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幸福のフェリス  作者: 海野 咲凛木
第一章 プロト村 幼少期編
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第2話 私の仕事

少し開いている小窓から雪に反射する太陽の光が差し込み、もう朝だと言わんばかりに起こしに来る。


「ん…」


眠い目をこすりながら隣を見るが、母の姿は無かった。


「お母さん…」

昨夜の大衆浴場から行ったっきりまだ自宅には戻って来ていないようだ。


ゆっくりと身体を起こし、母に教えてもらった通りに朝食を作り始める。


いつもなら母が"手早く"火を起こしてくれるが、今の私にはそんな芸当は出来ない。


慣れない手付きで火打ち石を叩き、かまどに火を付ける。


「あちち…」


さて、食材を見てみよう。

貯蔵穴を覗き込み、何か手軽に使えそうな食材を探す。


「ホワイトキャロットにアイスポテト、ケガワウシのミルク…あとは…」


そういえば、昨日あの山で採ってきたのがたしか...


「あった!」


貯蔵穴から取り出したのは紅く熟れた果実が大量に入ったカゴ。

これは、ここプロト村を囲うようにそびえ立つ『霊峰スノーフィーネ』に自生する『ヒウンリンゴ』。


その霊峰は一歩村を出れば人を寄せ付けまいと常に猛吹雪であり、さらにヒウンリンゴの実る木は雪の下に埋もれている為、見つけることは困難な果実だ。

雪の下で成長するという珍しい性質であり、その分栄養価も高く、かなり値も張るという。


プロト村の特産品でもあるこのリンゴ、贅沢にもここの村人達はいつでも食べる事ができるが、これは他の村との取引に使う大切な物だ。


「少しだけ…」

その甘い香りに誘われ、思わず一口だけならと…




「フェリス?」




突然、いつもの声が聞こえた。

リンゴをかじりながら振り返ると、そこには怒っている母の姿が…


「お、お母さん…⁉」

「何をしているの?」


「これは…その…」


慌ててリンゴを背中に隠すも、どうにも口に入れた分をすぐに飲み込むことは出来なかった。


「それは交易に使う大切なリンゴだと説明したでしょ?」

「ご、ごめんなさい...」


「火は…フェリスが付けたの?」

「うん、お母さんの朝ごはんを作ろうと思って…」


「そっか、ありがとうフェリス。でもまだ危ないから次からはお母さんと一緒にやろうね」


「はい…」


そう言うと母は手際よく料理を済ませていくが、その表情にはやはり疲れが見えてしまっている。


「お母さん、大丈夫…?」

「大丈夫よ、ほらはやく準備しちゃいなさい」


いつもの食卓に木の器と木のスプーンを置き、母とタイミングを合わせて祈る。


「この自然の恵みを受けられることに感謝を…」

「感謝を…」


言い終えるとスプーンを手に取り、母特製のケガワウシのミルクを使ったスープを掻き込んだ。


「うましーい!」

「フェリス、落ち着いて食べなさい。」


そういう母の顔はどこかホッとしたように微笑んでいた。


「食べ終わったらお母さん、またあの子のところへ行くからね」

「え、また行くの?」

「まだ安心できる状態ではないから」

「そっか…気を付けてね…」


どこか、スープの味が薄くなる気がした。


身支度を終えた母を見送り、私も仕事の準備を始める。この村では、7歳から村の仕事を手伝うことになっているのだ。

汚れてもいい防寒着を着て、仕事場へ向かうため家の扉を開けた。


「うっ…眩しい…」


外に出ると、朝日に照らされ、光を反射される白銀の世界が拡がる。

白い息を目一杯吐き、新鮮な朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「よし、今日も頑張ろう!」


深く積もった雪に身体が持っていかれないよう、大きく一歩ずつ進んでいく。

私の仕事はケガワウシの畜舎の掃除や身の回りのお世話だ。


この村の村長が治めている畜舎を担当していて、自宅から少し歩いたところにある。

距離で言えばそれほど遠くはないのだが、この雪のせいで10歳の少女にとっては一苦労と言えるだろう。


もう三年も通っているので、最初に比べればそこまでキツさは感じないが、まぁ楽になっているとも言えない。

そしてもう一つ、慣れたことがある。


「エレイアのとこの子よ…」


道中、ヒソヒソと村人からの視線を感じていた。

いつものことではあるが、良い気分ではない。


物心付いた時からこの村の人達からは好奇の目で見られていることに気づいてはいたが、理由は分からない。母もあまり話したがらないし、聞こうとも思わなかった。


それでも、母はこの村に必要とされている。

だって、母はこの村で一番の…


「おせぇぞフェルン!遅刻だ!」


畜舎に着くと、イリアンが腕を組んで出迎えてくれた。

「まだ遅刻じゃないもん!間に合ってるじゃん!」


「罰として、ケガワウシの糞集めを命じる!」

「そんなぁ…」


決して糞集め自体が嫌な訳では無い。糞を観察することで、ウシの体調を見ることができるからだ。村長も糞集めは大事な仕事の一つであるといつも言い聞かせてくる。


ただ、


「うわぁ…」

畜舎に入ると、大量の糞が視界一面に拡がった。

そう、排泄する量がとてつもなく多いのだ。

一夜にしてその身体の三分の一、多いときは身体半分の量をしているときもあった。


糞集めは早朝一番の大仕事。とても1人でこなせる量では無いが、イリアンはそそくさと荷車を引いて寝床となる新しい藁を取りに行ってしまったので、しょうがない。頑張って午前中には終わらせよう。


村にとって大事な特産品であると同時に家族同然の存在とも言える。 このお世話は何も苦になることはなかった。


温度差によってホクホクと湯気を放っている糞をシャベルですくいながら、一頭ずつ観察していく。

「この子は上手く消化されてないな…少し餌を変えて…」


「だいぶ毛艶も良くなってきてるね。良かった〜。」


三年間、世話を続けてきて分かったことがある。

それはこの子達の性格がそれぞれ全く異なるということ。最初は皆が同じウシに見えていたけれど、今では模様や仕草を見ただけで見分けることができる様になった。


「ちょっと、くすぐったいってば(笑)」

一頭のウシが顔をペロッと舐めてきた。まるで構ってほしいと言わんばかりに。

「よしよ〜し…」

頭を撫でると、喉を鳴らし心地よさそうに瞳を閉じるのを見て、どこか胸が温かく感じた。


村長から名前を付けることは禁じられている。

その時が来たとき、きっと耐えることが出来なくなってしまうからと。

あくまでもこの子達は村にとって外部と繋がる為の家畜に過ぎない。


心を込めて育てても、買い手が付けば別れを告げることになる。

この頭を撫でている子も、今日の昼過ぎには王都へ向けて出荷されることが決まっている。


村のため、生きるためと言い聞かされて、人間の都合でその命の行方を決められるのはとても哀れだ。


「おーい!そろそろ終わったかー?」


糞集めが一段落ついたところでタイミング良くイリアンの声が聞こえた。

まるで狙ったかのようなお戻りで。


「終わったよ。」

「よーし、じゃあこの藁を引いて終わりだな。」


そう言うと、彼は積んできた大量の藁に両腕をかざして集中し始める。

すると、手の先から魔法陣が現れ、藁が宙を浮き始めたのだ。


「ほらどいたどいたー!」

私が半日かけて掃除した畜舎に、彼はものの数秒で藁を敷き詰めていった。


「良いなぁ。楽に仕事が出来て…」

「まぁ、俺天才だから」



そう、いわゆる魔法というやつだ。


この世界には彼のように魔法が使える人間と、私のように使えない人間がいる。

魔法といっても様々だ。


個人によって扱える魔法は異なるが、大体は親からの遺伝によるものや、突然発現することもあるという。

彼は代々、物体浮遊の魔法が受け継がれているようで、その中でもイリアンは魔法の発現は早かった。


平均的に発現は15歳前後と言われているが、彼は9歳で発現し、今では使いこなすまでに至っている。元々のポテンシャルもあるのだろう。


「俺がいれば糞集めもすぐ終わるんだけどなぁ。」

「村長からそれはダメって言われているんでしょ。魔法を使って楽をしてたら良いウシは育たないって。」

「そうそう、だから俺がいたら意味が…」


ガツンッ!

突然、ヘラヘラと笑っていた彼の頭に拳が降ってきた。


「いってぇぇぇぇぇぇ!!」

「バカたれが!またフェリスに糞集めを押し付けておったな!!」


イリアンの背後に、威厳ある長い白ひげを蓄えた老人が眉間にシワを寄せて立っていた。

「あ、村長」

「急になにすんだジジイ!!」


ガツンッ!


もう一撃、食らった。


「誰がジジイじゃ全く…フェリス、このバカが毎度すまんのう」

二発目が決まり、地面に突っ伏して動かなくなったイリアンを気にすることなく

村長は私に謝罪を入れてきた。


「ううん、気にしてないよ」

「言い聞かせてはいるが、中々これがどうも良くならん。」

「でも、イリアンは別に何もしてないわけじゃないし。」

「それはわかってはおるが、こいつには協調性を学んでほしいものでな…」


まぁ、それは確かにそう思う。

でも私はこの頭から湯気を出して倒れている彼の優しいところを知っている。

寒い中、独り寂しくならないよう気遣いのできる事を。


「そろそろ昼になる。しっかり休んで午後からも頼んだぞ。ほれ。」

そう言うと持ってきていた昼食を手渡され、礼を言うと村長は畜舎から出ていった。


「あ、村長にいくつか伝えておきたいことがあったのに…」

「またあとで良いだろ。食べようぜ。腹減った。」

いつの間にか復活していたイリアンが、渡された昼食を口に入れようとしていた。


「あ、待って私も食べるってば!」


畜舎から出て、壁にもたれ座りながらサンドイッチを一緒に食べている。

太陽が丁度真上まで来ているが、シンシンと雪は降り続けていた。光が降り注ぐ小さな雪たちに反射してキラキラと輝きながら落ちていく。


時折聞こえるウシの鳴き声。

遠くには雪が降り積もり白く輝く山々。


仕事の合間に見れるこの光景が、私はとても好きだ。


「食った食ったー」

「私、村長にさっき観察したこと伝えてくる。」

「なぁなぁフェリス〜」


村長に話にいこうとしたとき、彼は私が興味を引く話題を持ちかけてきた。

いつもの一日と変わり始める、そんな話題だった。


「フェリスの母ちゃんの仕事場、見に行こうぜ」




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