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第29話 優雅な駆け引き

翌日、店に到着するとすぐ、すでに開店準備を始めているコウに声をかける。


「コウ」


その言い方に何かを感じ取ったのか、コウはすぐにテーブルを拭く手を止めて、カウンター近くの私の元にやって来た。


「どうした?」


「これからすることは、店長権限により、あなたは却下や阻止はできません」


「おいおい、どうした?」


何を言ってるんだ?という顔で苦笑いをしながらそう言ったコウを横目にカウンターの中に入ると、


「今日は、店の絵画の入れ替えをします」


まずはカウンターの後ろの壁にかかっている『魔術師』の絵画を外しながら、そう伝えた。


その瞬間、コウの顔から苦笑いが消えた。


「…何枚?」


「全部よ」


私は外した『魔術師』の絵を床に立てかけると、次の絵に手をかけた。


「…なんで?」


「別に…叔母の習慣に倣ってみようと思って」


そんなやりとりをしているけれど、コウには「なぜか」はわかっているはずだ。

その証拠に、コウはもう何も言わなかった。


それは同時に、私の行動の理由となっている『あの仮説』が、正しいということだ。


こうして私は、店内に飾ってあるすべての絵画を外して、一箇所に集めた。


***


絵画の入れ替えをしてから数日が経った。


「今日は()()()のお客様が多いわね」


入れ替わり立ち替わり入ってくる客は、ほとんどが人外だ。それも、初来店の客が多い。


「なんででしょうね。魔界のSNSにでも載ったんですかね」


コウが冗談か本気なのかわからない顔で言う。


「今日は、アンモルテル美術館でオークションがあったのよ。で、主催者がここの話をしたからだと思うわ。いい食事を出す店がある、って」


そう言ったのは、カウンターで『ワンナイトの琥珀糖』をつまみながら、『共依存のピーチ・フィズ』を飲んでいるインキュバスだ。


彼が何気なく口にした言葉を聞いて、つい今しがたコウから受け取った『猜疑心さいぎしんのカルパッチョ』をトレイに乗せて、手を止めた。


アンモルテル美術館……あの常連客が館長をしている美術館だ。

どうりで最近来ないと思ったら、その準備で忙しかったのだろう。


カラン、コロン。

料理を運びながらドアに目を向けると、意外な人物が立っていた。


「またまたこんばんはー」


そう言って人懐こそうな笑顔を浮かべたのは七瀬刑事で、当然だが、その隣には九条刑事もいて、店内をめんどくさそうな顔で見回している。


なぜ「意外な人物」だと思ったかというと、通常、これだけ人外の客が出入りしている時は結界が働き、人間の客は入ってこれないからだ。


「あ、すみません。署から電話来ちゃったんで、ちょっと外で話して来ますね」


ほら。仮に入って来ていたとしても、こんな感じで排除されるのだ。

なのに、なぜこの人は平気なのだろうか。


いつものように気だるそうな目でこちらに視線を送る九条刑事に用件を聞こうと歩み寄ると、向こうも何も言わず歩み寄ってきた。


「先日の交換殺人の件で、追加で聞きたいことがある」


とりあえず席に通そうと周りを見回すも、今空いているのは店の一番奥の席だけだ。

そのことに彼も気付いたのだろう。


「カウンターで」


私が案内するより先にそう言った彼は、ゆっくりとカウンターへと近づいて行った。


「あら、また会ったわね。運命かしら?」


インキュバスが笑顔を作って彼を見る。


「ははは、そうかもな」


彼もそれに笑顔で応える。そして、少し離れたところに座りながらも会話を始めた二人。


その様子をなんとも言えない顔で見つめているコウが、ふと何かを感じたったように肩を震わせた。


カラン、コロン。


ドアが開き、その客が店内に入ってくると、店内の空気が少しざわついた。


(来た……)


カウンターから彼…常連の吸血鬼をじっと見つめる。

空いている席は、彼のお気に入りの席しかない。


「いらっしゃいませ」


いつもと同じように声をかけ、いつもと同じように定席に案内する。


席に移動する間に、何組かの客から声がかかる。


「館長、今日のオークションは素晴らしかったですね」

「いやあ、おかげさまでいいものが手に入りましたよ」

「さすが、芸術を愛するヴァンパイアだ。他のオークションとは質が違ってましたよ」


皆、口々に称賛の言葉を投げかけていたのだが、ふと、彼が歩みを止め、表情を強張らせた。


「誰だ?今、ヴァンパイアと申したのは…」


一瞬でその場の空気が凍ったのが感じ取れた。


その言葉の何が引っかかったのかさっぱりわからないまま、状況を見つめる。

九条刑事も同じように彼らを見ているが、おそらく会話の内容は人間が聞いても当たり障りのないものとして聞こえているはずだ。


険しい顔のまま定席に着いた彼は、小脇に抱えていた少し大きめの包みをもう一つの椅子に置くと、いつもの席に腰を下ろして言った。


われはノスフェラトゥだ。ヴァンパイアなどと一緒にするな」


ノスフェラトゥ……?

聞いたことのないその言葉に、首を傾げていると、カウンターに戻った私に、コウがわざわざ近くまで来て耳打ちをした。


「ノスフェラトゥっていうのは、吸血鬼の中でもヴァンパイアと呼ばれる階級よりもかなり上位の階級らしいですよ」


吸血鬼に階級があるということなど知らなかったが、そうなのか、と理解した。


「へえ、ノスフェラトゥねえ…」


そうつぶやいた瞬間、私の中で点と点がつながった。



『N』



そうか。『N』というのは『ノスフェラトゥ』のイニシャルだったのか。

ますます昨日の仮説が核心へと近付く中、店内はいつもの雰囲気へと戻っていった。


私はいつものように彼の元へとオーダーを取りに向かう。


「本日のご注文はお決まりですか?」


彼は「そうだな…」と言いながら、壁の絵画へと視線を送った。


ここまではいつも通りだ。


だが、今夜は違う。違うはずなのだ。


「!!」


一瞬だけではあったが、彼が目を見開いたのを、私は見逃さなかった。

それでも私はいつも通りを装う。静かに彼の出方を待ったのだ。


「おや。模様替えをしたのかな?」


いつも通りの穏やかな口調で、私を見上げる彼に、私はこう答えた。


「お気づきになりました?さすがですわね。ここに来て半年、たまには叔母がしていたように、絵を入れ替えてみるのも良いかと思いまして」


あくまでも「叔母の習慣に倣っただけ」だということを伝えると、


「そうか…そういえば、前は頻繁に絵の配置が変わっていたな」


彼もなかなか尻尾を出さない。


「しかし………コウ」


ここで彼は突然コウの名前を呼んだ。コウも予想外だったのだろう。驚いた様子でこちらを振り返った。


「彼女には伝えていなかったのかな…?()()()のことを」


私は口を挟まず、ただじっと二人を見守る。


「ああ、そういえば……伝えていませんね。そもそも店長はこの店の絵画には興味がなさそうだったので…」


これは紛れもない事実だ。


「そうか…では、説明しておかねばならぬな」


ゆっくりとコウから視線を移した彼は、私を見上げてこう言った。


「お嬢さん。あの絵は私の所有物なのですよ」


所有物…


一体どういうことだろう。


「いや、ね。オーナーから依頼されて同じシリーズの絵を探しているのだが、この絵を購入する前に彼女はいなくなってしまった。だが、この絵はここにあったほうが良いと考えたのでね、彼女が戻ってくるまでは『貸し出し』扱いになっているのだよ」


なるほど。

しかし、それと彼が言わんとしていることがつながらない。


「そうでしたか。それで…?」


視界の端に、インキュバスと九条刑事がこのやりとりを眺めているのが映る。


「うん…そういうことだから、あの『正義』の絵は、動かさずにここに掛けておいて欲しいんだ。なんせ、私はこの店であの絵を眺めながら時間を過ごすのが好きなのでね」


とりあえず、ここまで引き出せれば上等だ。


「そうでしたか……承知いたしました。そうとは知らず、大変失礼いたしました」


私が感情のない声でそう答えると、彼は満足そうに頷きながら、小脇に置いた包みへと視線を送った。


「ああ、そうだ」


彼は隣の椅子に立てかけていたその包みを取り上げ、テーブルに置いた。


「もう一つこのシリーズの絵が見つかってね。よかったら、これもここに飾ってもらえないか」


そう言って開かれた包みの中には、油彩の絵画が入っていた。

同じ画家の筆致。同じ色彩感覚。


『女教皇(The High Priestess)』。


まだ未収集の4枚のうちの、1枚だ。


「……これは」


思わず声が漏れた。

先日、床に落ちていたカード。


そして、今、その絵が目の前に現れた。


偶然、ではない。


「気に入ってもらえたかな?」


私を見上げる彼の瞳の奥で、何かが静かに揺らめいた。


「……ええ。大切に飾らせていただきますが……どこに飾られるのをご希望ですか?」


その問いに、彼は逆に問いかけを返した。


()()()()()()()()()()()


感情のないはずの私の背筋が、ゾクっと震えた気がした。

この吸血鬼は危険だ。


感情ではなく、本能がそう警告を発しているのだ。

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