第27話 カードが示した真実
妖精族の公爵が帰った後、片付けをしながらふと気がついた。
「そうよ…『ダウジング・スプレッド(方位展開法)』があったじゃない…」
普段ほとんど使うことのないこのスプレッドで、叔母の居場所を見てみる事にした。
私はカウンターを拭き終えると、自分のデッキを手元に引き寄せた。
つい先ほどの相談者に対して使ったばかりの展開法だ。
なぜ、自分の身内の捜索にこれを適用しなかったのか。
…『N』という人外の存在や、異界へと繋がるポータルという概念に気を取られ、無意識のうちに「タロットで追える物理的な範疇を超えている」と思い込んでいたからだ。
シャッフルを終え、漆黒の天板にカードを配置していく。
対象者である叔母の現状を示す中央の一枚。そして、東西南北に加え、北東、南東、南西、北西の八方位を示す計八枚のカードを、円形に取り囲むように並べる。
カウンターでグラスを拭いていたコウの手が止まり、無言でこちらへ視線を向けている気配がする。
私はそれを無視して、まずは中央のカードをめくった。
『世界(THE WORLD)』の正位置。
月桂樹の輪の中で踊る人物と、その四隅を見守る聖獣たちの絵柄。
「……なるほど」
一般的なタロット占いにおいて、このカードは『成功』や『目的の達成』、あるいは旅の終わりである『大団円』と解釈される。
だが、これらの解釈はこの状況にはそぐわない。
であれば、私の用いる構造的読解法に当てはめてみる。すると、その意味合いは全く違ってくる。
『完結』だ。
必要な要素が全て揃い、内部で循環し続ける完璧な閉鎖空間。
これ以上の追加も修正も不要。それは「完成」であると同時に、これ以上の成長や変化、時間の進行がないことも意味する。
つまり、叔母は今、外部からの干渉を一切受け付けない「完璧に閉じられた空間、枠の中」にいるということだ。
私は淡々と事実を確認し、叔母が連れ去られた『方角』を特定するため、周囲の八枚を順番に表へ返していった。
東、西、南、北。そしてその中間の方位すべて。
しかし、めくられた八枚のカードは、見事なまでにすべて小アルカナの『逆位置』だった。
明確な方角を示す強いエネルギーが、どの方向にも一切発生していない。
「どの方角にも、反応がない……?」
そもそも、8枚全てが逆位置になることなど、滅多にない。
異界へ連れ去られたのなら、せめて手の届かない場所を示す大アルカナが出てもいいはずだ。
状況をより詳細に絞り込むため、私は追加でもう一枚、デッキの山から『距離』を示すカードを引き抜いた。
現れたのは、『ワンドの4(FOUR of WANDS)』の正位置。
描かれているのは、花輪で飾られた四本の杖と、平和な『休息の場所』。
「これは一体……」
私は、並べられたカード全体を俯瞰し、その論理的な帰結にわずかに目を見開いた。
八方位のどこにも向かっておらず、距離は『我が家』。
つまり、叔母は異次元の彼方などへは連れ去られていない。
「美花ちゃんは……移動していない」
私の口からこぼれたつぶやきは、深夜の店内に冷たく響いた。
「この店のすぐ近く…いいえ。もしかすると、このヴィスコンティの敷地内のどこかに、今も囚われている」
ふと顔を上げると、カウンターの奥でコウが、洗うのをやめたグラスを持ったまま、ひどく強張った顔で私を見つめていた。
「……ユウカ」
彼が絞り出すように私の名前を呼んだ。
何かを言いかけて、しかし『契約』の縛りがある彼は、奥歯を噛み締めて私を見つめることしかできない。
だが、彼のその苦渋に満ちた反応こそが、私の読み解いた結果が『真実』であることの、何よりの証明だった。
「コウ…」
何かを聞き出すようなリスクは犯さない。
ただ一つだけ、確認したいことがあるだけだ。
強張った表情で私を見つめ続けるコウに、静かに伝える。
「私はこのまま調査を続けるわ」
これは質問では、ない。
コウがなんと答えるかで、この調査の方向性が決まるだけのことだ。
「わかった…」
そして、その答えは私のリーディングの正確性を裏付けるには十分だった。
コウからは何も伝えない、何も否定しない。
ただの「了承」で、私は確信を得た。
叔母はこの近くにいる。
まずは一歩だけコウの持つ情報に近づいた。
となると、次は犯人だ。
目星はまったくついていないし、どこから調べたら良いかもわからない。
「早く俺の持ってる情報まで追いついてこいよ」
その声にふと見上げたコウは、もうさっきまでの強張った表情ではなかった。
余裕と少しの優越感を称え、一方の口角を少し上げて私を見下ろしている。
「…場所の特定は完了したわ」
私は無表情のまま、テーブルの上のカードを一度すべて回収し、再びシャッフルを始めた。
「使えるものは使わないと。そうでしょう?」
居場所がこの敷地内だとわかった以上、次に割り出すべきは『犯人のプロファイル』だ。
叔母に執拗に手紙を送り続け、ついには私を『透明で無垢な花嫁』と呼び、手紙を送りつけてきた『N』の正体。
私は漆黒の天板に、左から順番に三枚のカードを展開した。
犯人の『属性』、『動機』、そして『手段』を割り出すためのスリーカード。
一枚目。犯人の『属性』。
『カップの王(KING of CUPS)』の正位置。
波立つ海の上に浮かぶ玉座に座り、右手には杯、左手には王笏を握る威厳ある王の姿。
カップは水、感情、そして液体全般を象徴する。感情や生命力を優雅に支配し、永遠に満たされた杯を傾け続ける傲慢な絶対君主。
二枚目。犯人の『動機』。
『ペンタクルの4(FOUR of PENTACLES)』の正位置。
玉座に座る男が、金貨を頭上と両足、そして胸の奥にガッチリと抱え込んでいる絵柄。
構造的な意味は『極端な所有欲』と『現状維持』。手に入れたものを絶対に手放さず、変化を許さず、永遠に自分の手元に閉じ込めておきたいという異常な執着心だ。
そして三枚目。犯人の『手段』。
『剣の4(FOUR of SWORDS)』の正位置。
教会のステンドグラスの下で、騎士が棺の上で両手を合わせて眠りについている絵柄。
意味は『活動の停止』、『休眠』。そして『隔離された空間での保存』。
「……なるほど」
私は三枚のカードが示す論理的な繋がりを脳内で連結させる。
杯に入った液体を嗜む権力者が、己の所有物を永遠に変化させないために、活動を停止させて棺に保存する。
そのプロファイルが弾き出したのは、ひとつの明確な『個体』のイメージだった。
この閉ざされた空間を好み、常に優雅に赤いグラスを傾け、「永遠の美の保存」について語っていた、棺とも強く関係する夜の貴族。
この店の客ではない可能性もある。
だが、客観的に考えると、この店の客である可能性の方が高いのだ。
私は静かに視線を上げ、誰もいないフロアの一番奥、いつも『彼』が座っている暗がりの席を見つめた。
(……仮説は立ったわ)
あとは、このプロファイルを裏付けるための『物証』を揃えるだけだ。




