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4 婚約者(シルベローナ 2)

 リビングにいる祖父母のところに行っても綺麗だ可愛いだと状況が変わることはなかった。ドレスを準備して楽しみにしていた様子だったんだ、こうなることは少し考えればわかることだったな。

 さすがに婚約者殿ならいきなり褒めてくることはないだろう、さっさと顔合わせに行くぞ。


「婚約者殿が待っているのでしょう。案内してください」

「まあ、彼に今の姿を見せたいのね」

「違う」


 祖父母に連れられて、顔合わせの場として整えた空き部屋に向かう。中に入ると誰もいなかった。


「メイドが呼びに行っているからすぐに来るわよ」


 五分ほどで扉がノックされて、少年が彼の祖父らしき男性と一緒に入ってきた。少年は暗めの銀の短髪で、碧の眼を持っている。白のスーツ上下に黒のネクタイ、よく磨かれた黒の革靴といういで立ち。

 少年を見ると、おどおどとした様子で顔をそらされる。なにをそんなに怯えているのか。その位置からでは私の目もしっかり見えていないはずだが。


「久しぶりだな、ゲへンスト。元気そうでよかった」

「ああ、そっちも元気そうだな、グーニンド」


 まずは祖父同士で挨拶している。肩を叩き合い、ずいぶんと親しそうだな。貴族としての挨拶というより友人同士の挨拶のようだった。次に互いの孫の紹介になる。


「侯爵家長女シルベローナでございます」

「公爵家次男ガルフォードです」


 目を見て、若干動揺したあと視線を目からでこ辺りに固定され挨拶を返される。


「うむ、可愛い子であるな。少々変わったところがあると聞いていたが、普通の子だな?」


 グーニンド様の視線が目に来て、若干戸惑ったような様子を見せたが、そのままそらさず普通と称される。祖父を前にしては、さすがに死んだ魚の目と言えないな?


「さすがに公爵家縁者を前にしては緊張いたしますわ。普段通りでいることなどできません」


 特に緊張していないが、こう言っていた方がそれらしいだろう。高位貴族にいつも通りで話して不興を買ってしまっては父上たちに迷惑がかかる。


「すでに現役を引退した身。ただの爺だ、緊張などせんでもよい。普段通りの姿を見せてくれぬか」


 いいのだろうか? 祖父に顔を向けると、頷きが返ってきた。いいのか、ではそうさせてもらおう。もちろん敬意自体は持つが。


「お言葉ありがたく。力を抜きいつもの口調で話させていただきます」

「先ほどの受け答えも年に見合わぬものだったが、さらにだな」


 おもしろげにこちらを見てくるグーニンド様と驚いた表情を受かべた婚約者殿。視線を婚約者殿に向けると、やはり視線をそらされる。


「どこで覚えてきたのか、ずっとこのような感じですな。これも個性でしょう」

「この婚約話、良かったのかもしれぬな。ガルフォードを引っ張ってくれるかもしれん」

「ジーナが嫌だといえば、なかったことにしますぞ。ガルフォード殿があまりに頼りないとこちらとしては可愛い孫を託すのに不安ですからな」


 はっきり伝えたな。グーニンド様はあまり気にしていない様子。


「こちらとしては受けてもらいたいが、流れても仕方ないことではあるな」


 グーニンド様が婚約者殿の頭をポンと励ますように叩く。

 あとは若い者同士でといった感じで、窓際に置かれているテーブルで向かい合うように座る。祖父たちは離れたところで雑談している。

 使用人がお茶を入れ、カップを私と婚約者殿の前に置く。それを飲んで、少し静かな時間が流れる。いい加減こちらもなにか話すか。


「さてなにを話そうか」


 こう言っただけで婚約者殿は身を縮める。うーむ、なぜこんなにびくつくのか。年下の幼女を怖がる必要もあるまいに。聞いてみるか。


「この目が怖いのだろうか? それならどうしようもないので諦めてほしい」

「え? ええと。その」


 慌ててなにか言おうとしてできずにいる。

 落ち着いてゆっくり話すように促すと、深呼吸を繰り返して婚約者殿が口を開く。


「目はその、怖いかな」

「やはりか。私自身もどうにかならないかと思うが、生まれついてこれなのでな。慣れてくれるとありがたい」

「でも綺麗だとも思う、よ?」

「目が?」


 違う違うと首を大きく振られる。そこまで否定しなくてもいいだろうに。


「着ているものとか似合ってる。月のお姫様みたいで見惚れた。将来はきっとすごい凛々しく綺麗になるのだろうね。国一番になるのかも。舞踏会での視線を独り占めしてもおかしくないと思う」

「……」


 婚約者殿も褒めてくるとは。しかも父上たちより、なんかすごい褒めてくる。国一番とか、それは言いすぎだろう。家を出るときに兄上も言っていたけど、誉め言葉として流行っているのだろうか。まっすぐこっちを見て一生懸命といった感じなので、嘘やお世辞などではなさそうだ。本当照れるのでやめてほしい。


「ぁ」

「なにか?」


 なにかに気づいた様子なので聞いてみたら、またすごい勢いで首を横に振られる。首が痛くはないのだろうか。

 気づいたことを言いたくない様子なので別のことを話すとしよう。


「公爵家の次男ともなれば婚約の話はいくらでも舞い込んでくると思う。これまでこういった顔合わせは何度か行ったのかね?」

「兄さんはやったことがあるみたい」

「君は?」

「僕は初めてだよ。この話があったからじゃないかな。それに僕にはこないと思う」

「それはまたどうして。少々気弱そうに見えるが、顔立ちは整っている。なにかしら問題を起こすような性格でもなさそうだ。一つ二つは話がありそうだと思うがね」

「……僕は落ちこぼれだから」

「そんなに勉学や運動が不得意なのかね?」


 若いのに落ちこぼれたのか、大変だな。いや教師の教え方が悪い可能性もあるし、彼だけの責任とは言えないな。


「兄さんの方がすごいって皆が」

「兄殿の話はどうでもいい。君がどれくらいできるのか聞いたのだよ」


 ふむん? 目をパチパチさせて驚いたような視線を向けてきたな。そんなにおかしなことは聞いていないと思うが。


「えっと兄さんの方がすごいんだよ?」

「今この場にいない者の話を聞いても意味はないし、興味もない。今私の目の前にいるのはガルフォードという少年であり、そしてその少年が私の婚約者になるかもしれないのだ。だから君のことを知りたい。どのようなことを習ってきた? どのようなことを覚えてきた? どれだけのことをその身に蓄えた? 誰かと比較するのではなく、君自身が学んできたことを知りたいのだよ。それを聞き、君がどのような人物なのか判断したいと思うのは当然のことではないかね?」


 とたんにガルフォードの目にじわりと涙があふれ、すぐに零れ落ちていく。泣いてはいるが、嬉しそうでもある。

 なんとなくわかった。兄殿と常に比較されてきて、自信をなくしていたのだろう。私が兄殿のことを気にせず、婚約者殿のことを知りたがったから、自分自身を見てもらえた気がして嬉しく思ったか。

 兄殿に興味がないことに嘘はないし、婚約者殿のことを知りたく思ったのも本当。同情などはなく励ます意味もない。軽い気持ちでの質問だったが、この程度で好感が稼げるなら儲けものだろう。


「いつまでも泣いてないで聞かせてくれ」


 こくりと頷いた婚約者殿が自身のことを話していく。落ちこぼれと称したが、そうでもないな。しっかりと覚えたことを話せているし、復習はしているようだ。私がわかる範囲で質問を投げかけると、つまることはあるが答えが返ってくる。基礎は問題ないが、応用に不安があるようだ。兄殿はそこもしっかりとしていて、比べられ駄目だしされるのだろう。

 この場合は兄殿が天才秀才の類で、婚約者殿は普通にできる人物ということだろう。まだまだ若いのだから、今後しっかりと学んでいけばどうにでもなるだろうさ。結論としては努力ができる一般人といったところだな。落ちこぼれなどでは決してない。努力が認められず、自信喪失しているだけにすぎん。

 好ましい人物ではないか。周囲から認められず、自信は失ってもそれでも足を止めずにいる。努力できる人物は好きだぞ。現状婚約者として不満などないな。


「……」


 婚約者殿が目を見開いてこっちを見てくる。


「どうした?」

「目がすごく綺麗だ。優しく地上を照らす月のように」


 先ほどは否定してきた目を褒めてくるか、おそらく母上たちが言っていたように目に感情がこもったのだろう。


「ああ、たまにこの目にも生気が戻るらしい。私自身は意識して変えてはないのだがね。家族には好評だったが、婚約者殿にも好評のようでよかったよ」

「婚約者殿?」

「そう呼ばれたくないのなら名前で呼ぶが?」


 婚約者殿はぶんぶんと首を横に振る。うーん、いい加減首を痛めそうだ。


「い、いや、僕が婚約者でいいの?」

「現状不満はないな。努力を認められず心折れようとも、前に前にと歩むことだけはやめなかった君は好ましい」

「好ましい、か……嬉しい」

「そうか。無茶しない程度に頑張りたまえ、君が今後も今の君であるなら婚約を解消などする気はないよ」


 頷く婚約者殿に褒めてくれた礼として助言の一つでも送ろうか。


「今後比べるなら誰かではなく、昨日までの自分と比べたまえ」

「自分と比べる?」

「ああ。昨日の自分より少しでもなにかを多く覚えたり、体を動かせるようになれば、それは確実に成長したということ。その積み重ねが将来役立つのだと思う。誰かと比べられても聞き流せばよい。今の婚約者殿には必要のない言葉だ」


 誰かと比べてできないことを嘆くより健全だろうさ。今の婚約者殿にはそうやって自信をつけていき心を立て直すことが大事なんだと思う。


「わかった。昨日の自分に負けないよう頑張るよ」

「頑張りたまえ、応援しているよ」


 話は婚約者殿のことから、私のことになる。好きなもの、嫌いなもの、そういったことを聞かれ答えていく。

 魔法に関心があると話したら、婚約者殿の家にある書物を貸してくれるということになった。ついでに誰かの旅行記や過去の出来事が載った本といったものも貸してくれるらしい。ありがたいな。読める日がとても楽しみだ。

 こうして初の顔合わせは問題なく終わり、婚約は継続することになった。

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