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86.役者は揃う

 アッシュがイシュタリアの石像を指差すと全員がその石像へと視線を向けた。

 既に教会にあるイシュタリアの石像が結界の基点だとわかっていたので、ルキたちはまたか。というように考えていた。

 だが石像を壊す、となればアルトリウスたちがどういう反応をするのだろうか、とシャロとクロエの表情が少し曇ってしまった。

 とはいえそんなことは関係ない。と考えているアッシュとルキ、それからカルナの三人はきっと平然と壊してしまうだろう。


「で、どうするんだ? 俺としてはさっさと結界の要になってる結界壊して、それから結界の基点も壊して終わらせたいんだけど」


「それで終わったら苦労はしないさ。魔族が関わってる以上は結界の要が全部壊されたって気づけば何か手を打ってくるはずだしな」


「まぁ……そうだよなぁ……」


 ルキは嫌そうにそう言ってからアルトリウスたちには目もくれず、イシュタリアの石像を見ながら言葉を続けた。


「で、あれ壊せば良いんだよな」


「あぁ、あれを壊せば次は教会の石像だ」


「よーし、ならさっさと壊そうぜ!」


 あれこれと面倒になってきたルキがさっさと終わらせようと石像を破壊するために一歩踏み出す。

 だがその次を止めたのは凛とした声だった。


「イスタトア様。貴方は自分が何をしているのか、理解しているのでしょうか」


 ファルシュの声は静かな怒りが込められていて、不思議とその場にいる人間の意識を惹き付けるものだった。

 それは怒りが込められていたから、というよりもファルシュの声がそういう声だった、という方が正しいだろう。


「私はシルヴィア様へと祝福を授けている最中でした。それを中断させるだけの、誰もが納得出来る理由を述べてもらわなければなりません」


「そ、それは……」


 美人が怒ると怖い。とでも言えば良いのか、正面から真っ直ぐにファルシュに見据えられたイスタトアの顔色は悪く、そして何よりも怯えているのが良くわかった。

 だが俯いてしまわないようにぐっと耐え、キッとファルシュを見据えてこう言った。


「私は、ファルシュ様が魔族と繋がっているのではないかと考えています!」


 まさに爆弾発言とも言えるその言葉にファルシュは僅かに目つきが鋭くなり、シルヴィアは驚愕の表情を浮かべてファルシュを見ていた。


「どうしてそう考えたのか、説明していただけますか」


 静かに、冷たい声でファルシュはそう言った。

 それを聞いたイスタトアはヒッと僅かに悲鳴を零し、シャロとクロエは怯えてしまいアッシュの背に隠れた。

 そしてシルヴィアも穏やかに言葉を交わしていたファルシュのそんな声に一歩後ずさり、アルトリウスはそれを庇うようにシルヴィアを背に隠した。


「……わかりました」


 それでもどうにか立ち直ったイスタトアはそう言ってから自分がどうしてファルシュが魔族と繋がっていると考えたのかを語り始めた。

 それはアルトリウスに語った物と同じであり、ファルシュは静かにそれを聞いていた。

 そして泣きそうになりながらもイスタトアが全てを語り終えるとファルシュは大きな大きなため息を零した。


「はぁぁぁ……なるほど、そうですか。そういうことですか……」


 そんなファルシュには先ほどまであった怒りは既にないようで疲れたような表情を浮かべていた。


「聖都を覆う結界というものに気付けなかったことは恥じるべきですが……イスタトア様の考えているようなことはなく、私がそうした行動をしていたのは新たなる聖女に成り得る方が、クロエさんが聖都にやって来る。それがわかっていたからなのです」


 そう言ってからファルシュはアッシュの背に隠れているクロエを見た。


「え? で、でも、教会の中には魔族の魔力が残っているのを感じました。それは、ファルシュ様のお傍でも……」


「イスタトア様、それは私も聞いていません。本当なのですか?」


「は、はい……アルトリウス様にお話ししていませんでしたが、ファルシュ様のお傍にはいつも……」


「……私の傍に、ですか……」


 イスタトアの言葉にファルシュは何かを考えこむように目を閉じて、数秒ほどで目を開けた。


「あぁ、そういうことですか。そういうことなのですね」


 一人で納得するファルシュの様子に疑問符を浮かべる一同だった。

 だが次の瞬間にアッシュとルキ、カルナの三人は背後を振り返った。その際にアッシュはシャロとクロエを背に庇うようにして、自分たちが入ってきた扉の前に立つ人物を見た。

 そこにいたのは柔和な微笑みを浮かべた神父―――ベトリューガだった。


「皆様お揃いのようで何よりです。ところでファルシュ様、シルヴィア様への祝福はどうなりましたか?」


「あぁ、良いところに来ましたね、ベトリューガさん。祝福に関しては少し問題があって中断してしまいました」


「そうですか、それは良かった」


 シルヴィアへ祝福を授けることが出来なかったことを良かったと言ったベトリューガは相も変わらず柔和な微笑みを浮かべていた。

 だがその微笑みは無感情で、ただ貼り付けているだけの無機質なものだった。


「では続きを行いましょう。シルヴィア様へ祝福を授けるのが今のファルシュ様の役目ですからね」


 ベトリューガはそう言いながらアッシュたちの傍を通り過ぎ、ファルシュの隣へと進む。

 そんなベトリューガを真っ直ぐに見据えながらファルシュは口を開く。


「えぇ、そうですね。それが私の役目です。ですが……この場に相応しくない方がいるのが問題ではありませんか?」


「相応しくない方……あぁ、なるほど。確かにその通りです。そちらの方々にはご退場願わねばなりません」


 ベトリューガはアッシュたちへと視線を向けてそう言った。

 その言葉には奇妙な圧が込められていて、言外にさっさと出て行け、とアッシュたちへと向けられているものだった。

 だがそうだとわかってもアッシュたちは出て行こうとはせず、ベトリューガを見据えていた。


「……これは困りましたね。私の言葉の意味を理解していないようです」


「いや、理解はしてる。ただ……お前の言葉に従う理由がなくてな」


「理由がない、と。これは妙なことを仰いますね」


「妙なことは言ってないさ。一番この場に相応しくない存在がいるとしたら、それはお前だろ」


 ベトリューガに対してそう言い切ったアッシュに、ルキとカルナは僅かに身構え、シャロとクロエは何かを察したように一歩下がった。

 そんなアッシュたちを見てアルトリウスたちは疑問符を浮かべ、戸惑っていた。


「ベトリューガさん」


「如何なさいましたか、ファルシュ様」


「お尋ねしたいことがあります。よろしいですか?」


「えぇ、何なりと」


 そんなアッシュたちの様子など気にもかけずにファルシュがベトリューガへと声をかけると、ベトリューガはファルシュへと視線を向けることなく、言葉のみを返した。

 アッシュたちは変わらずベトリューガを見据え、状況が理解出来ていないまでもシルヴィアはイスタトアを庇うようにその前に立ち、更にアルトリウスがその二人の壁になるべく立ちはだかる。


「では遠慮なく」


 そう言ってファルシュはベトリューガを見つめ、言葉を続けた。


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 ファルシュが口にしたその言葉にベトリューガの笑みが深くなった。

 いや、深くなったというよりも歪な笑みに変わっていった、と言うべきだろうか。


「ベトリューガは私ですよ、ファルシュ様」


「えぇ、外見はベトリューガさんですね。ですが……知っていますか? ベトリューガさんは私のことをファルシュ様などとは呼ばないのですよ」


「……それは私の調査不足、ということですね。いやはや、よもや聖女に対して敬称を付けない神父がいようとは……」


 より笑みを歪なものを変貌させていくベトリューガの姿をした何かはファルシュの言葉を聞いて楽しそうに嗤っていた。

 そしてそれを中心に禍々しい魔力が爆発的に広がり、大広間全体を覆いきってしまった。


「まったく……まぁ、良いでしょう。今こうして勇者と聖女が二人、そしてその候補も揃っているのですから」


 ベトリューガの名を騙ったそれの姿は肉の裂ける音や骨の軋む音をさせると共に変貌していく。

 ファルシュはその時点で魔法によってふわりと宙に浮くとアルトリウスの傍へと飛び、障壁を展開していた。


「シルヴィア様、アルトリウス様、イスタトア様。どうか、私の後ろに。決して前に出ようとはしないでください」


「ファルシュ様!?」


「貴方たちに何かあっては困ります。大丈夫ですよ、私が必ず守りますから」


 そう言ってファルシュは三人を安心させるように微笑んだ。


「ファルシュ様……」


「イスタトア様。私がもっと早くにベトリューガさんのことに気づいていれば、貴方が私を疑うこともなかったはずです。心優しい貴方が、私を疑うことでどれだけ心を痛めることとなったか……本当に申し訳ありません」


「そんな……! 違います! 私が、私がファルシュ様を信じられなかったせいです!! ファルシュ様は何も悪くありません!」


 自分が疑っていたファルシュはそれを恨むでも怒るでもなく、ただイスタトアのことを心配する言葉を口にする。それを受けてイスタトアは自分が愚かだったと思いながらファルシュの言葉を否定した。


「随分とお美しい、互いを思いやる心ですね。ですがそれに意味はありません。何故ならば、貴方たちはここで死ぬことになるのですから!」


 筋骨隆々の大男の姿になり、鋭く長い爪、額から伸びる二本の角、背中から広がる蝙蝠のような翼。それはまさに魔族とはこうした姿だ。と人が想像するようなものとなっていた。


「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はシュヴァーハ。とはいえ、私の名前を覚える必要はありません。誰一人として生きてこの場を去ることは出来ませんからね」


 この場の全員を見下して嘲るシュヴァーハと名乗った魔族は自分がこの場にいる誰よりも強いのだと考えているようだった。だからこそ絶対の自信を持ってそう言い切った。

 そんなシュヴァーハにアルトリウスたちは初めて遭遇する魔族、ということもあってか心の底から恐怖が湧き上がって来るのを感じていた。

 またシュヴァーハから離れた場所に立っているシャロとクロエも同じで、顔を青くして震えていた。

 だがすぐに動じた様子のないアッシュに気づいたシャロがその表情を覗き見る。するとそれに気づいたアッシュが少しだけシャロへと顔を向けた。そして何も言わず、小さく微笑んだ。

 たったそれだけでシャロは先ほどまでの恐怖がなくなり、安心したようにアッシュへと小さな笑みを浮かべて返した。

魔族さんだー!!

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