驚くほど理知的で美しい彼女と、驚くべき愚かなオレ
彼女は、オレが異動を断った訳をぽつぽつと自分の言葉で述べてみせた。
前から優秀だと思っていたが、見ている視野がとても広い。
「そこまで思っていてなぜ、断ってはいけないの?」
オレは率直に聞いてみたくなった。
「それは、蒲生さんが辞めさせられてしまうからです。異動を断ってしまっては、それを口実に追い込まれてしまうから」
彼女はオレの方に向き直る。
「談合を暴露したのに、こんなことで…」
涙をおおきな瞳に浮かべながら言う。
吸い込まれそうなその瞳、そして艶やかな唇。
不謹慎ながらドキッとする。
「二海さん、オレは大丈夫だから。そんなことで辞めさせる会社ならオレは辞めてむしろスッキリするよ。ほら、藤太郎でバイト探してるって言うし…それに…」
「ダメです!!そんなことで諦めてほしくないんです。蒲生さん、私におっしゃったじゃないですか。『オレは、地元の企業をもっと元気にする仕事をしたい』『首括らなくても会社はたて直せる」って教えたい』って!私、あれから自分の仕事に対する目線が変わったんです。だから…」
そう言うと、彼女の両目から大粒の滴がこぼれ落ちた。
ポロッポロッと言う表現が似合うな、なんて何故か冷静に彼女の瞳を眺めていた。
「だ、大丈夫だから、」
「だって…う…う…」
彼女の涙は止まらない。
「大丈夫だから」
オレは思わず彼女を抱き締めていた。
柔らかく、細く、あまり強く抱いていると折れてしまいそうな、彼女の身体を。
「大丈夫だ」
「え?」
「さっきのは冗談。オレは辞めない。そして東京にもいかない」
彼女の瞳をまっすぐみてオレは言う。
決心が固まった。
「こんなことで負けてたまるか」
彼女はほっと息をつく。
二海由樹の唇がすぐ近くにある。彼女は目を閉じてより顔を近づける。
「あ、」
彼女から声が漏れる。先ほどの憂いを帯びたため息ではない、吐息とともに。
「今日は。うん、ここまで…。」
オレは彼女の額に優しく口づけをした。
そして再び優しく肩を抱く。
二海由樹もオレの背中に強く手をまわした。
「もう遅いから帰りな」
彼女の顔が再び曇る。
「蒲生さんと…一緒に…いたい…」
「うん…また今度はゆっくり遊びにきてよ。駅まで送るわ」
このままだと、オレがどうにかなりそうだしね。
オレはそう言うとすっと立ち上がった。
再びの駅までの道のりのあいだ彼女は静かだった。しかし、しっかりとオレの服の裾をぎゅっと握っていた。
遠いような、
近いような、
駅までの道のりだった。
「じゃ、また、明日。」
「はい…今日はありがとうございます…あの…」
「ん?」
「…その、また、お伺いしてもいいですか!?」
「ああ。もちろん!」
とオレは笑顔で答えた。
すると彼女もようやく安心した笑顔になる。
…いい…。憂い気な顔もいいが、彼女の笑顔ははじけるように眩しい。
彼女は車窓から、見えなくなるまで手を振ってくれていた。オレも小さく手を振り返す。
「ふう」
家に帰る。ドアを閉めて、ロックをする。
…
…
「…あーーー!!やってもたー!!!!なんてこったー!!!!!」
自分がやってしまった自分自身の行為へのあまりの恥ずかしさに見悶える姿は、誰にも見せたくない…。




