第10話 いい依頼
「変異オーク?今まで聞いたことがないです。オークに似た別の魔獣か、見間違いではないでしょうか。よく思い出してみてください。ゴーレムのような別の巨大な魔獣だったりしませんか?」
「いや実際に見たんだってば!他にも見た人いるぞ!」
「そうは言われましても、現時点でアウローラ外に出ている方を含め、あなたがおっしゃる変異オークに近い魔獣を見たと言っている冒険者は、一人もいません」
このキザっぽい受付は、何度言ってあげても、全く聞き入ってくれない。これ以上続けても、糠に釘である。もう変異オークのことは忘れて、冒険者稼業に専念することにした。
「どなたか、『グリーンボア討伐』の依頼を共に受ける方はいませんかー!!」
「パーティ『目指せワイバーン』、人員募集中!!」
「パーティ『新時代の戦士』に参加しませんかー!」
朝のギルドは、いつもより騒がしく、特にパーティ募集の声が大きい。
だがこの空気こそが、まさに今まで求めていたものだ。まずはこの空間で頂上にまで上り詰める。そして、次はアウローラを出て世界の頂点に立つ。
そうすることで、最終的に最強の冒険者になれる。
(まったく…さすがは俺だ。完璧なプランだぜ……さてと、俺も依頼を受けにいくとするか)
掲示板に近づき、まずは目の前に何があるか眺めた。
(クチカ村のオーク討伐…4級。オクト森のワイバーン討伐…2級。マカナン林のゴブリンの巣の破壊…3級)
どれを受けるか迷ったが、自分の級は『ワイバーン』だからワイバーン討伐の2級依頼を受けることにした。
(この紙を受付に持って行ったら依頼を受けられる感じか)
他人のやり方を真似して、紙を掲示板から外す。
そのまま受付まで向かおうとした時。
「ワイバーン討伐か。初めから2級依頼とは、なかなかやるな」
聞き覚えのある声が近くからした。
声の出どころに目線を向けると、椅子に仮面を被った男…つまりシャオヤオが座っていた。その低い声は、忘れたくても忘れられない。
彼は席を立つと、こちらに近づいてきた。
「あ、ああシャオヤオ…様。久しぶりですね」
「様をつけたりしなくていい。敬語もいらないぞ、少年」
「…何しにきた?」
「偶然出会っただけだ。ところで、君の級はなんだ?」
あまりにも唐突に級について聞かれたため、一瞬思考が停止した。
「ん……ワイバーンだ」
「初めてにしては、随分と高いな。それなら2級依頼も大丈夫だと思う」
何を言いたいのか、全く分からない。
「ああ。じゃあ、受付に行くからどいてくれないか。助けてもらったことには感謝してるが、これは俺の依頼なんだ。誰にも渡さないぞ」
イラついた口調で言葉を返すと、彼は笑い始めた。
「…ふははは!!面白いことを言うな。少年、実は君に合ういい『依頼』があるのだよな。ワイバーン討伐などというものとは比べ物にならないほどの、いい依頼だ。興味はないか?」
そこまで言われると、流石に気になってしまう。もしかしたら、報酬が大量に貰えるのかもしれない。
「……話だけは聞いてやるよ。で、なんの依頼だ」
「それは…ドラゴン討伐」
それを聞き、脳内にまず浮かんだ言葉は『無理』である。
ドラゴンは、圧倒的な頑丈さに加え、膨大な魔力、飛行能力、更には高度な知能を持っている。研究所で起こしたあの爆発も、おそらく一部のドラゴンなら余裕で引き起こせるだろう。現時点で戦える相手ではないのは明らかで、まずは力や経験をつけてから戦うべきだ。
「おい、頭おかしくなったか?無理に決まってんだろドラゴン討伐とか」
「安心しろ。私も一緒にいこう。私はドラゴンを一人で殺したことがある」
あの変異オークを一刀両断した時点で強いとは思っていたが、まさかドラゴンを一人で殺せるほどとは思っていなかった。
「はぁ…でもこの掲示板にはドラゴン討伐の依頼は見つかんねえぞ。どうやって討伐しに行くんだよ。それに依頼報酬ないならやるだけ無意味だろ」
「ドラゴンの居場所なら私が知っているから教えよう。依頼報酬がなくとも、ドラゴンから取れる素材はかなり高く売れるはずなのだよな」
シャオヤオの目的が何かは知らないが、助けてくれた時点で少なくとも悪い人間ではないのはわかっている。こんなに押してくるのは意味がわからないが、もしかしたら善意の提案かもしれないし、今は彼の提案に乗ってもいいかもしれない。
(でもなんで俺とドラゴン討伐しに行きたいんだ…)
「まあ、わかった。お前とドラゴン討伐してやるよ。で、いつ行くんだ。今か?」
「私は今すぐでも大丈夫だ。少年、君は準備できたか?」
「当然だ。あと『少年』って呼ぶのやめろ。俺は『レン』って名前だからそう呼んでくれ」
「ああ、すまなかった。じゃあ、今から行こうと思うのだよな。レン、付いてきてくれ」
*
シャオヤオの後ろをピッタリとついて行くと、とある大きな建物まで辿り着いた。そして彼に言われた通りに、近くの窓口にいる人から小さな紙をもらう。
(なんでこんな小さな紙に銀貨5枚も払わなきゃなんねーんだ…)
さっきまでそう思っていたが、建物の中のあまりに圧巻な光景に驚き、イライラを忘れてしまった。
「ふう、ようやく駅に着いたな。私達は11時に出発する列車に乗り、中央区まで行く。そして中央区に着いたら、中央転送局に向かう。そこから、ドラゴンのいる場所に近い座標まで転送しようと思うのだよな」
シャオヤオに今後の計画を伝えられたが、耳には入ってこなかった。
『列車』とは、初めて見るものだ。このような乗り物が存在しているとは、全く想像もしていなかった。
爆音を鳴らしながら、力強く進み始める列車たちは、田舎で原始的な暮らしをしていた人間にとってはあまりに驚異的な乗り物であった。
「え?あ、ああ、わかった」
「…11時まであと20分か。早めに着いて、よかった。あの列車が見えるか?あれが中央区行きの列車だ。私達は、今からあれに乗るのだよな」
まだ冒険者として魔獣と戦ってすらいないのに、これまでに起きたことのおかげで、すでに王都に来て良かったと感じてしまっている。
(やっぱ王都はすげーや…!)
*
ポーーーーーッポーーーーーッ
列車が大きな音を出しながら、ゆっくりと、前へ進み始めた。
少し経つと、周りの景色が一瞬で背後に回るようになった。恐ろしい速さだ。
「…なあ、シャオヤオ。お前はいつもこれに乗ってんのか?」
「いや、違う。私は旅する人間…流浪人だ。だから一つの都市や国に居続けることはない。まあ、たまにいろんな国の仕事を手伝ってはいる。今日もアウローラでやることがあるから、来たのだよな。もうその『やること』は終わったがな」
「……じゃあ何で俺とドラゴン討伐しに行くんだよ」
とうとう聞いてしまった。
この仮面を被っている、黒髪の長髪をした人間は何を考えているのだろうか。
だが、彼はそれには答えず、むしろこっちに質問を返してきた。
「…レン。私は君の力に興味があるのだよな。…君のスキルは、本当に【光魔導士】なのか?」
まさか、スキルを疑ってくる人がいるとは思っていなかった。【適合者】は絶対に、誰にもバラしたくはない。もしバラしたら、自分があの落ちこぼれだと、ギルバートのようにアウローラに来た村のクズどもにバレてしまうかもしれない。
(それに、俺のスキルは異常すぎる…)
「いや、俺は本当に【光魔導士】だ。疑う余地はないぞ俺を信じろ」
ポーカーフェイスを保ちながらそう告げるが、それに対し、彼が仮面の下でどのように考えているかは全く分からない。
今は、何も探りを入れてこないことを願うばかりだ。
「…わかった。中央区までは2時間かかる。今のうちに仮眠をとった方がいいぞ」
意外にも、彼はそれ以上は何も言わず、ただ目を伏せて窓にもたれ掛かるだけだった。
*
中央区の駅を出て数十分歩くと、中央転送局に着くらしい。
駅を出たら、列車に乗る前と同じように、シャオヤオに着いて行った。
途中、とある売店に寄り道した。
「腹が減っただろう」
彼はそう言うと、売店から買ってきたハンバーガーを渡してきた。
一口食べると、口の中にジューシーな肉の味わいと熱い肉汁が流れてきた。
(めっちゃ美味いなこれ…!王都は飯もすげえのか)
「レン、食べ終わったら出発しよう」
「わかった」
*
「着いたぞ。ここが中央転送局への入り口だ。今からこれを使って、中に入ろうと思うのだよな」
ものすごい大きさの施設だ。中には巨大な球状の魔法陣があり、人々の頭上を浮遊している。
「入り口?ここが中央転送局じゃないのか?」
「これを使って着く場所が、中央転送局だ」
「入り口にしては、随分と大きいな」
「これはあくまで、アウローラ内の他の転送陣に行くためにしか使わないのだよな。中央転送局を使えば、ソラリア内だったらどこにでも行ける。一方通行だがな」
二人で魔法陣に触れる。
気がつくと、全く違う建物の中に移動していた。
建物の中には大量の扉があった。色々な人がそれぞれの扉を開き、入っていく。覗くと、先程の魔法陣を小さくしたようなものが中に見えた。
「あの部屋に行こうと思うのだよな」
シャオヤオと選んだ扉の中に入る。中は意外と広い。
「君も、冒険者をやるなら座標術は学んだ方がいい。きっと役に立つ」
彼はそう言いながら、魔法陣に見たことのない記号と、数字を並べていく。
ビーッ!
短く警告音が鳴る。
研究室の警報と似ていて一瞬怯んだが、どうやらそれとは違うようだ。
《警告。指定された座標はドラゴンの巣の近辺です。当該地域は危険区域に指定されています。転送を実行しますか?》
魔法陣の前に、その警告文が浮かんだ。
「今から、ソラリアにあるドラゴンの巣の近くへ向かう。危険な目には合わせないようにするが、君にも戦ってもらいたいのだよな」
「ああ、わかった。やってやるよ」
魔法陣が回り始めた。とうとう転送が始まるようだ。
「…そういえば、言ってなかったな。…レン、私が君を誘った理由は…君の戦いを見たかったからなのだよな」
「はぁ!?そんな理由かよ!」
「では、行くぞ!」
あまり心の準備をする時間がないまま、ドラゴンの巣へと、転送されることになった。




