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6 専属使用人(シルベローナ)

 やあ、友人。婚約者を得て、本宅から王都の家に帰ってきたよ。婚約者殿も王都に住んでいるようで、今後時間ができたら遊びに来るらしい。そのときに約束した本を持ってきてくれるということで楽しみだ。

 遠出できるようになった私は、お茶会にも参加することになると帰りの馬車の中で両親が言っていた。

 お茶会にはあまり興味がない。そう正直に言うと、苦笑を返された。コネや繋がりを得るために必要とはわかっているが、気がのらないのだ。そういった場にでるよりも家の庭で本宅と王都の植生や虫の違いを調べている方が有意義だ。これまでは記憶の中にある日本との違いを調べるだけだったが、同じ大陸の離れた場所の違いを調べることも楽しい。

 魔法といい、植生といい、たどってきた歴史と文化といい、日本と違うものばかりで充実しているよ。今生すべてを使っても調べきれないだろうな。つまり退屈しないことが確定していて、未来は明るい。婚約者殿もいい人だったしな。

 そうそう、今後両親や兄上と離れて行動することもあるだろうからと専属のメイドがつくことになった。四歳くらい年上の少女を一年かけて専属に育てていたらしい。領地内の村長の娘なのだとか。出身地にどんな動植物があったか聞いてみたいものだ。

 そんなことを考えつつ、紙束に本宅の庭で見たことを書き込んでいると扉がノックされる。


「入ってかまわんよ」


 そう言うと扉が開き、メイド長に連れられて十歳くらいのメイドが入ってくる。赤毛の長髪を後ろで三つ編みにしていて、明るい茶の目でこちらを見ている。その目が少し見開かれ、なぜか懐かしげな感情が表れていた気がする。


「お嬢様。今日からこの娘がお嬢様の側役となります。なんでも申し付けください」

「紹介ありがとう」


 礼を言うとメイド長は微笑みを浮かべて、失礼しますと去っていく。あのメイド長からは避けるような仕草や雰囲気を感じたことはない。二十年以上メイドとして働いているだけあって、そこらへんを隠す術に長けているのだろう。もしくは本当に気にしていないかだな。

 残った側役とやらに視線を向ける。注意を向けられたことで口を開いた。


「本日からシルベローナ様の側役を仰せつかりました。コーラルと申します、よろしくお願いいたします」

「ああ、頼む」


 頭を下げたコーラルに返事をして、今のところは用事はないと告げる。今は本宅の庭について書き記すことが優先だ。

 紙にペンをはしらせる私にコーラルが近寄ってきた。何か別の用事でも思い出したか?


「お茶のおかわりは必要でしょうか?」

「おねがいしようか」


 顔を向けずに言うとコーラルは机に乗っていたティーカップを持って部屋から出ていった。

 その後戻ってきたコーラルがお茶とクッキーを静かに置いて、その香りが鼻をくすぐり一息入れるかとペンを置く。

 クッキーをひとかじりして、口の中に甘さが広がり、お茶を飲む。クッキーの甘さとお茶の渋さがほどよく合わさる。日本でもそこそこ良い茶は飲んでいたが、この家でだされるものはそれ以上だ。どんどん舌が肥えていく。これが普通に感じてしまっては、美味しいものを美味しいと感じられなくなるかもしれないから注意が必要だな。


「あの、なにかお茶に問題ありましたでしょうか」

「いや、いつもと変わらず美味いが? なぜそう思った」

「少しだけ表情が硬かったような気がしましたので」


 ほう、表情を読まれるほど強く感情を出してはいないのに。観察力が高いのだろうか。


「どこか問題があったというわけではないから気にしてなくていい」


 コーラルはこくりと頷く。そのまま静かにお茶とクッキーを楽しんでいると、質問をしてよいかと好奇心を感じさせるコーラルが言ってきて、それに頷く。


「なにを書いていらしたのでしょうか。もしかして先日会いに行かれたという婚約者への手紙とか」

「いや違う。本宅に行っていたのは知っているな? そのときに庭で見た植物や虫や土の様子を忘れないうちに書き残していた」


 コーラルは期待に目を輝かせていたが、内容を聞くとコテンと首を傾げる。


「……どうしてそのようなことを? 教師たちからの宿題ですか?」

「興味があったからだが? 誰に強制されたわけじゃない、趣味のようなものだ。ここの庭と離れた場所にある本家の庭にどれだけの違いがあるのか、それを私自身が気にしたから書き残している」

「……」


 コーラルがなにが言いたげにこちらを見ている。口にすると無礼に当たることでも考えたのだろうか。


「なにか言いたいなら言ってみろ。よほどのことでなければ怒ったりしないから」


 いいのだろうかと表情に出して、おずおずと口を開く。


「そうすることになにか意味はあるのですか? 私にはなにに役立つのかさっぱりわかりません」

「役立つことはほぼないだろう。だからといって無駄とは思わぬ。楽しんでいるのだから、精神の安定にも繋がる。誰かに迷惑をかけない役に立たない趣味などそこらにたくさん転がっているだろう。君はそれらを無駄だからやるなと言うのかね?」

「いえっそういうわけでは」


 慌てたように首を振る。これは少し怖がらせたか。


「怒るような質問ではなかったから気にしなくていい。だが役に立つ趣味だけをやれというのは傲慢だ。なにを楽しみにするかは人それぞれ。迷惑をかけていないならいいではないか」


 そうですねとコーラルが頷く。なにかしんみりとしているな?


「わかってくれたようで嬉しいよ。でだ、君の村がどこにあって、どのような植物が生えていたかなど聞きたい。かまわないかね?」

「はい、えと私の村は……」


 住んでいた場所を思い出しながら話し始めたコーラル。その声に耳を傾けながら、お茶を飲む。

 コーラルの出身地はこれといった特徴のない農村のようだ。収穫量も毎年安定していて、荒れた土地というわけでもないという。食うに困らず、余裕のある穏やかな暮らしができていたとのことだ。

 この家にはいずれ嫁入りするときの箔付けとしてやってきたと言っていたが、そこは少しだけ口調が硬くなったので、別の事情があるのかもしれない。そこらへんの事情は両親が把握しているだろうし、家に受け入れたということは問題ないと判断したのだろう。

 話していていくうちにコーラル自身のことにも触れていった。使える魔法の回数が多く、それを用いて実家の手伝いをしていたらしい。

 私を含めた多くの者は初歩的な魔法を三回から十回くらい使うことができる。そんななかたまに三十回や五十回使える者がいると本で読んだことがある。殻を破った者と称される、それにコーラルは当てはまるのだろう。

 趣味は使える魔法の応用を考えることだそうで、この家でも使用しているのだそうだ。どのようなものか聞いてみると、熱風で乾かす時間を早めたり、水流を操って洗濯物を手洗いせずによくしたり、果物に熱を当ててドライフルーツを手早く作ったりだ。一般的に魔法は戦闘に使用されることが多いのだが、コーラルは日常に使用しているのだな。使い方が地球にいた頃を思わせる。村にいた頃から重宝されただろうな。ここに来るときもさぞ惜しまれただろう。そう伝えると、曖昧な笑みが返ってきた。


「ずいぶんと便利に魔法を使っているから、村人たちの役に立っていたと考え、そう思ったのだが。違うのか?」

「魔法の応用も成功ばかりではありませんでした。失敗して迷惑をかけることも何度か。それにあれこれと村のあり方に口をはさんで疎ましく思われていましたね。村を出ることを惜しむ声もありましたが、ほっとしていた人もいました」

「そうか。魔法の使い方から柔軟な考えをしているとわかる。その考え方で周囲を見れば、疑問や無駄が多く見えたのだろうな。これまでの生活を続けたい者からすれば、君の提案は日常を大きく変えていく恐怖を抱かせるものだったのだろう。異質なものを恐れ、遠ざけることで安堵を得たのだろうな村の者たちは」


 コーラルは少し目を見開き、小さく何度も頷いた。


「……なるほど。私の言葉が受け入れられなかったのは、変わることが怖かったから。急にあれこれやりすぎたということでしょうか」

「おそらくな。少しずつ変えていけばまた反応も違ったものになったのかもしれぬ。想像でしかないがね」


 さてこのままデスクワークという気分でもなくなったし、庭に出て散歩ついでに変化を見て回るとしよう。咲いてるいくつかの花でも見れば、コーラルも気分転換できるだろうさ。

 椅子から降りて、コーラルに同行を命じ、一緒に部屋を出る。

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