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5 婚約者(ガルフォード)

》ベルクカッツ公爵家次男ガルフォード


 僕には三歳上の兄がいる。なんでもできて、人当たりもよく、誰からも好かれるそんな兄だ。

 自慢の兄だ。そう思う気持ちに嘘はない。でも一緒にいることが苦しくなることがある。とても離れたくなることがある。

 僕がなにをしても、兄がここまでできたのにお前はできないのかと、周囲の人間は言う。

 兄になにかあったときのスペアとして、同じくらいできることを求められることは成長していくうちにわかった。

 だから追いつこうと努力した。でも追いつけない。どれだけ時間をかけても、兄まで届くことはない。それを見て周囲の人間は溜息を吐き言うのだ。できない子だと。

 心にひびが入る。

 さらに努力しても兄には追いつけない。どんどん兄は先に進んで、振り返り手を伸ばし言う。ここまで来いと。僕は懸命に進んで手を掴もうとするけれど、届かない。兄は伸ばしていた手を引いてさらに進む。そしてまた振り返り、後方にいる僕を見る。その表情は笑みであり、嘲りなど欠片もない。微笑みながら手が伸ばされる。僕がそれを掴めたことは一度もない。けれど兄は言う。ここまで来いと。兄は疑わない。自分のいるところまで誰でも行けると。

 心のひびが広がる。

 進むことが辛い。歩みを止めたくなる。でも止まらない。意地であり惰性であり、進んだ先にあるかもしれないなにかを求めた。

 そして心のひびを通して、柔らかな月光が項垂れた僕に注がれた。僕だけに注がれた光。

 歩き続けた先で、手にすることができた僕の月。


 ある日の夕食後、十日後出かけるぞと屋敷に来ていたお爺様に声をかけられた。どこにと返すと、以前聞いたことのある年下の婚約者に会いに行くのだという。

 成長して遠出に耐えられるようになり、そろそろお茶会などにも出席できるようになったので、顔合わせするのだとか。

 年下の婚約者のことを聞いたのは一年くらい前だ。ほっとしたのを覚えている。同年代や年上だったらきっと萎縮して碌な対応ができなかっただろうから。

 お爺様と一緒に馬車でファッテンベル家の領地へと向かう。

 同じ王都に住んでいるのに、どうして王都から離れたところで会うのか。それは僕が逃げられないようにするためらしい。逃げはしないけど、王都で会うことになったらなんだかんだ理由をつけて出会う時期を引き延ばしていたかもしれない。


「ファッテンベル家がどういった家なのか知っておるか?」

「い、いえ」


 道中静かになりがりな馬車の中、お爺様がそう切り出す。静けさに耐えきれず話題を探したのか、それとも話しておくべきことだと判断したのだろうか。

 頷いたお爺様がファッテンベル家について話し出す。


「わしらを含めた三つの公爵家、その一つ南のゴートル家を源流とした家がファッテンベル家だ」

「ファッテンベル家の領地は王都の北西だと聞きました。繋がりがあるなら近くに領地を構えるのでは? その方が協力する際など便利だと思う」

「それはあの家が独立したからだ。独立しもらった領地が現在の土地だった」


 独立とかすごいな。僕はそんなことできそうにない。自分の力で進んでいくことなんて。


「ゴートル家は武を主軸とした家。南の危険地帯から入ってくる魔物に対抗するため武力を必要としているからだな。その中にあってかつてのファッテンベル家は事務作業を得意としていた家だったそうだ」

「そうなのですね」


 兵を動かすのもいろいろと準備が必要と聞くから、きっとその準備で大切な役割を果たしたのだろう。

 この考えが間違ってたら叱られるだろうし、口に出さず同意だけする。


「あるときゴートル家の分家であったファッテンベル家がよその大陸との交流で大きな功績を上げたことで、ゴートル家の力が大きくなった。その力を削ぐ目的で功績を上げた分家が独立を促され、その後も出世して侯爵へという流れらしい」

「ゴートル家は独立に反対しなかったんですか」

「ゴートル家は自分だけが大きくなると国内のバランスが崩れると心配し、分家独立に乗り気だったようで、ファッテンベル家は何事もなく独立したそうだ。その後も臣から主になって勝手のわからない元分家の世話をあれこれと焼いたことで、ファッテンベル家はゴートル家に感謝し、家訓にもゴートル家が困ったときは力を貸すよう記されているのだとか」


 そういえば、かつて南部震災が起きて被害が生じたとき、ファッテンベル家が即座に支援を行ったと書物に書かれていたな。そういう事情だったんだ。


「ゴートル家とファッテンベル家のつながりは今でも大事にされているようだ。これから会いに行くシルベローナ嬢が初めて参加する茶会もゴートル家が主催するものになるだろう」

「今のゴートル家にはシルベローナ嬢と近い年齢の娘がいると聞きました。もしかしたら友人となるかもしれませんね」

「かもしれぬな」


 話はファッテンベル家の成り立ち以外に、現状どういったことをやっているのかといったものへと移っていき、それが終わると再び馬車の中は静かになった。

 こんな調子でたまに会話をしながら、馬車はファッテンベル本宅のある町に到着した。

 僕らが到着したときには、ファッテンベル当主一家はまだ到着していないようで客室に通されてのんびりとすることができた。

 本を読んでいると表が騒がしく、窓から外を見る。そこには当主と示す家紋の描かれた小さな旗が掲げられた馬車があり、当主一家が馬車から降りているところだった。

 小さな女の子がいる。黒髪と聞いていたから間違いないだろう。その子がこちらを見て、思わず顔をそらす。不快に思われたかもしれないと視線を外に戻すと、兄に手をひかれて屋内に入っていった。

 夕食は皆で一緒にとると聞いている。そのときに会うだろうけど、大丈夫だろうか。今から緊張する。

 緊張したまま夕食が準備された広間に入ったら、公爵家縁の者ということで次々に挨拶される。それに必死に対応していたら、シルベローナ嬢に挨拶ができなかった。顔をそらしたことといい、また不快にさせたかもしれない。明日の顔合わせが今から憂鬱だ。


 朝が来て、いよいよ顔合わせだ。メイドに手伝ってもらい身支度を整える。

 準備を終えたことで、お爺様と一緒に顔合わせのために整えられたという部屋に向かう。

 部屋に入ると、シルベローナ嬢がこちらを見ていて、また顔をそむけてしまった。何度やらかせば気が済むのだろうか僕は。

 近づき、まずはお爺様たちが挨拶する。王都にある学院の同期と馬車の中で聞いた。そのときから親しい付き合いなのだろう。僕にはそういった人物はいないから羨ましくもある。

 次に僕らの挨拶になる。間近で見るシルベローナ嬢は可愛いが、目が正直に言って怖い。光がない。目を見て話すのは無理だったので、でこを見て話させてもらう。

 お爺様が普通と評し、シルベローナ嬢が緊張していると返したが、僕にはそうは見えない。緊張などなく、自信に溢れお爺様の前に立っている。これだけで強い子だとわかる。

 お爺様に普段通りを求められ、すぐに普段通りに話すことから、やはり強い子だという感想に間違いなどなかったとわかった。

 こんな子が本当に僕の婚約者でいいのだろうか、もっとふさわしい人がいるのではないだろうか。それこそ兄上のような。そう思っていたらゲヘンスト様が婚約破棄もあり得ると言ってくる。それにお爺様も同意する。やはり僕にはと落ち込みかけたら、お爺様が頭に手を置いてくる。叱るようなものではなく、励ますような意思を感じた気がした。

 シルベローナ嬢と向かい合って座る。こっちを見てくる真っ直ぐな視線に気圧されるとシルベローナ嬢が形のよい唇を動かす。


「さてなにから話そうか」


 年上の僕が先導した方がいいのに、こんな小さな子に気遣わせてしまった。


「この目が怖いのだろうか? それならどうしようもないので諦めてほしい」


 怖いと思っているのは事実だけど、ここで言ってしまっていいのか。傷つけはしないか。言えばいいのか言ってはいけないのか迷う。迷いのせいか、言葉にならない声のみが口から零れ落ちる。

 落ち着いてゆっくり話すように促され、深呼吸を繰り返す。どうせ駄目になる話なのだから正直に言ってしまっても、と思ったことを伝え、恐る恐る反応を見る。

 シルベローナ嬢は傷ついた様子なく、返してきた。傷ついてないのかな? でも心の中では傷ついているかもしれない。別に思ったことも伝えれば、少しは傷をなくせる、かな?


「でも綺麗だとも思う、よ?」

「目が?」


 目じゃない。勘違いさせたのは僕の言葉が足りないせいだ。伝えたいのは別のことだ。


「着ているものとか似合ってる。月のお姫様みたいで見惚れた。将来はきっとすごい凛々しく綺麗になるのだろうね。国一番になるのかも。舞踏会での視線を独り占めしてもおかしくないと思う」


 褒めるところは服だけではない、黒く艶やかな髪は夜闇よりも暗く、けれども光の反射で生み出される輪がよく映えて綺麗だ。白い肌は雪のごとく、ほんのりと体温を感じさせる赤みも愛らしさに一役買っている。目は怖いが、目そのものの形は悪いものではないし、鼻や唇なども整っている。神秘的な美少女と言っていいのかもしれない。


「……」


 正直に思ったことを伝えたら無言になった。あ、よく見たら頬や耳の赤みが強く。も、もしかして照れてるのかな?

 照れた様子だけで印象ががらりとかわる。目や口調で硬く近寄りがたい印象だったのが、いっきに外見通りの女の子って感じに。

 そういった考えを察したのかシルベローナ嬢は小さく咳払いして、話を続ける。

 その流れで兄のことを話したら、そうではないと切って捨てられた。兄のことはどうでもよいと言われたことに驚きを隠せなかった。

 兄のことが知りたいのではないかと確かめてみるとやはり否定される。僕自身のことを聞きたいと言われて、心に衝撃がはしる。

 僕は次男で、優れた長男がいる。家を継ぐのは兄で、僕はスペアにすぎない。誰もが兄のことを気にかけて話を聞きたがった。そのたびに兄について話して、誰もが兄を見る。

 僕が自分のことを話さなかったのも悪いのだろう。しかし話しても比べられてそれでおしまいだったはずだ。それに誰が気弱な次男と縁を繋ぎたがるのか。縁を繋ぐなら次期当主の優秀な兄だろう。スペアはスペアのまま、兄に届くことなく劣化品のまま、誰かに見られることなく時が流れていくものだと思っていた。

 そう思っていたけれど、今日僕は、僕を見てもらえた、目の前の少女にはしっかりと僕という存在があるのだ。そう思うと目から涙があふれ出す。


「いつまでも泣いてないで聞かせてくれ」


 泣いている僕にシルベローナ嬢が言い、頷いて話し始める。

 僕の話を真剣に聞いてくれて、時折投げかけられる質問に答えると小さく頷かれる。

 話が進んでいくうちに、シルベローナ嬢の目に変化が起きる。柔らかな光が宿り、生気に溢れ、いつまでも見ていたくなる、そんじょそこらの宝石など比べものにならない綺麗な目。目の色と柔らかな光があいまってまるで月のよう。その瞳に引き込まれ口が止まる。

 どうしたのかと聞かれ感想を返すと納得したように話す。その中に「婚約者殿」という単語がある。これまでは君といった呼びかけ方で、婚約者とは呼びかけてこなかった。僕のことを婚約者として受け入れてくれたのだろうか。もしそうなら嬉しい。

 期待を胸に、僕が婚約者でいいのかと尋ねる。すると肯定された。やはり嬉しい。この子に受け入れられたことがとても嬉しい。

 前に進むことを諦めないかぎりは婚約者としていてくれる。そう言ってもらえた。兄を追うのではなく、自分自身を乗り越えていけと助言ももらえた。届かぬものを目指して大きく進むのではなく、たしかな一歩を刻み続けるということなんだろう。

 これまでは意地と惰性だけで努力を重ねてきた。でもこれからはどちらもいらない。この子と一緒にいられるのなら努力は苦ではない。兄のことは今後も気になるだろうけど、進む目的は兄のことだけではなくなった。これからも失敗するだろうし、手こずることもあるだろう。周囲からの声でくじけることもあるはずだ。でもそれは足を止める理由にならない。諦めない理由ができた。月の女神のようなこの子が僕を見てくれるなら、その柔らかな光を頼りに歩き続けることができる。そしていつかこの子に導かれるのではなく、隣を一緒に歩けるようになりたい。


「嬢はいらない。シルベローナかジーナでいい」

「……じゃあシルベローナで」

 

 話していると呼び方についてシルベローナが触れてくる。ジーナと呼ぶのは、今の僕よりもっとすごくなってからだ。

 それにシルベローナと口にすることすら少し照れる。ジーナと親しげに呼ぶときっとこれまでとは違った意味で緊張してしまいそうだ。

 いつかは親しみを込めて呼べるようになりたい。この胸に灯った熱が伝わるように。


 顔合わせが終わり、ファッテンベル家から与えられた部屋でお爺様にシルベローナにふさわしくなりたいという心の内を話す。

 兄に追いつくことを放棄した、その宣言に叱られるかと思ったが、穏やかに笑い頭を撫でられた。おそらくだけど応援しているぞと言葉無く励まされたと思う。

 ああ、ここにも見てくれる人がいる。

 ファッテンベル家に来てよかった。いろいろと得たものがある。それはきっととても大事なものだから、手放さず頑張っていこう。

・原作ガルフォードの原作シルベローナへの印象

太陽のような明るく可愛い引き込まれる子

そのことを不快に思われないか気にしつつも一生懸命シルベローナに伝えた

シルベローナはそんなガルフォードを気に入る

ガルフォードが見た目のまま気弱ということは理解できていた。そんな子が勇気を振り絞って、接してくる姿が美しいと思えた。この子を自分のものにしたいとシルベローナは考え、婚約が成立

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[一言] お~のれおのれガッチャマンw
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