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85.ある種の修羅場

 アッシュたちと共にシルヴィアの下へと進むアルトリウスとイスタトアだったが、その道中で自分たちの事情というか、どうしてシルヴィアと合流しなければいけないのか。そのことを説明するべきかどうか悩んでいた。

 魔族に関してはアッシュたちが把握しているとしても、それが教会の聖女と繋がっているかもしれない。そんなことを軽々に口には出来なかったのだ。

 とはいえこのまま何も言わない、というのも誠実ではない。だからこそ、どうにかタイミングを見計らって説明しなければ、とアルトリウスは考えていた。


 そんなアルトリウスとは少し違い、アッシュは結界の中を平然と歩くことが出来るという話を聞いていたイスタトアは戸惑いを隠せなかった。

 その話が事実だと裏付けるように今まさに当たり前のように結界の中を歩くアッシュを見て施されている結界はそう単純なものではないはず、と考えていたからだ。。

 そしてそれはタイミングを見計らっているアルトリウスも同じだったようで、まずは話のきっかけとしてそのことを聞いてみようか、とアッシュの様子を窺っていた。


「……何か聞きたいことでもあるのか?」


 そんな二人の様子に気づいていたアッシュは鬱陶しいな、と思いながらも疑問さえ解ければそれも収まるだろう。とアッシュはそう訊ねた。


「あ、いや、その……アッシュはどうして結界の中を普通に歩くことが出来るのかなって思って……」


 アルトリウスが疑問を口にするとイスタトアも同じことを疑問に思っていた。とコクコクと頷いた。

 それを見てアッシュはそんなことか、と思いながら口を開いた。


「結界に少し手を加えて俺たちがその効果で迷わないようにしただけだ。まぁ、大した準備もせずに手を加えたからずっと、ってわけにはいかないけどな。それでもこうして行動するには充分なだけの時間は確保出来たはずだ」


「結界に手を加えた? 僕は魔法に関して詳しくないからわからないけど……そんなことが可能なのかい?」


「可能だ。とはいえ誰にでもってわけじゃない。俺は特殊な手を使ったから出来ただけだしな」


 その特殊な手というのは何なのか。当然のようにアルトリウスとイスタトアは疑問に思うがアッシュはそれに関しては何も言わない。イシュタリアの加護や祝福があるからこそ出来る、などとどうして神の加護や祝福を受けず、また神に出会うこともない人間に素直に教える必要があるのだろうか。

 それに相手は王国騎士団の中でも上位に存在する家の人間と教会に認められた聖女だ。そんなことをしてしまえば確実に面倒なことになってしまう。


「で、他にも何か言いたそうにしてたけど何があるんだよ」


 アッシュはアルトリウスに視線を向けてそう言った。


「あ……や、やっぱり、気づかれていたよね……」


「優男がちらちらアッシュを見てたからな。そりゃ誰でも気づくだろ」


 恥ずかしそうにアルトリウスが言えば、ルキが面倒臭そうにそう言ってからアルトリウスを見た。


「どんな事情があるのか知らねぇけど、アッシュを面倒事に巻き込むなよ」


「面倒事なんて……」


「いや、もう充分面倒事になってるから今更だろ。それよりも事情ってのを聞いて何かあっても対処出来るようにって心の準備くらいしておきたいからさっさと話してくれると助かる」


「そ、そっか……そういうことなら聞いてくれるかな。その、あまり口外はして欲しくはないことなんだけど……」


 そう前置きをしてからアルトリウスは語り始める。

 自分たちの置かれている状況、結界の詳しい話、イスタトアのこと、シルヴィアと別れている理由、そしてシルヴィアはもしかすると魔族と繋がっている人間と一緒にいるかもしれないこと。

 それらをアッシュたちは静かに聞いていた。いや、シャロとクロエはその話の内容に驚いていたので静かに、とは言えないのかもしれない。


「そうか……そうか。まぁ、その推測が事実だとして俺たちは魔族を片付けるだけだから後の問題はそっちでどうにかしてくれ。教会の問題、だろ」


「そうだよなー、魔族のことだけでも充分に面倒なのに事後処理とかやってらんねぇよな」


 アッシュの言葉にうんうん、と頷いてからルキはそう言うとちらっとカルナを見た。


「まぁ、赤チビにも押し付ける予定だから事後処理に関わる気はねぇけど」


「わかっている。とはいえ……事後処理と言って良いのかわからないが」


 その言葉の意味がわからないアルトリウスとイスタトアは疑問符を浮かべていたがそれに答えることはなかった。

 また追及されても面倒だとアッシュが話を変えるために口を開いた。


「それよりももうすぐシルヴィアとそのファルシュって聖女のところに辿り着くから心の準備くらいはしておけよ」


「う、うん……わかったよ」


「はい……大丈夫です、いくらファルシュ様だとしても、本当に魔族と繋がっているのであれば、看過することは出来ません……!」


 まだ心の準備が出来ていないアルトリウスと、既に覚悟さえ決まっているといった様子のイスタトア。

 アッシュはそんな二人から視線を外し、ルキを見る。


「ん? 何だ?」


「いや、本当に離れないんだな、って思ってな」


 ルキは隠し通路に入った時から本当に一切アッシュから離れず、今も尚抱き着いたままだった。

 そのことについてアッシュが呆れながら言えばルキよりも先にシャロが口を開いた。


「本当ですよ。ルキさんはずーっと主様に抱き着いていて離れようとしないのはどうかと思います!」


「別に良いだろ。なー、アッシュ?」


「良くないですよね、主様?」


「あー……そうだな……」


 ルキとシャロの二人にそう言われ、アッシュはどう答えるべきかと言葉を濁す。


「まぁ、ルキはこういう奴だからな。仕方ないだろ」


「だよな!!」


「もう! 主様はまたそうやってルキさんを甘やかすんですから!!」


 アッシュの同意のような言葉を受けて嬉しそうに尻尾を振るルキと、ぷんぷんと怒るシャロにアッシュは苦笑を漏らしてから視界に映るようになった大きな扉へと目を向けた。

 そこはファルシュがシルヴィアへと祝福を授けるために入った大広間に続く扉であり、今まさにこの中ではそのための儀式が行われている。


「さて、この中だな」


「……まぁ、何かあるかもしれねぇからなー」


 その扉の前で足を止めてアッシュがそう零すとルキはそう言ってからアッシュに抱き着くのをやめて隣に立った。


「あ、流石に離れるのですね……」


 そんなルキを見てクロエが零すと、ルキは少しだけ不満そうに言葉を返した。


「仕方ねぇからな。本当なら敵ばっかりの中でアッシュから離れるとかしたくねぇけどさ」


 敵ばかり、という言葉に周りに魔族がいるのでは、とアルトリウスが周囲を警戒するがその言葉の本当の意味がわかっているシャロは苦笑いを浮かべ、クロエは視線を彷徨わせながら少し赤くなった頬を掻いた。


「敵ばかり、か。確かに、俺にとってもそうかもしれないな」


 カルナにとっては一番の敵はルキであり、その次がシャロだった。またクロエもアッシュへと好意を寄せていることから敵と言える。

 だからこそルキに妙な同意をしながら頷いていた。


「はぁ……その辺りの話はあんまり聞きたくないからさっさと入るぞ」


 あまりそういった話を詳しく、となれば間違いなく自身が被害を受けることになるとわかっているアッシュは強引に話を終わらせるとアルトリウスとイスタトアを見る。


「この中にシルヴィアと、ファルシュって聖女がいる。心の準備は出来てるな?」


「うん、大丈夫だよ」


「はい、聖女としての役目を果たす。その覚悟は出来ています」


 聖女としての役目、というのがどういったことなのかアッシュにはわからなかったが、二人とも大丈夫のようだったので今度はルキたちへと視線を向ける。


「俺も大丈夫だ」


「はい、少し不安な気持ちもありますけど……主様が守ってくれると、そう言ってくれましたから大丈夫です」


「何ら問題ない。それに何があろうと俺たちならどうとでも出来るだろう」


「あの、私は何かあってもお力になれないと思いますけど……お、応援くらいなら出来ますから、頑張ります!」


 四人それぞれの反応にこちらも問題ないな、とアッシュは判断し扉へと手をかけた。

 そして自然な様子で部屋の中に入るように扉を開けて大広間へと足を踏み入れた。


 大広間にはこちらに背を向けたシルヴィアとその前に立って何かを唱えているファルシュの姿にアルトリウスは理解出来ないが不味い状況なのではないか? と考え、シルヴィアを助けるために駆け出した。

 イスタトアもそれに続いてシルヴィアの下へと小走りで向かった。

 そんな二人を見送ってからアッシュはファルシュの唱えているそれを聞いて感心したように言葉を漏らした。


「へぇ……随分と砕いてるとはいえ、あれは神言(かんごと)か。ってなると、あれが聖女か」


神言(かんごと)、ですか?」


「あぁ、神が用いた言葉。神聖なる言葉。それが神言(かんごと)だ。人間が扱えるようなものじゃないんだけど……まぁ、聖女なら多少は扱えるってことか」


「なるほど……ということはイスタトアさんも?」


「どうだろうな。神言(かんごと)だって気づいてるならあんな急ぐこともないはずだから使えないんじゃないか?」


「それなのに聖女なのかよ」


「えっと……聖女とはいえ、最初からその神言(かんごと)が使えるわけではありませんから、聖女としてのいずれ使えるようになる。ということではないでしょうか……?」


「いや、神言(かんごと)はそうしていずれ使えるようになる。といったものではない。神と関わり、その際に知識を与えられることで初めて使えるようになるはずだ」


 カルナはそう言い切ってからアッシュを見上げた。


「そうだろう、アッシュ」


「そこでどうして俺に話を振るんだろうな。それよりもどうにも意味のわからない状況になり始めてるあれをどうにかするべきじゃないか?」


 カルナの言いたいことを理解しつつも惚けて見せ、アッシュはシルヴィアとファルシュの間に割り込み、祝福を授けるための儀式を中断させるアルトリウスと、その隣に立ってファルシュを見据えるイスタトアを見た。

 突然のことにファルシュは困惑して儀式を中断し、またシルヴィアは何が起こっているのかわかっていない様子でアルトリウスやファルシュを視線が行ったり来たりを繰り返していた。

 片や何があってもすぐに動けるようにと構え、片や困惑してオロオロし始めている。


「……放っておいて、俺たちは俺たちの成すべきことを成す。そうすることも可能だ」


「面倒だから放っておく、ってことか。まぁ、それでも良いけど……結界の要はアレだぞ」


 そう言ってアッシュが指差したのはやはりと言うべきか、イシュタリアの石像だった。

修羅場! 修羅場です! まぁ、アッシュたちにはほぼ関係ありませんが。

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