21 コーラルの思考 2
王族が訪ねてくるなんていう大イベントが迫り、シルベローナの世話以外にも仕事がふられて、主に掃除で屋敷の内外を駆け回った。
私が掃除して、さらに熟練の使用人たちがもう一度掃除していく。前世の年末大掃除が思い出される。
当主様たちも指示を出したりして皆が忙しい中、のんびりとしていたシルベローナが羨ましかった。いや主に掃除させるわけにはいかないんだけどね。シルベローナが掃除を始めたら、私らは止める側だ。それでももうちょっとそわそわとかしてもいいのではなかろうか。
そうして来訪当日になり、ビルフェとスフィナを待ち受ける。
そろそろ到着時間だということで玄関前に、先輩方と一緒に並ぶ。無言で立ちながら、これからやってくるスフィナについて考える。
スフィナを初めて見たときは驚いてしまった。なにせ原作では、シルベローナと組んで王族の権力を削りに削った存在なのだ。
原作のスフィナは王族というものを嫌っていて、その感情を隠して生きていたが、シルベローナに見抜かれた。
嫌っているのはスフィナの父に原因がある。彼はスフィナが城に引き取られてそう遠くないときに死ぬ。その際なにを考えたか、スフィナに自身の継承権を譲渡する遺言を残したのだ。
スフィナが本来持っていたのはかなり低位の継承権で、どうころんでも王には届かないもの。ゆえに貴族たちの関心も低かったのだが、突然高位の継承権を得ることになった。後ろ盾などほとんどない子供がそれを得たということは、貴族にとってはよだれものであり、貴族たちからの急な接触が増えた。
もちろん王族もスフィナを守ったのだが、完全に守れたわけではなく、綺麗とはいえないものを何度も見ることになった。
人形のような笑みの下でスフィナは考えた。厳しいだけの躾も、自分に群がってくる嫌な者たちも、なにもかも悪いことは父が関連していると。父を嫌い、父から譲られた継承権を嫌い、父と同じ血を嫌い、王族というものを嫌うに至った。
嫌う王族よりも上に行きたいというシルベローナの話は、スフィナにとって面白いといえるもので、王族の力などをぜひ貶めてほしいと願い、シルベローナがほしい情報を流し、命令で人の動きを操作した。その結果、シルベローナによって牛耳られた国が完成するのだ。
エンディングで、主要キャラの多くが悲しそうな表情や嘆いている表情となっているなか、スフィナだけは背を向けた絵で表情が見えなかった。けれどもその手には作中で主人公たちが祝杯に使ったグラスがあった。このことから結末を喜んでいるのだろうとプレイヤーたちに考えられていた。
そんなスフィナとシルベローナの出会いには、驚かざるを得なかった。運命はバッドエンドを望んでいるのかと。
ただし希望がある。原作では二人の出会いはシルベローナ13歳、スフィナ12歳。つまりスフィナが学院に入ってからの出会いなのだ。それよりも早い出会いは、二人の関係やこの先の流れに変化をもたらしてくれるのではと思っている。
なぜか特別なことをしていないはずのシルベローナに、スフィナが懐くような反応を見せていたけど、大丈夫だと信じたい。
門の外から馬車の音が聞こえて来たかと思ったらガルフォードで、皆気が抜けた息を吐いていた。そんな反応を不思議そうにするガルフォードをシルベローナの部屋に案内して持ち場に戻る。
そして少し待つとまた馬車の音が聞こえてきて、王家の紋章が入った馬車が敷地内に入ってくる。
皆緊張した様子で、ビルフェたちが下りてくるのを待つ。
側役が下りたあとに、ビルフェも姿を見せる。シルベローナを見たときも思ったけど、さすが美形と評されるキャラクターだ。彼の周りだけ煌めいているようにも見えた。彼のあとにおりてきたミーアやスフィナも可愛いのだけど、存在感はビルフェが勝っている。
執事さんがビルフェたちに近づいて、何事が話している。それににこやかに対応し、玄関前に並ぶ私たちにもご苦労と声をかけて屋敷の中に入っていく。
すぐにあとに来たキショウ家の二人とダーナの対応が気楽だったのは言うまでもない。むしろビルフェたちが来ていると教えられた彼らの方が緊張していた。
それにしてもなぜダーナがいるんだろうか? シルベローナからはなにも聞いていないし、原作で交流があったとも聞いていない。
ダーナは原作初登場時点で男装をしている。彼女の周囲の人間も男と思っているという描写だった。
ダーナも攻略対象だ。エンディングは特殊友情エンドという、百合カップルかな?とそんなことを匂わせる感じのものだった。
主人公との出会いは、突然の雨に濡れて着替えはないが髪や肌についた水をふくため使われていない教室で服を脱いだところをみつかるというものだ。
秘密にするように命じるダーナに主人公は頷いて、そこから交流が始まるのだ。正体を知っている主人公の前では気を抜けて、女として過ごせる時間があることを嬉しく思い、友情を深めていく。
ルートを進めていくと、女として堂々と過ごしたいという願いを主人公はダーナから打ち明けられ、二人で手段を考えて、過去の当主たちを超える実績を積むことで女当主を認めさせるという流れになる。
学院で新たな特産品などを生み出す方法を探して、シルク作りの文献を発見することになる。これを元にさらに調査を進めて、ダーナの領地でもやれそうだとわかり、試作品作成を進める。開発のための資金調達はどうしたといった疑問があるけど、そこはゲームなのでどうにかなったと一文が添えられれば納得できた。
そうして二人は出来上がった試作品を布を扱う商人に見せて、高評価をもらう。そこでシルベローナが関わってくる。シルベローナも子飼いの職人に質の良いシルクを作らせていて、それを王に献上することで表向きの繋がりを得ようとしていたのだ。
シルベローナからの妨害に挫けず、主人公たちは王からのお褒めの言葉をもらい、当主からの男装命令を跳ね除けるだけの実績を得る。
献上の際にシルベローナのシルクを凌駕する質のシルクを献上できないと、シルベローナも王からの印象に残って目的を遂げさせることになる。
シルベローナの目論見を阻止すると、その流れで妨害に関しての話にも繋がり、シルベローナは国から取り調べを受けることになる。そして余罪も見つかったシルベローナは処罰されることになるのだ。
ダーナについて考えてたりしつつシルベローナに王子やキショウ家組の到着を知らせているうちに、ビルフェたちと当主様たちの挨拶が終わって、シルベローナの部屋に移動することになる。
移動する人たちを見て思う。攻略キャラの半分がラスボスの家に集まったんだなぁと。悪役も集まってるし、今後も増えちゃうんだろうか。
部屋に入り、シルベローナとビルフェの挨拶の流れで、ビルフェから許しを得て普段どおりに話し出すシルベローナはすごいと思う。
さらに話していくうちにダーナの話になり、男装を見抜いた私にも関心が向けられることに。
そんな注目しないでっ魔力で見抜くとかやってないし! というかシルベローナ、そんなことできたの? 私は知ってたから見抜けただけだし。
なんでそうもシルベローナは私を褒めてくるの? もしかして追い出そうとしてるの? 褒めてビルフェに関心を持たせて、研究機関に放り込むつもり? 遠ざけたり、追い出されることしてないよ? 嫌われるようなことや原作知識を匂わせるようなことなにもしてないんだけど?
見学を諦めてもらえてよかった。この家にいたいって言って納得してもらえたよう。この家から出れば、シルベローナがなにかやらかしても被害は少ないだろうけど、かわりに見えないところで動かれる恐怖がある。原作どおりに進まない可能性もある現状、シルベローナも原作とは違った策謀を巡らせるかもしれない。知らないところで盛大にバッドエンドに突き進むとかなったら嫌だ。近くで策略を阻止できるよう警戒していた方が精神的に穏やかでいられる。
私から話題がそれてほっとしているうちに、ダーナがシルベローナから今後の指針について助言を受けてる。
それ主人公とやることでしょ! 実績を得るための方策は違うけど、開発資金の準備とかの話も出てるし、原作より具体的だよ! これダーナが実行したらダーナルート消えるよね。
ビルフェとミーアの仲も悪そうに見えないし、ガルフォードは言わずもがな。やだ、原作開始前に三つのルート消えてる。カンジョも落ち着いているし、このまま穏やかなままなら剣術教師ルートもなさそう。残るは伯爵長男ルート、ガルフォードの兄ルート、主人公の遠縁ルートの三つ。主人公のとれる選択肢が減ってるけど、そこは運命力でどうにかなるはず。私からは頑張ってとしかいえないわ。あ、あと一つ隠しルートがあったか。でもさすがにそっちにはいかないでしょ。大陸全土を巻き込んだ騒動とか勘弁よ。そのルートで見られるシルベローナの雄姿は少し気になるけどね。
ダーナとの話し合いに一段落ついて、遊ぶという流れになる。ぶっつけ本番での演奏とか思い切ったことをする。そして案の定、演奏とは言い難いものになった。でも最初から失敗すると言っていたこともあって雰囲気は悪くない。何度も挑戦している彼女たちは楽しそうでもあった。
こういうのでいいんだ。ほんとこの穏やかな雰囲気が続いてほしい。
原作の子供時代にもこういった時間はあったのだろうか? もしあったのならシルベローナはラスボスになることはなかったのだろうか? そんなことを考えつつ徐々にそろっていく音に耳を傾けた。
………
……
…
ずいぶんと時間が流れた。いろいろとあった。
キショウ家の劇団が王に披露されて、お褒めの言葉をいただいて、一流劇団の仲間入りした。
ダーナ主導の商品がレインコートやテントといった分野に進み、それらが想像以上に売れて、当主にぐうの音を言わさず、男装を止めさせることができた。
スフィナに渡されるはずだった継承権が、そんなものいらぬとスフィナ自身によって突き返された。
シルベローナが安全に最初の殻を破る方法を発見し、どこにも発表せずそのまま研究を続けている。どうして発表しないのか聞いたら、まだ完成していないということ、研究成果を奪おうと周囲が騒がしくなる可能性があること、いざというときの取引材料になること。といった理由で王とビルフェ以外には知らせていない。王たちもこっそりと報告書を出してくれるなら、シルベローナの考えを優先するということになった。
私は皆の魔法が使える回数が増えると生活が便利になったり、さらに魔法の研究が進むのではと思ったのだが、シルベローナたちは魔法を使った犯罪も増える可能性を危惧しているということだった。
主だったものはこの四つだろう。私は最後以外に関わっていないが、シルベローナは全てに関わっていた。というか巻き込まれていた。研究に勤しみたいシルベローナにとってはありがたくないことだろう。原作シルベローナは有利を得るため嬉々として関わっていきそうだけど。
この数年で私も成長し、大人のものとして体は完成した。そこそこの美人なのではなかろうかと思う。
シルベローナももう14歳だ。相変わらず目は怖いが、美貌に磨きがかかっている。目を閉じていれば誰もが認める美人だろう。たまに朝寝ているところを起こすことがあるが、思わず見とれて起こすのを躊躇ってしまうほどだ。
そんなシルベローナが学院に通い始めて二年になる。いよいよ原作が始まるのだ。
魔法に関して優れたものを持っていると私もシルベローナに合わせて学院に通うことができるようになった。メイドとしての仕事もあるので、学ぶことは主に魔法関連だけだが。
この原作は日本人に作られたため、それに合わせて学院の入学式は春だ。冷たい風から暖かな風にかわり、花も様々なものが咲く。
そういった時期に主人公が入学してくる。彼女はこのいろいろと変わった流れのなか、どのような物語を紡ぐのだろうか。できれば我が主を巻き込まない平穏なものを願う。これまで問題なくきているのだ。主人公の登場で悪い方向へ進むことだけは、本当に勘弁願う。
誤字指摘ありがとうございます




