本格的に始動開始!?2
リュカが再び語りはじめた。
「ミュノエーラの地下ってね……ただの隠れ家じゃないの。あそこは生き直す場所なんだよ」
「生き直す……?」
俺が繰り返すと、リュカはゆっくりと頷いた。
「感情を持った者は、表の世界じゃ異物として排除される。でも、それでも心を持っていたいって願った人たちが、あそこにたどり着くの」
サクラは、手元のグラスをじっと見つめていた。
「じゃあ……そこにいる人たちって、ずっと息を潜めて暮らしてるの?」
「ううん。逆だよ。表では笑えなかった人たちが、初めてありがとうって言ったり、大声で笑ったりできるようになる場所。自分の心を閉じ込めずに、生きられるんだ」
リュカの声は穏やかだった。
「朝は、魔術班と訓練班に分かれての基礎練習。午後は耕作地の手入れや水循環のチェック。夜には、ちいさな集会所から歌声が聞こえてくる。楽器もあるし、笑い声も絶えない」
「……歌が聞こえる街……か……」
「うん。その音が希望なんだよ。だから私は、あの場所を守りたいって思ったの」
サクラが小さく息をのむ。
「それって……私と同じだ」
「……?」
「私は長い間、何も疑問にも思わず、女王として生きてただけ。でも、アルトに出会って誰かと繋がるってことがどういうことか、やっとわかったの。だから、ミュノエーラの人たちの気持ちも、少しだけ分かる気がする……」
リュカは優しく微笑んだ。
「うん。だから私は、感情のある未来を守りたい。終わってなんかいない、まだ希望は残ってる」
沈黙がテーブルを包む。
けどそれは重さではなく、確かな温度を持った静けさだった。
サクラがぽつりと口を開く。
「私も、見てみたい。その未来……」
「なら明後日、アルトと一緒にさざなみ酒屋の地下で見てみなよ」
リュカの声に、かすかな希望が宿っていた。
「実はね、うちのギルドマスターはミュノエーラにいるの」
「え?ギルマス……?」
突然の紹介に、俺とサクラは思わず顔を見合わせた。
「そう。今のオルヴェリテが落ち着いてるのはサラ――つまりサクラのおかげ。でもミュノエーラが保たれてるのは、その人がいるから」
リュカは少し誇らしげに笑った。
「ギルマスの名前はライ。あ、本名はライズね。アルトに少し似てるところがあるかもねー?流されやすそうに見えて、内側にはちゃんと芯があるとことか」
「いやいや、俺、そんな……」
「ふふ、ライズも最初はそう言ってた。でも、いつの間にか皆が彼を中心に集まってたんだよ」
「……その人が、ミュノエーラをまとめてるんだ」
「そう。彼の言葉には力がある。戦い方って、力だけじゃないってことを一番知ってる人。だからあの場所に、希望が生まれた」
リュカは語り始める。
「ミュノエーラの地下にはちゃんと街があるの。広場、住居、研究棟、水耕畑、魔力で稼働する照明が空を模して、朝と夜のリズムまである。初めて見たとき、私、泣いちゃったよ。『こんな世界が誰にも知られずにあったなんて』って」
「……もう一つのオルヴェリテ、か」
「うん。でも、文明はこっちより進んでる。魔術と科学の融合技術、魔力制御のコア、防御バリア、空気浄化装置――全部ライズたちが作ったものなんだけど、感情がある分だけ、議論も発想も柔軟なんだ」
リュカの目は、どこか優しく細められていた。
「笑って、泣いて、ぶつかって、また笑う。誰かを思う気持ちが、街を形造ってく。過去や夢を、黙っていなくてもいい。つまり、心がちゃんと息をできる場所をつくってるんだ」
サクラの目に、ほんの少し光が宿る。
「……そんな場所が、本当にあるんだね」
「あるよ。それを信じて、一から築いた人たちがいる。その後はライズを中心に、残された感情を集めてつくったんだ」
リュカは両手をテーブルに置いて、まっすぐこちらを見つめる。
「もし、戦うだけじゃない何かを探したくなったら、ライズに会って。あの人なら、必ず応えてくれる」
しんと静まり返る店内で、レモンティーの氷が静かにカランと鳴った。
その音が、胸の奥に静かに広がっていく。
「……アルト、近いうちにミュノエーラに行こう。私たちの足で、未来を見に」
サクラの言葉に、俺は強く頷いた。
「そうだな。まずは、明後日……ギルドの集会で一歩を踏み出そう」
リュカが、にこっと笑ってグラスを持ち上げる。
「うん、それがきっと、未来に繋がるはじまりになるから」
「そうだな!まずは明後日だな!」
俺はサクラとリュカを交互に見ながら、大きく頷いた。
決意を胸に、俺たちは店の前で別れの挨拶をする。
「あたしは明後日までオルヴェリテにいるから、何かあったらすぐ連絡して!あ!ミリにも伝えとくから!」
リュカは元気に言い、俺たちと端末で連絡先を交換した。
「色々ありがとな、リュカ!」
「また明後日ねー!」
リュカは大きく手を振りながら、街の中へと消えていった。
ふっと、夜の冷たい風が吹き抜ける。
「さぁ、戻ろっか」
俺はサクラのほうを向き――
一瞬、言葉を飲んだ。
サクラが、ほんの少し顔を伏せて、何かを決意するように手を伸ばしてきた。
そっと、俺の手を握った。
「……た、たまには、私からでもいいでしょ?」
サクラの小さな声。
耳まで真っ赤になった顔を、恥ずかしそうに隠すように、ちらりとも俺を見ない。
「い、い、いいけど……!」
俺も咄嗟に返事をしながら、顔が熱くなりすぎてサクラを直視できなかった。
やべぇ……近いんだけど……
今、確実に、心臓ぶっ壊れそう。
「えへへ……」
サクラが、手を繋ぎながら小さく笑った。
でもその笑いも、どこかぎこちない。
絶対、サクラもドキドキしてる。
――それが伝わってきて、余計に俺もヤバい。
「……お、お好み焼き……作ろうな、明日……!」
俺はなんとか話題を振って誤魔化す。
「う、うん!……アルト、朝、起きれるかな……?」
サクラもそわそわしながら、目線を泳がせる。
「ぐっ……そ、それは……努力する……!」
「ふふ……うん。楽しみにしてるね」
また、ふたりして無言になる。
手を繋いだまま、並んで歩くけれど――
まともに顔を見れない。
視界の端に、サクラがいる。
「……なぁ、サクラ」
「な、なに……?」
お互い、声が小さくなった。
「……無理すんなよ」
俺はそう言った。
サクラは一瞬だけ立ち止まって、ぎゅっと俺の手を握り直す。
「……アルトも、無理しないでね」
まだ、顔をちゃんと見られない。
でも、ちゃんと想いは繋がってた。
手を繋いだまま、静かに歩き出すふたり。
その時、サクラがぽつりと呟いた。
「私……戻ったら、女王なんだよね……」
「……」
「たった一日半、アルトと一緒に過ごしただけなのに……私の中にはもう、あの頃の女王だった私は存在してない」
その声は、小さく震えていた。
「……サクラ……」
俺は、サクラの手をぎゅっと握りしめる。
サクラは、少し無理やりに、明るい声を出した。
「でも、アルトもミリもいる!私ならできるんだから!……女王さま、復活!」
無理やり笑って、自分に言い聞かせるように、必死に。
だからこそ、俺にはわかった。
「サクラさ……」
俺はゆっくり、サクラの顔を覗き込む。
「無理してんの、バレバレ」
「え……?」
サクラが驚いたように俺を見る。
「顔に出てるっつーの。いつもより眉間にシワ寄ってるし、声も……震えてる」
サクラは――
ぷるぷると小さく震えて――
「……アルト……」
耐えてたものが、ぷつりと切れたみたいに、ぽろぽろと涙を浮かべた。
「あっ、あっ、ちょっ……!ご、ごめん!」
俺はパニックになる。
やべぇぇぇ!
泣かせたぁぁぁ!!
俺はなんてバカなんだぁぁぁ!
焦った俺は――
グイッ!
繋いでたサクラの手を思い切って引き寄せた。
「きゃっ……!」
そのまま、サクラを胸に抱きしめる。
ドクン、ドクン……
耳元で、自分の心臓の音が爆音で聞こえた。
「……俺が、いるじゃん」
サクラの髪に額を預けるみたいにして、俺はそっと囁いた。
「焦らなくていいよ。サクラはサクラのペースでいいんだよ?それに俺にもっと甘えて頼ればいい」
サクラは、俺の胸元に顔を埋めたまま、小さな声で――
「ア……ルト……ありがとう……」
か細い声が、震えながら俺の胸に響く。
俺はサクラの背中をそっと撫でた。
「……サクラ、俺はずっと味方だから」
「……うん、知ってる」
サクラの声は、もう涙混じりじゃなかった。
ぎゅっと強く、俺の服を握りしめる手だけが、サクラの気持ちを物語っていた。




