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風を測るー梁末紀行ー  作者: サメ


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第一話 星が欠けた夜

帝都・永安の夜空は澄んでいた。

秋の終わりを告げる風が城壁を撫で、大河の水面をかすかに揺らしている。

沈遙は宮城北側の天文台で、一人、星図に筆を走らせていた。

天文台は帝国の未来を読む場所である。

少なくとも、そう信じられていた。

星の動きは天の意思であり、天の意思は皇帝の運命につながる。何百年も前から受け継がれてきた教えだった。

もっとも、沈遙自身は半分しか信じていない。

星は星だ。

決められた道を巡り、決められた時に現れ、そして消える。

そこに人の都合などあるはずがない。

「沈主簿、まだ帰らぬのか」

声に振り向くと、年老いた同僚の李観が立っていた。

「この記録だけ終えようと思いまして」

「真面目なことだ。役人に必要なのは真面目さより要領だぞ」

李観は笑いながら階段を下りていく。

その背中を見送り、沈遙も苦笑した。

たしかにその通りだった。

三十五歳にもなって主簿のまま。

同期の多くは地方長官や監察官になっている。

出世に興味がないわけではない。

だが、人に取り入ることも派閥を作ることも苦手だった。

結局、星ばかり眺めてここまで来た。

ふと、違和感を覚えた。

沈遙は空を見上げる。

北東の空。

紫微垣の近くにある小さな星が見えない。

雲はない。

見間違いでもない。

何度も目を凝らした。

そして胸の奥に冷たいものが走った。

星が欠けている。

いや、欠けたように見える。

そんなことはありえない。

筆を置き、古い観測記録を引っ張り出した。

過去にも似た記録があった。

百七十三年前。

その時の注記には短くこう書かれている。

――その冬、帝崩ず。

沈遙は眉をひそめた。

偶然だ。そうに決まっている。

だが、紙を閉じようとしたその時、天文台の扉が乱暴に開かれた。

飛び込んできたのは宮中の宦官だった。

顔色は青白い。

「沈主簿! 李主監はどこだ!」

「帰られましたが……何があったのです」

宦官は答えなかった。

いや、答えられなかったのだろう。

唇が震えている。

ようやく絞り出した声は、風よりもかすれていた。

「陛下が……」

その一言で十分だった。

沈遙は立ち尽くした。

皇帝は病床にあると聞いていた。

しかし昼の報告では快方に向かっているはずだった。

「今、なんと」

「崩御された」

天文台から見える宮城の奥で、鐘の音が鳴り始めた。

一つ。

また一つ。

重く、低く。

夜の都を沈めるような音だった。

街ではまだ誰も知らないだろう。

酒を飲む者もいれば、明日の商いを考えて眠る者もいる。

だが夜が明ければ、この国は昨日とは別の国になる。

沈遙は再び空を見上げた。

欠けた星は、なお見えない。

大河の向こうから冷たい風が吹いてくる。

その風は、どこか遠くの草原や砂漠から運ばれてきたようにも感じられた。

まるで、この広い国のどこかで何かが動き始めたことを知らせるように。

沈遙は知らなかった。

この夜から始まる旅が、自らの人生だけでなく、梁という帝国の姿そのものを変えることになるとは。

星々は黙って瞬いていた。

人の世の騒ぎなど、まるで興味がないかのように。

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