17 新たな出会いが変えるもの(スフィナ&ビルフェ)
王位継承権所有スフィナ・ナンバッフェ
劇場から城へと帰る馬車の中で、これまでのことを思い返す。
私は城下町で生まれ育った。母さんだけがいて、父さんはいなかった。そのことを母さんに聞いても教えてくれなかった。寂しさはあったけれど、いない父の分まで母さんがたくさん愛してくれたから幸せだった。
食べるものに不自由することなく、母さんの仕事の合間にいろいろと教わりながら毎日を楽しく過ごしていた。
こんな日々がずっと続くと思っていたけど、五歳のある日に母さんが倒れた。
苦しそうな母さんのそばにいることしかできない私に、母さんはお医者さんを連れてくるように言い、近所のおじさんやおばさんにお医者さんのいる場所を聞いて、家に連れ帰った。
お医者さんが母さんを診てくれて、母さんとなにか話していた。大事な話だからと私は別の部屋で待つように言われて、そのときの会話を聞いていない。
部屋から出て来たお医者さんに母さんすぐに元気になるかと聞いたけど、なにも言わず頭を撫でてくれただけだった。
お医者さんは母さんが死ぬことを診察して知ったのだろう。でもそれを母さんに口止めされた。
次の日にお医者さんがもってきた薬を飲んで、母さんは元気になった。私は無邪気に喜んで、母さんが数ヶ月後に死ぬまで治ったものだと思っていた。
そして完治したと見せかけた母さんと過ごして数ヶ月。母さんがベッドから起きてこなくて呼びかけても返事がなくて、お医者さんを呼び、死んでいると教えられ、葬式まで信じられずに過ごした。家に帰って母さんの姿がどこにもなく、それでいなくなったことを理解して大泣きした。
そのままベッドで寝てしまい、朝になってなにもする気になれずにボーッと過ごしていたら玄関をノックされる音を聞いた。もしかしたら母さんが帰ってきたのかもと思って駆けて玄関を開けたら、そこにいたのは知らない人だった。
知らない男の人に母さんから頼まれたと言われ、あの遠くに見えるお城に連れて行くと馬車に乗せられた。
知らない人がいろいろと説明してくれた。母さんがメイドだったとか、父さんと出会って私が生まれたとか、母さんはメイドを辞めて父さんと離れて町で暮らし始めたとか。教育を受けた今ならわかる部分もあるけど、当時はさっぱりだった。
知らない人は私が理解していないことを気にせず、話し終えて最後に父さんと会わせるといって話を止めた。
お城について馬車から降りた私は、知らない人についていき長い廊下を歩いた。
正直そのときは胸がとてもドキドキしていた。これまで会えなかった父さんに会える嬉しさがあった。母さんが死んで家族は父さんだけ。これからは父さんと一緒にいられるんだと胸が高鳴った。
扉を開けて部屋に入り、そこには父さんらしき男の人がいた。その人は私をじっと見て興味をなくしたように「教育を頼んだ」と言って部屋を出ていった。
わけがわからず戸惑うしかない私を引っ張って知らない人はその部屋から出て、別の部屋まで連れて行った。私の部屋だというそこは、お家よりも綺麗で広々としてたけど、寂しい感じしかなかった。
ここにいるのは嫌だとすぐに部屋を出て、お家に帰ろうとした私を知らない人は止めた。帰るのだと繰り返す私の頬を知らない人は叩き、泣いている私を置いて知らない人は出ていった。
城に連れて行かれた翌日から私の王族としての教育は始まった。いつまでも帰ると言う私には監視がつけられて、お城から出ようとすると止められる。
三ヶ月もすれば帰ることは諦めて、言われるままに教育を受けていった。ある程度の作法を身に着けた私を見て、知らない人や教育係は満足したのか、いつもとは違うところに連れていれた。
そこは王様の私室というところで、父さんらしき人に似た人のことを知らない人は王様だと教えてきた。そして私に挨拶を促し、習ったままに挨拶する。
王様は私を見て驚いていた。驚いているのはその人の近くにいた人たちもだ。
知らない人が王様にいろいろと聞かれ、誇らしくしていたけど王様は顔を歪めていた。
王様は知らない人になにか言って、知らない人はそれで部屋をでていった。それ以降知らない人とは会っていない。
王様が残った私を手招きしたけど、私は動けなかった。そのときは命じられたことだけに反応する状態だったのだ。
動かない私に王様が近づいてきて、抱き上げられた。そして「すまぬ」と謝られた。
王様の弟が父さんで、奔放な性格で自由にさせていたが、子供がいたこと。その子供が城に引き取られていたこと。これらを知らなかったことに対して謝っていると説明してくれた。説明されても全部は理解できなかった。
そんな私を撫でて、王妃様や殿下を紹介してくれた。
王様に紹介された日から、生活がまた変わる。寝泊りする場所が王様たちの私室の近くになって、頻繁に王様たちが会いに来てくれた。ご飯も一緒に食べるようになり、お風呂にもたまに一緒に入る。母さんがいたときのような生活だった。
教育は続いたけれど、失敗しても理解できずとも叩かれるようなことはなかった。
母さんがいなくて寂しくはあるけれど、それでも温度を感じさせる生活だった。ほんの少しずつ硬くなった自分が柔らかくなっていくような気がしていた。
そういった穏やかな日々が続いて七歳の誕生日を過ぎたある日、ビルフェ殿下からミーア様を紹介された。ビルフェ殿下のお嫁さん最有力候補なのだとか。ミーア様が近くにいるビルフェ殿下は、家族と過ごすのとはまた別に穏やかな空気をまとっているように思えた。
挨拶のあとに、ミーア様がご友人と演劇観賞に向かうので一緒に行ってみないかと聞かれ、予定がなかったので頷いた。
王族が一緒だとご友人も緊張するだろうからと、私はミーア様の友人とだけ紹介されることになる。
当日のことについて話すうちに、ミーア様からはご友人は変わり者だから気を悪くされるかもしれないと謝られた。おかしな人だったら、少し前みたいになればいいから大丈夫。目が怖いとも付け加えられた。それは見ないようにすればいいかな。
そして今日がやってきて、城に来たミーア様と一緒にファッテンベル家に向かう。
馬車を降りて、シルベローナ様を待つ。外に出てきたシルベローナ様は見た目はまともというか綺麗だった。目以外は。受け答えも丁寧で、本当に変わり者なのだかと内心首を傾げる。
むしろいきなり驚いたコーラルという使用人の方が変わり者ではないかと思う。誰かに似ていると言っていたけど、そんな感じの驚き方じゃなかったと思う。思わぬものを見て意表を突かれたって感じ。
でもシルベローナ様もおかしな方だった。
「コーラルも供として同行するのだが、馬車に入れるかね?」
いつものように話していいとミーア様が言って、このように男っぽい話し方になった。
こうしてフランクに話してくれるのは、以前の生活を思い出すから少しだけほっとする。
ミーア様が私を人見知りであまり関与しない方向で言ったので、シルベローナ様は基本的にこっちに話しかけてこない。たまに視線を向けてくるけど、それ以上は気にする様子はなく、変人という印象がやや薄れて気遣いができる人という感想だった。その感想も劇場について、キショウ家の方々と話しているうちにまた変な人というものに戻ったのだけど。
演劇は女装男装と変わったものだけど、見入ってしまった。主役が私の境遇と重なってしまった。女の子で、王族の血を引いていて、それまで住んでいたところから見知らぬ場所へと放り込まれる。でもその子は私と違って、生き生きとしていた。知らない土地でのトラブルにもめげずに学院生活を過ごして幸せを掴みとった。
思わずあの子がやれるなら、私もと思った。物語なのに、主役が似てるからそう思えた。
二人の主役の境遇は似てたけどそれぞれの性格は違ってて、話の流れも少し違っていた。生きていく方法は一つじゃないんだなって教えられた気がする。
こういった考え方を教えたかったのかと、誘ったミーア様に聞いてみたら否定された。
偶然だったらしく、それでもミーア様には感謝。この演劇を見ることができて私はなにか大切なことを得ることができた。
この劇の発案はシルベローナ様ということなので、この人の近くにいればまたなにか得ることができるかもしれないと思う。それに口調がいい。以前の教育係なら怒りそうな話し方だけど、私は気に入っている。
シルベローナ様はまた会ってくれると約束してくれた。そのときが楽しみだ。
王位継承権一位ビルフェ
出かけるミーアとスフィナを見送って、教師の待つ部屋に向かう。
スフィナには気晴らしになってくれたらとでかけることを勧めたが、本命はシルベローナとの出会いで変化があること。
ミーアやガルフォードに良い影響を与えたと聞いている。スフィナにも良い影響を与えてほしい。
初めて会った頃に比べてスフィナは柔らかい雰囲気をまとうようになった。僕らの呼び方は、以前の教育係に教え込まれた殿下や陛下というものから変わらないが、そこに親愛を感じられる。
最初は命じられたまま動く人形のように思えた。表情は微笑みを浮かべていたが、その笑みに血が通っているようには見えなかった。父上も同じように思ったらしく、連れて来た叔父上の家臣にいろいろと聞いていた。
そこで叔父上が手をつけたメイドの子だと初めてわかり、そのメイドが死の前に手紙を叔父上に出したことで、城に引き取られることになった。だが叔父上は顔を見るだけでスフィナに興味をなくしたらしく、家臣に教育だけを命じてまたどこかへ出かけた。命じられた家臣は王族に相応しい教育をしろという解釈で、王に会っても無礼にならない程度の作法を身に着けさせるため厳しく教育を施し、父上の前に連れて来た。母が死んだ直後の幼子に行うことではないと思う。
父上はその話を聞いて、叔父上側にいさせているとスフィナは人形のままだと考え、こちらで引き取ることにした。低位とはいえ幼い継承権持ちを放置しておくと碌なことにならないという考えもあったようだ。叔父上の家臣は不満などなさそうに頷き去っていった。叔父上から命じられたのは教育だけで、教育して次はどうするか指示されておらず、命令は完遂したと判断したらしい。叔父上よりも上位者からの指示なので断れないという理由もあったんだろう。
僕らとの関わりあいで、柔らかな雰囲気をまとうようになったけど、子供らしさはあまりみえてこない。僕ら自身王族として接することもあって、スフィナはかまえてしまうのだろう。
そこで貴族らしからぬとミーアから聞いていたシルベローナに会わせてみようと思った。
今日一日で劇的な変化は望むべくもないが、従妹が年相応の感情を見せてくれればと願う。
ミーアに連れられてスフィナが帰ってきたと報告があった。使用人に部屋に連れてくるよう指示を出す。
今日の勉強は終わっているので、ゆっくりと今日の話を聞くことができる。
部屋に入ってきたスフィナは一見して変化はなかったけど、しっかりとこっちを見てくるような気がする。
「おかえり。椅子に座って劇がどうだったか聞かせておくれ」
ミーアには悪いが、どうしてもスフィナのことが気になってしまう。
目で詫びると、ミーアはにこやかに笑みを返してきて視界に入りにくい位置に座る。こういった気遣いをしてくれるのは本当にありがたい。同年代の令嬢たちは自己主張が少々強く、落ち着いた会話が難しい。
「とても素晴らしい演劇でございました」
「そうか。どんな内容だったんだい」
スフィナが話す内容に頷きを返しつつ驚く。女装や男装しての演劇だとは予想もしていなかった。しかもスフィナの言葉からはお世辞など感じさせない。本当に良いものだったと感じているらしい。思わずミーアに視線を向けると、スフィナに同意だと頷かれた。
「そういった演劇だったのは予想外だったよ」
背もたれに体重を傾けて、感想を返す。
「私も最初聞いたときはどうかと思いましたが、実際に見てみると想像以上に良いと感じました」
「ミーアもそういった感想なのか。一度くらいは見てみようか。それにしてもそういった演劇をよくやろうと思ったものだ」
「シルベローナ様が発案されたのだと聞いております」
スフィナが呼んだ名に少しだけ親しみが含まれていたのは気のせいだろうか。
「シルベローナか。会ったのは一度きりだな。夜会で挨拶したときだ。そういえば茶会などに誘ったが、あまり良い反応がなく印象的だったな。スフィナは彼女のことをどう思ったんだい」
聞いてみると口を開こうとして閉じるという戸惑いの仕草を見せた。それを見て、ミーアが助けを出す。
「スフィナ様。ありのままを仰ってよろしいかと。シルベローナの普段の様子は私がビルフェ様に話しています。変人と罵っても驚くことはありません」
「少しくらいは驚くよ。でも素直な感想が聞いてみたい」
「最初は、目が怖い綺麗で丁寧な方だと」
そうだね。あの目は印象に残るだろう。
「今は変わった方という印象ですが、好感のもてる方でもあります。またいつかお会いしたいと思っています」
「なるほど。もう一度話したいと思っていたし、そのときに同席するかい?」
「ぜひに」
少しだけだけど口調が強くなったな。それだけ関心があるってことか。僕自身興味が出てきた。一度くらいは素の彼女と話してみたいものだ。もしこのままスフィナに良い影響を与えるなら、スフィナの女官として置きたい。でも本人が望みそうにないんだよな。ガルフォードの婚約者ということで将来が決まっているし、役職を必要としそうにない。
「ミーア、彼女は素直に城まで来てくれると思うかい」
「さすがに王族からの誘いを無視はしないと思います。けれどもここでは素の自分を出さずにずっと演技したままでしょう。ありのままの彼女と話したいのならば、ファッテンベル家に出向くのが一番だと。ですがビルフェ様がファッテンベル家に赴く理由がないと思われます」
理由か……そうだな。
「今日誘ってくれた礼にスフィナとミーアがあちらへ挨拶に。それに兄として同行といった感じでどうかな。メインは君たちで、僕はおまけだ。まだ小さなスフィナを一人で行かせるのは心配だとか理由をつければ大丈夫ではないかな」
「私では判断つきかねますので、陛下とご相談したほうがよろしいかと」
「そうしよう」
「ああ、そういえばスフィナ様のことは隠して紹介したので、シルベローナは王族だと知らないままです。さすがに王族と知ったら、自宅でも演技になってしまうかもしれません」
「こちらから普段どおりを許せば、演技はやめてくれないかな」
「どうでしょう……いやあの子だったらやめるかもしれない」
ミーアが考え込んでいる。普段どおりがありえると思って悩む姿は、いつもの気遣いの姿ではなく素の姿だ。たまに見えるこういうところも好感が持てる。ミーアもこのまま年を重ねてくれたら婚約者確定だろう。
「スフィナ」
「はい」
「ファッテンベル家に出向く方向で話を進めるから、楽しみにしててくれ」
「はいっ」
弾んだ返事と薄くはあるが笑みの表情が子供らしさを表に出している。
今日の外出は正解だったかな。このことを父上と母上に話したら喜ぶだろう。夕食後の語らいが今から楽しみだ。




