけ笑みを含んだ声が届き、我に返る。警察として話せる範囲で、被害者のひとりかもしれない結城に事情を話し、状況を知る為の会話をしている途中だった。

だが、どこか他人事のように笑った結城に「笑い事じゃない」とピシャリと言いつければ、すぐに「ごめんなさい」と変わらない言い方と声が返ってくる。被害者という認識がないのか?と過った時、結城は心を読み取ったかのようなタイミングで言葉を続けた。


「おそらく本命は白波さんでしょうけど、

 ひとりだけ目立つ傷を付けると狙いがバレるので、

 私のポストにも似たような痕跡を付けたんだと思います」


結城の低すぎない中低音の声がハッキリと言葉を紡ぐ様子から察するに、彼女は、ここに被害が出た頃から早々に推理しては犯人を探していたのではないかと思った。

相手にした人物が悪すぎたと犯人に同情したくもなるが、同時に、そこまで詳しいと逆に怪しく見られることも結城はわかっているのだろう。だからこそ、あえて協力するように自分の推理をハッキリと口にしたのだと。

結城の先手の発言は "自分は白だ" と告げるものであるが、あえて隼人はまだ事情聴取が終わるどころか始まってもないだろう浮木田の存在は告げず、犯人が捕まったことも教えていない。彼女が共犯などとは考えてもいないし疑ってもいないが、警察には守秘義務により話せないこともたくさんある。その為に現状必要以上の深入りを避け、ある疑問だけ回収することを決める。


「そう推理したってことは、

 白波さんがどんな人かは知ってるんだな?」


「警視庁長官の娘さんですよね?」


「仲が良いのか?」


「お見かけした時は話しますけど、

 友達?とはなんとも」


……あれ?さっき舞子は友達だと言ってたような……。

と思ったが、中には友達の範囲が広いタイプもいるし、舞子のあの明るく元気なムードメーカータイプはその種類な予感がした。楽しく話せたら友達!という言葉を言いそうな雰囲気はすごくある。

対して結城は、人懐っこさはあるもののどこかドライな面があり、懐に入れる人を厳選するタイプな予感がする。

その差故の言葉だろうと何となくわかる。だからこそ、今特に外野からなにかを教える必要もないだろうとその言葉の差はスルーすることにし、ひとつひとつの引っ掛かりを解く為の質問へ戻した。


「白波さんは誰かに恨まれるタイプか?」


「んー、どうでしょう?

 明るくて性別問わず友達は多そうですよ?

 だから、犯人はストーカーなのかなと思ってました。

 もしくは、警察への恨みを持つ人かなって」


やはり結城もそう推理していたかと納得してしまった。ジャーナリストと話しているはずなのに、どこか同僚の警察と話してる気分になるのは、結城のこの頭のキレのせいなのだろう。だからこそ話が早くて助かるのも大いにある。

とりあえず浮木田の事情聴取はこの二つの路線で進められるだろうし、舞子の交遊の広さや友好さにも裏は取れた。

現状では自分の推理から大きく逸脱していないのを確信し、隼人は署に返る足を進ませながら最後の質問をする。


「結城の考えはわかった。

 お前のポストはダミーだってこともな。

 だから一応ってことで軽く流してくれていいんだが、

 ポストに何か特別な物を入れてたりするか?

 たとえば、合鍵とか」


これは "舞子にも聞いて欲しい" と、隼人が戸張への返信メッセージに添えた質問と同じだった。

ストーカーだとしても、何故ポストを狙ったのか。

あえてポストを抉じ開けようとしている以上、舞子がなにか大事な物をポストに入れていると知っていて、それを狙って開けようしたのではないかと考えていたからだ。


郵便物など盗っても意味がない。

ならば、よくあるのは合鍵なのではないかと。


そうなれば、浮木田は確実にストーカーか怨恨で捜査されるだろう。その考えがまったくの的外れではないと確信したくて、まずは結城に問うことを選んだ。

舞子が合鍵を入れてる様子などは知らないだろうから聞かずとも、逆に考えれば、結城が入れていないなら狙いは舞子ひとりだと絞られるからだ。


「あ、合鍵なら入れてますよ?

 前に職場に鍵を置き忘れて、でも職場も閉められたあとで、

 管理人さんも寝てたから起こすのも申し訳なくて、

 困ってた時に白波さんが家に泊めてくれたんです」


それがきっかけで合鍵をポストに入れるようになったのだと話した。同時に、その日の夜の結城の絶望感も想像できてしまい、舞子の優しさも伝わってきた。だから舞子は一夜を共にした結城を友達だと言ったのではないかとも思ったが、人の友人基準に口を出す必要もないと思い黙っておいた。


そんなことよりも、だ。結城が合鍵を置いているとなれば、狙いが舞子ひとりとは絞れない。

もし結城が合鍵を置いておらず、舞子が置いていたのなら、本当に偶然、たまたま結城のポストにダミーの白羽が立ったのだと思えたのだが、結城のポストには合鍵があるという。その為、この時点ではまったくの無関係とは言い切れなくなってしまった。

だからこそ、隼人は一般的な意見として注意をすることにした。そして、油断するなと。


「犯人は、その鍵を奪う目的かもしれない。

 結城のポストにも抉じ開けようとした痕跡があるんだから、

 他人事のようにしてないで、ちゃんと気をつけろ」


一意見として言ったつもりだが、思ったより叱りつけるような低い声で言ってしまったからか、結城からはすぐに返事が来なかった。

怖がらせたか?怯えさせたか?と思ったが謝る意味が見つからないし、なにも間違ったことは言ってないので、こちらから言葉を向けることはせずに返事を待つ。

すると、沈黙を破ったのは結城の力の無い小さな笑う息の音だった。

普段ならもっと明朗に、しっかりと声や音を届けるイメージがあった結城の予想外なくらい弱々しい音。初めて聞いたその音に驚いてしまい、無意識に「え……?」と声が出ていたが、問いかけるよりも前に彼女の声が短く届けられた。


「優しいんだ……」


電話越しでは聞き取りにくいほどの小さな声はそう言った。ここが静かなマンションのエントランスだから聞こえたものの、喧騒多い街中では絶対に聞こえなかっただろうその声。

だが、話の流れから考えてもその言葉の意味がわからない。それに、結城は今、隼人に聞かせるような意味で言ったわけでもないのは明らかだった。


独り言……?だが何故今……?


そんなことを考えて続く言葉が出なかった時、今度は電話の向こうで強く笑うような音がした。


「なーんて!急にビックリしました?」


瞬間でぶち壊すほどの明るくハキハキした声とクスクス笑った声が耳に響く。さっきの様子が嘘のように、今の電話の向こうの同一人物は悪戯が成功した子供のようにニコニコしているのが見えずともしっかりわかる。電話越しだがハッキリとわかる。

そう思えば思うほど妙に悔しくなって、隼人はひとつの大きな深呼吸のあとで冷静さを引っ張り出した。


「冗談でも笑い話でもねえんだよ。

 あとでなんかあって泣きついてきても知らねえからな。

 いいか?俺は忠告したからな?」


もはや冷静とは言い切れないほど、言葉の端々に荒さと真《ま》に受けた恥ずかしさが見え隠れしているが、隼人が最後まで話題を投げ捨てず心配の言葉を向けてきたことを受け止め、結城はしっかりと「はーい」と返した。

が、その言い方が余計に隼人を煽ったのか、「チッ」と確かな音を宿した舌打ちが飛んできた。


「わかればよろしい。じゃあな」


そう言い捨てて瞬間で通話を切ってやった。

本当は最近現場で会わないことや、今追っている事案についても聞こうと思ったが後日でもいいかと切り捨て、隼人はマンションを後にする。


ここまでは戸張の乗る車で来た為徒歩で帰るかと思っていたが、何故かそこに車は残っていた。

車で行かなかったのか?と思いながらも、同時にこれで帰れという意味も含みつつ、車戻すのよろしくーと笑う戸張の姿も浮かぶ。

幸い私有の車ではなくパトカーでもない、社用の乗用車の為「仕方ないな……」と零しながらも、速い足が残っていたことに感謝して乗り込む。

さすがに、車のキーを刺しっぱにするのはどうかと思ったが。


「一瞬の隙で盗られたらどうすんだよ……」とぼやきながら乗り込むと、運転席のハンドルにメモが貼ってあった。

それを剥がす前に読むと『嬢ちゃんが酒飲みたいって言うから付き合ってくるわ』とだけ書き殴られていた。所々文字が歪んでいるのを見ると、急いで書いたか、舞子に早く早くと急かされながら書いたかと想像がつく。

飲酒運転になるから車を残したのだと理解し、「はいはい」と言いながらメモを引《ひ》っ剥《ぺ》がす。

そのまま手慣れた様子で車を発進させ、隼人はひとり、署へ戻ることにした。


浮木田の事情聴取や動機も気になる。

まだ事件は終わってないのだから――。





――切れた電話の先。


表情を影に落としたまま、電話を耳に当てたまま動かない影。

薄暗い部屋には机を照らすライトだけが点き、机と床に散乱するたくさんの紙。その中には大きなアルバムが埋もれるように存在していた。


机に散らばる紙の上に置かれていた左手にゆっくりと力が入ると、ぐしゃり、とそれを握り潰した。


たくさんの紙に埋もれたアルバム――。

そこには、仲の良さそうに笑う二人の男の子の写真が紙と紙の間から覗いていた――。




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