(1)
俺はひとりで生きて行くのだと思う。
今日これまでがそうだったように、虚しく日常を消費して、甲斐なく人生の終焉を迎えるのがきっと定めなのだろう。
親の離婚で母の実家のあるこの街へ移ってきてもそれは変わらなかった。
人が俺を遠ざけるのか、あるいは俺が皆と疎遠な関係を作ってしまうのか、実際のところは分かっていない。
ただ、どちらにせよ、人に好かれないと言うことは、俺に人間的な優しさが欠けているのだと思う。
あるいはもしかしたら、と言う期待が鮮やかに見せていた今のこの街の風景も、もはや以前とさして変わらない、くすんだ景色になっていた。
俺の目には喜びは映らないのだろうか。
人間として生きて、人間らしい幸福を手に入れることさえ出来ないのか。
あるいは俺は周りと同じ人間ではないのか。
もしかしたら、都会にも田舎にもなりきれないこの街の薄汚れたコンクリート群も、中途半端に排ガスを浴びてしおれかけた花々も、ただ俺自身を映しているだけかもしれない。
時々そう考えて、ふさぎ込みたくなる。……誰に見せられる姿でもないので、実際にそうすることはないのだが。
誰にも心を許せず、敵ばかりを作る者は、ひとり悠然と見せて生きて行くしかないのだ。
「浩樹、あんたってさ、何で人とつるまないの?」
俺の周りに人がいるとすれば、だいたい教師かこういう女だった。
弥田結美。遊び人との噂の絶えないヤツだ。
真実は知らないが、気軽に絡んできて気軽に去って行く。
気さくと言うと聞こえはいいが、要は誰とも深く関われない、ただ一時を共に過ごしてそのまま通り抜けて行く、誰の心にも触れ得ない人間なのだ。
それは俺に対しても例外ではない。コイツは形だけの関係で満足するヤツなのだから。
「何だよ、別にいいだろが」
ふふんと笑う。
「いいの? や、男がいても別に楽しいことないだろけどさ、女、欲しくないの?」
本心を言えば男でも女でも欲しい。恋愛とか、ホモとかそういうのではなく、ただ、安息の場として気の知れた人間が欲しいのだ。
だが、そんなことを言うのはガラでもないだろうし、コイツに言ってもしょうがない。
「気楽なんだよ、ひとりはな」
確かにひとりは気楽だった。向こうからも関わりを持とうとしないと言うことは、関わることに困難な見通しがあると言うことだと思う。
人間が社会的生物と言うことの証明か、社会への帰属意識が希薄な存在は排斥される傾向にある。
俺が人の輪に入れないのはまさにそれが理由だと思う。
積極的に他人に関われないことから始まった多数派からの離脱は、俺の中に消極論を生み、急速に孤立化を進めた。
今や、周りの人間にとって俺は危険人物なのだ。もはや自分からも周りからも、互いに近づくことは出来なくなっている。
俺が今の虚しい気楽さを本当の快さに変えるには、他人が俺に近づくことの困難さを乗り越えようとする理由になるメリットが必要なのだが、俺は何も提供出来ない。
俺が孤独を解消する術は、浅い付き合いを快しとする精神を身につけるほかないのかもしれない。
「何でさ、せっかく私が付き合ってあげよっか? って言おうと思ったのに」
「あ、そりゃすごい。チョーウレシイワー」
「むかつくヤローだな、おい、笑ってんじゃねえよ」
ことさらに笑い声を上げてやったら、肘を食わされた。
「痛ぇだろ!」
「あん? かわいい女の子は手が出るものなの」
「うるせぇよ」
幼少の頃見た少女アニメのヒロインのような声を作る彼女に、つい軽口を続けてしまう。
形だけ楽しげな顔を作ったふたりで笑い声を立てた。
そこに本当の笑い声が混じってくる。足音が聞こえて女子高生と目が合った。
背の低いビルの影になっている、町工場の壁に背を預けている俺たちを見て、彼女たちは顔を背けて去って行った。
それをふたり、黙って見送る。
「ま、ひとりが気楽と言うのは同感だけどね」
女子高生の影が見えなくなってから、結美が思い出したように言った。彼女は冷めた目で女子高生の消えた影を追っていた。